第九話 司教のお仕事
今日は神殿で子供達に勉強を教える日である。普通は神父などの伝道師の仕事だが、ウリエルは率先してそれをしていた。帝国の城下町に暮らす平民の子供達はあまり勉学の機会を与えられておらず、危惧したウリエルの発案でもあったからだ。
今日やってきた子供達は、だいたい6歳から12歳ぐらいの子達で、12歳を過ぎると仕事場に入っていくためここには来なくなる。さらに早くから仕事につく子供もいる。
「さて今日は神様のお話です」
子供達はここに来るとお菓子をもらえる。また、両親はその間面倒を見なくて良いうえに、お菓子を食べた分食費が浮く。そのために来ている子が多く、勉強自体には積極的ではない子供の方が多い。何人かは興味深げにしているが、ほとんどの子供はけだるそうにしていた。
「皆さんが本を読めるのは何故でしょう?」
「だって読めるよ?」
「ええ。"読む"とはなんでしょうか?」
ウリエルの質問の意図が分からないのか、互いに顔を見合わせていた。
「読むとは、文字を見て理解することです」
「そんなの当たり前じゃん!」
「ええ、当たり前ですね。誰でも2歳になるころには、どの国でも人間であれば同じ言葉、同じ文字を理解できるようになります。さて、これは何故でしょう?」
一番年上の女の子が手をあげた。
「勉強の神様のお陰です」
「その通りですね。勉学の神様は、私たちに言葉を教えてくださいます。生まれたときに加護を与えて下さるのです」
「なら、勉強なんてしなくてよくない?」
一つ下の男の子が鉛筆を回していた。
「いいえ、あくまで基本を教えていただけるだけ、上手く使いこなすためには勉強が必要なのです。他にも私たちに加護を与えてくださる神様がいて――」
子供達が帰ると、今度は司教としての仕事が続く。魔力持ちの家の婚姻届を確認して、ウリエルの魔力で契約書として仕上げる。
魔力持ちの家は貴族と同義になっている。エリザベスに調べさせた貴族達の情報と、ここにある婚姻届の名前を照らし合わせ、ウリエルは嫌な予感を感じていた。
基本的には政治に関与しないことが協会のルールだったが、ウリエルとしてはそのルールに疑問があった。そもそも現在の状況を作ってしまったのは、神々であり協会ではないのか。それとも神々が関与しなくても人は戦争をしているのか。
ウリエルは立ち上がって窓の方に歩み寄った。外から子供達の遊ぶ声が聞こえてくる。外で何も知らない人々の営む音を目を瞑り聞いていた。
アデレードとの契約は失われてしまったため、ウリエルの計画は止まっていた。あのような千載一遇の機会はもうないかもしれない。かといって、無理矢理契約など出来はしない。その契約は、彼女の記憶を失っている間の時間制限付きであり、その間に進められたのは一つだけだった。
ウリエルはあの日の言葉を再び思い出した。ウリエルが失った彼女の言葉。
『あなたのせいじゃない』
最期に聞いた彼女の言葉は、今もウリエルを縛り続けていた。それは、ユリウスとの大きな違いだった。
いや、罪の大きさが彼とは違うのだ。
そうウリエルは言い訳をしていた。
神にその身を捧げても、人々のために尽くしても、ウリエルの心は癒えていなかった。だが、負の感情に判断を誤ることもまた無かった。
正しく革命を起こすこと。
そのためにはアデレードが必要だった。彼女の魔力は特別であり、おそらくは封印された神にとても近い存在だ。
「魔力など、人には無用の長物なのです」
ポツリとウリエルの本音がこぼれていた。司教としてあるまじき考えを持っていた。
右頬に手を当てた。そこを撫でる。ざらざらとした無精髭がふれた。
当面は、アデレードに協力する。機会を待とう。きっとその時はくるはずだ。
余談ここまでです。
次回第十話 ごちゃつく者たち