第十八話 チャールズ公爵の憂鬱
部屋には大きなテーブルとソファーが両側に配置してあり、そこに問題児たちが集められていた。
両側のソファーを左右に見ることができる位置にチャールズ公爵の愛用の椅子があり、そこに項垂れた彼は座っていた。そして、チャールズの正面、テーブルの向こう側には同じような椅子に座るアーキテクト公爵家の家長、エドワード公爵が同じように眉間に皺を寄せ腕を組んでいた。
「それで?」
チャールズがそのままの姿勢で口を開いた。深呼吸したユリウスが答える。
「ある程度はご存知かと思いますが、クリスティーナと私は婚約破棄することとなりました。そして、代わってルーカスがクリスティーナの婚約者となります。狩猟祭の暗黙の合意に基づきます」
そのあと、少し間を開けてレオナルドが続ける。
「私とマリアも婚約し、約束として彼女の家に婿入りします」
「ちょっと待て!」
チャールズは顔をあげた。
「何でそうなる。クリスティーナのことは、まあ、正直仕方がないかと思うこともない。だが、お前のことはおかしいだろう。狩猟祭の取り決めにもないし、なぜお前が婿入りせねばならん。跡取りなんだぞ、お前は!」
レオナルドの軽薄さや考えなしに突撃して戦地で死にかけたことなど、いくらでも問題を挙げられる息子だったが、いくらなんでもこれは酷い。
「マリア殿、あなたが息子に婚約の条件としたと聞いたが本当かね?!」
「はい。真実でございます。私はヴァジュラパーニの家名を捨てたくありませんでしたので。ですが、もう気が晴れました」
なに?
その場にいた全員がマリアをみた。
「もともとレオ様がコロコロと色々な女性に転がされるのを見ていて、もっと覚悟を持っていただきたいと思ったのです。ヴァジュラパーニの家名を捨てたくないという気持ちに偽りはありませんが、コールプス家の存続を脅かすこともまた望みません」
「つまり…?」
「婿入りの覚悟を見せていただいたので、もう十分です。宜しければ私がレオ様に嫁入りしたく存じます」
ほうっと溜め息が自然とでてきて、チャールズは椅子に深く座り直した。
「いや、俺は婿入りすると決めたからそうするぞ」
「……は?」
全員がレオナルドを見た。
「そうするぞって、お前」
ユリウスが呆れたように目を半眼にしていた。
「約束は約束だ。それに、狩猟祭でそう宣言したんだ。暗黙の合意の範囲に入るだろう」
「え、あの、確かに私が婚約の条件としましたが、あくまでもあの場での事で…」
マリアも慌てた様子だった。腕を組んだレオナルドは頭を横にふっていた。
「何を言って!コールプス家を潰す気か?!」
「あの」
今度はルーカスが声をあげた。
「私がコールプス家に婿入りすれば良いのではないでしょうか」
ん?
「ルーク?」
「クリス…クリスティーナがコールプス家に残ればレオナルド殿が家を離れても問題ないかと。アーキテクト家は兄がいますし」
正面に座っていたエドワード公爵は静かに頷いた。どうやら問題ないらしい。
「ルーカス殿が我がコールプス家に?」
チャールズは考えた。だが、すぐに答えは出た。立ち上がるとルーカスの手を取って彼を立たせた。そして、両手で握手する。
「ぜひ宜しく頼む!バカ息子よりルーカス殿の方が良いに決まっている!」
「な!なんだと親父!」
「まあ、そうなるよな」
「私、早まりましたかね、婚約…」
すっとクリスティーナが立ち上がるのが見えた。ルーカスと握手したままでチャールズがそちらに目を向けると、彼女は静かに深く頭を下げた。
「…御父様、言いつけを守らず、相談もなく勝手を致しましたこと申し訳――」
「よい」
ぱっとクリスティーナが顔をあげた。その顔は今にも泣き出しそうだった。ここまで思い詰めていたとは思い至らなかったが、それこそ父親失格だとチャールズは思った。
「ユリウス殿のお前にしていた仕打ちを考えれば、こちらから婚約破棄して問題なかった。もとよりそういった話もあった。それにユリウス殿は廃嫡していて、所謂王家との慣習に必ずしも従わなくても良いといえるだろう。私が少し固すぎたのだ…」
チャールズ公爵はルーカスの手を離すと、クリスティーナの手をとった。
「お前に好きな相手がいるとは知らなかったとはいえ、申し訳ないことをしたのは私の方だ。許してほしい」
「いいえ、いいえ…。私がちゃんとご相談すればよかったのです」
クリスティーナは真面目で、最近は完璧令嬢等と言われるほどだった。だが、幼い頃は比較的活発で男の子に囲まれても気にしない、そんな快活な子だったのだ。今なら分かるが「完璧令嬢」の方が不自然だったのだ。
「クリスティーナのことは私が守ります」
真面目さはルーカスもクリスティーナも同じだが、その芯の強さはルーカスの方があるように感じた。
「ああ、ぜひ宜しく頼む!」
正面に座るエドワード公爵は、姿勢を変えることなく頷いていた。
次回第十九話 世界に秘密の午後三時




