第十六話 狩猟祭のメインイベント
ユリウスの手には、狩り取った中でももっとも大きかった狼が一頭握られていた。出来るだけ血をぬぐってから持ってきていて、予め上着などは着替えてきたので、祭りに相応しく見栄えにも気を付けていた。
森からユリウスが出てくる時には、すでに何人かの参加者は狩りから帰ってきていたようで、色々なテーブルで歓声が上がったり、女性の喜ぶ声が上がったりしていた。
ユリウスの姿を確認したのか、皆が拍手をして迎え、何人かの若い女性は悲鳴にも似た歓声をあげていた。それを聞き、ユリウスは自分の獲物を高く持ち上げた。そして、クリスティーナのところに向かう。
二つのテーブルが見えた。それぞれにマリアと"マルーンの君"、クリスティーナとスーザンが揃って立っていた。
マリアは"マルーンの君"を確認するためだろうが、クリスティーナのそばに何でスーザン殿が?
ユリウスが近付いていくと、スーザンの表情が見えた。それは、「チェック」と言ってユリウスを負かしたチェスの時の挑発的な表情に似ていた。
「クリスティーナ、それにスーザン殿か。知り合いだったのか?」
「いいえ。クリスティーナ様とは本日仲良くなりました」
クリスティーナはスーザンの方を少し見て、無言でユリウスに視線を戻してきた。その瞳は揺れていて、強く動揺しているように見えた。
と、後ろから大きな歓声が聞こえて振り返った。そこにジャックとレオナルドがほぼ同時に帰ってきたのが見えた。二人とも汚れていなかったが、獲物は大きく違った。ジャックの右手には小さなウサギが、レオナルドの右手にはユリウスと同じくらいの大きさの狼が握られている。
レオのやつ、たぶん邪魔してたな。
ジャックは苦虫を噛み潰したような顔で、マリアのテーブルまでやって来た。
「すまない。いつもならこんなことはないんだが、どうにも今回は上手く獲物が現れなくて。君に恥をかけてしまった」
マリアは笑顔だった。黙って隣に立つお抱えシェフに合図すると、シェフの男がジャックからウサギを受け取った。
だいぶキレてるな…。
後ろから、レオナルドが大きな狼を持って現れた。そして、"マルーンの君"のそばにやってくる。
「アディちゃん。申し訳ないんだが、この獲物は別の人に贈りたいんだ。招待しておきながら酷いとは思うけど、どうしても譲れないことがある」
何?
「…承知しました。では、他で埋め合わせ頂ければ幸いです」
アディは少し困ったような表情に一瞬なったが、すぐに笑顔になってそう言った。
アディ?マルーンの君はアディというのか?
ユリウスがしばし混乱するのを他所に、レオナルドはテーブルを回り込み、マリアの目の前に立った。
「レオナルド殿?何を――」
「私の獲物をマリア・ヴァジュラパーニに差し上げたい!どうか受け取ってほしい!」
レオナルドはジャックを無視してマリアの前に跪き、自分の獲物を差し出した。
改めて見ると、この祭りは異様なものだとユリウスは思った。獲物は死体なのだから。お茶を嗜む女性のもとに、男が獣の死体を持ってくる異様さ。ふと、そんなことをユリウスは遠い目をして考えていた。
ジャックは呆気にとられていたが、すぐに怒りに震えた。
「待て!レオナルド殿、なんてことをするんだ!人の婚約者に――」
「いえ。まだ答えていませんでしたが」
マリアはジャックの物言いに割って入ると、次にレオナルドに顔を向けた。
「レオ様、それは私に婚約を申し込むということでしょうか?」
「そうだ」
「我が家に婿入りなさると?」
マリア、この期に及んで何を――
「ああ。構わない」
ユリウスはレオナルドを二度見した。
いや、構えよ!お前跡取り息子だろ!
マリアの笑みが深くなっていた。勝ち誇り、自分の作戦の成功を確信した顔だった。
いやいや、作戦の本丸はジャックから奴隷の流れを探り出すことじゃなかったのか?!
ユリウスは叫びたかったが、驚きが続きすぎて声が出なかった。
「そ、そんな馬鹿なことが――」
どすっという鈍い音が聞こえてジャックの方を見ると、お腹を抱えるようにして踞っていた。
「…肘鉄」
クリスティーナがぽつりと漏らした。ユリウスは見ていなかったが、おそらくマリアの仕業だろう。
「レオ様、私はとても嬉しいです。こちらの狼は上手く調理させて頂きますね」
それでいいのか、レオナルド。
次回第十七話 あなたは勝手に進めすぎる




