第十一話 マリアの潜入作戦はつつがなく
大きな足音を憚らず、レオナルドは早歩きで軍部の中を進んでいた。その顔は怒りか焦りか判断できない表情で、すれ違った部下は声をかけるのをためらった様子だった。
気にせずユリウスの執務室にノックもなく入り、許可なくソファーに座って足を組んだ。
「それで?」
ぶっきらぼうにユリウスに問いかけた。
びっくりしていたユリウスは、ため息を一つついて答える。
「マリアから聞いてないのか?」
「だからここに来たんだろ」
「作戦は順調だよ。ファクツ家次男は正式にマリアに求婚してきた。まあ、正直――」
「展開早すぎだろ!舞踏会からまだ一月もたってないんだぞ!」
マリアが優秀なのは知っていた。だが、レオナルドとしては気分の良いことではなかった。せいぜい、次男坊に近づいてお茶するぐらいだと思っていた。それなのに――
「求婚を受ける方向っていう噂が流れているのも作戦なのか?!」
「…なあ、前から思ってたんだが…」
「なんだよ」
「お前はお前で、"マルーンの君"とやらとこの一月ほど結構一緒にいただろ。毎度のことだが、マリアも気付いていると思うぞ」
面倒臭そうにユリウスはこちらを見てきた。
「彼女のことは…仕方ないだろ。困っていたから助けただけだ」
「困ってた?」
「彼女はトレイサー商会の新人なんだよ。レオール側の顧客との繋がりが弱いのに、上司から無茶な顧客獲得を要求されていて、ミスすれば奴隷に落とされるかもしれないと泣いていたんだ」
ユリウスはさらに面倒臭そうな渋い顔でレオナルドを見てきた。
おい、失礼だぞ。
「本当なのか?」
「帝国の民の間では借金での奴隷落ちがメジャーなんだよ」
「そんな話あったか?」
「女の子の嘘はアクセサリーみたいなものだろ!」
ユリウスは手元の書類に目を戻し、仕事を再開してしまった。
「それで、マリアはどう答えるつもりなんだ?」
「…とりあえずは回答を引き延ばす。その間にペースに乗せて情報を引き出すつもりだと思う。今度、ファクツ家主催の狩猟祭に一緒に出るらしいから」
「え?マリアも出るのか?」
ユリウスが顔をあげてレオナルドを見る。
「俺も出るし、お前も招待されていただろ。まさかと思うが――」
「いや、狩猟祭、あいつは嫌いじゃなかったか?!」
「作戦なんだから、ファクツ家主催のイベントに来ないわけないだろ」
またあきれたように溜め息をユリウスはついた。
まずい。
「まさか、エスコートする女性に"マルーンの君"を呼んでないよな?」
狩猟祭は男性が狩猟を行って獲物の大きさを競うのが基本だ。同時に、その獲物を招待した女性や参加女性にプレゼントすることがプログラムに含まれていて、未婚の令嬢たちは応援する殿方からより大きな獲物をプレゼントされることを期待する。
獲物はその後のパーティーで料理人により捌かれ、提供される。その時はプレゼントされた女性のお抱えシェフが料理するため、家同士の力比べの要素もあった。
「いや、その。彼女が祭りのことを知っていて、そこで顧客とのコネクションを作りたいという話で…」
「それでエスコートすることになったのか」
「…そ、そういえば、お前はクリスをエスコートするのか?」
ユリウスは眉尻を下げた。
「申し訳ないが、クリスティーナをエスコートすることになっている」
「…ルーカスは?」
「ああ、彼も来るだろう。ただ、誰を伴ってかは知らない」
「もしかして、一人で参加するのか」
少し前から、ユリウスに対するルーカスの風当たりが強くなってきていた。そして、ついにこの前のダンス会場で、ルーカスはクリスティーナをダンス中に抱き締めていた。それはチェスをしていたユリウスの隙をついてのことで、界隈では話題になっている。
少しルール違反なところもあり、真面目なルーカスらしくなかった。つまり、そこまで「思い詰めている」ことを示している。
ユリウスの気持ちも妹の気持ちも分かるレオナルドは、だからこそ今まで何も言わないようにしていた。しかし、真面目で融通のきかないルーカスの動き方には不安を感じた。
もし、きちんと手順を踏まず、真っ直ぐユリウスとルーカスが対立することがあれば、どのような結果でも誰かが「大ケガ」をしかねない。
「狩猟祭は一週間後か…」
次回第十二話 狩猟祭前夜




