第五話 二人の男は彼女を想う
目を覚まして見開かれた彼女の漆黒の瞳を見た瞬間、その時からユリウスの心は揺さぶられていた。努めて平静にしていた。だが、爺には気付かれていたかもしれないと、顔に手を当てた。
彼女に似ている。いや、顔は似ていないが雰囲気が……。
「おい。どうしたんだ?」
「……なんだ、レオか」
なんだとはなんだと、レオナルドは文句を言いながら執務室の奥にあるソファーに座った。
いつの間に入ってきていたんだ?
レオナルドは足を組むと、こちらを見もしないで聞いてくる。
「何かあったのか?」
「ん?ああ、実は――」
ユリウスはレオナルドに昨日の出来事を説明した。
「――というわけだから、今日の仕事のうち必要なものだけ終えたら昼には街役場に行くつもりだ」
執務室の机に今日必要な書類を広げ、ユリウスはペンを取った。
「…なあ、その子。そんなに可愛かったのか?」
「はぁ?!」
レオナルドはニヤニヤと笑みを浮かべている。
「相変わらず素直なやつだな、お前は。そんなだからすぐ上官や部下ともめるんだぞ」
「何だと!」
「で、そのお嬢さんの手掛かりがこれか」
レオナルドはソファーの前、テーブルの上に置かれていたペンダントを手に取った。執務机に広げた書類に目を戻してユリウスは答える。
「ああ、彼女の唯一の持ち物だ」
「この黒い石は、ミニエーラの例の石か?」
しかも、帝国が知り得ないはずの加工後の石にみえる。彼女の見た目は帝国人のようだったが、これを持つということはミニエーラ王国の人間かもしれない。
「なんでペンダントに加工しているのかは謎だけどな」
「ああ、たしかに」
役場で捜索願いが出されているかどうか、似顔絵を張り出して家族が名乗り出るかどうか。この不安を彼女はもっと感じているだろう。そして、真実を知ることもまた合わせて不安に繋がるだろう。
……あの強がっているときの笑顔は彼女にそっくりだった。
「手が止まってるぞ」
お前が邪魔するからだろ。
ユリウスはしかめっ面をレオナルドに向けた。
「ま、邪魔したな」
「さっさと持ち場にもどれ」
ドアに手をかけたところでレオナルドは振り返った。
「そういえばお前、かなり休暇が貯まってただろ。上官から休まなすぎて怒られてるのはお前だけだぞ」
「なんだ、突然」
いつ開戦してもいいようにと、ユリウスはまとまった休みを取ってこなかった。そのため、貯まった休暇を上官が気にして何度か無駄な問答を繰り返していた。
「もしもこの辺りで彼女の出自が分からなかったら、一緒に連れていってやるのも良いんじゃないか?」
「ミニエーラ王国にか?」
「どうせ理由をつけなきゃ出掛けないだろ」
* * *
ガイウスは今さら自分のしたことを後悔していた。
蔑まれた目を向けられ、あの時、アデレードへの憎しみが膨らんでいた。だが、あの目で睨まれている間はどうしようもないほどガイウスは無力だ。
そんな時に出来の良い妹の視界と自由を海が奪った。視線が切れて魔力が一瞬完全に途切れた。さらに彼女は船酔いで万全ではなかった。それはガイウスにとって千載一遇のチャンスだった。
そう、誰も見ていなかった。
だが、終わってみれば彼女がもっていた全てが。責任の全てがガイウスにのし掛かってきた。皇帝からの返答もガイウスには想定外で、未だに混乱の中にあった。
「俺は、なんで」
ミニエーラ王国首都に向かう馬車の中で、ガイウスは今さらうなだれていた。
次回第六話 ユリウス暴走のきっかけ