第八話 幽閉皇子の歩む道
「先生、どうされたのですか?」
帝国第一皇子ガイウスは自分で入れたお茶を椅子に座るウリエルに出した。
「なかなか悪くないところですね。安心しました」
様子を見にきたということか。
事件後、ガイウスは幽閉処分とされた。城内の一画、庭園の奥にある離れの邸で数名の騎士と使用人の監視の中にいる。
「それに、以前より顔色も良くなったようです」
「まあ、特に仕事もなく怠惰な生活をさせてもらっていますから」
気が楽になったのは間違いない。嫉妬や羨望、苛立ち、そして家族としての愛情。アデレードに対しては随分複雑な感情を抱いていたものだった。だが、出来の良すぎる妹とまともに比べられることが、これからはないだろう。そうなると不思議なもので、憑き物が取れたように楽になっていた。もちろん、アデレードに対して思うことが無いわけではないのだが。
「アデレードが生まれ、そして彼女の価値が明らかになったときから、私には選択肢が用意されているようで、そうではなかったんだと思っています」
先生は出されたお茶に手を伸ばしていた。頷いてから口を開く。
「人は生まれながらに不平等ですからね。魔力持ちの家かそうでないか、貴族か平民か、戦時中かそうでない国か。そうして最初に配られるカードの中から、人は選択して生きていくしかない。選択を間違えたとして不遇な人生を歩む人を見て、その者の責任と百パーセントで責めるのは誤りでしょう」
「ただ出来れば……そのカードの中でも良い選択をしたかったです」
アデレードと敵対するのではなく、共に歩むことを選択すればそれでよかった。簡単なことなのに難しかったのだ。
もう一人、アデレードへの欲望に選択を誤った男がいたことをガイウスは思い出した。
エクスは帰国し裁判にかけられた。彼はアデレードの体を傷付けようとしたとされ、禁固刑と除名処分が言い渡されていた。禁固は十年。除名とは家名を失うことで魔力を失う処分だ。今までの功績も加味されて死罪は免れていた。
この世界では、生まれた家の家名によって魔力持ちかが決まる。そして、婚姻や除名により家名を変われば、魔力の質や有無を変えることになる。そのすべての管理は協会が担っていた。
ウリエルはその協会の司教である。彼の着る赤紫のキャソックを見ていて、ガイウスは協会とはなんなのか疑問を感じた。世界中に等しく存在して各国に支部を持ち、しかし政治的には関与しない組織。魔力に関わる家名の管理を婚姻と除名により唯一行える組織。
ふと、ガイウスは薄ら寒いなにかを感じた。
協会とはなんだ?
「……どうかされましたか?」
「あ、いや。別に」
先生はふっと小さな笑みを浮かべると、カップをテーブルに戻した。
「確かガイウス様の幽閉は期限の定めがないとのことでしたね」
「ええ。そうです。アデレードの政治基盤がしっかりするまでとされています。女帝になって、貴族たちの支持が確実になってからということなので、まだまだ先かと」
「では、退屈でしょう。時々、講義に参りましょう」
「え?いや、そんなご面倒を――」
「遠慮は要りませんよ。ぜひ、ガイウス様に知ってほしいことがあるのです」
私に知ってほしいこと?
「長き歴史から学べること。ガイウス様が次のステップに至るときに必要な知識です。そして、アデレード様やこの国の民、世界の希望になっていただきたい。司教として人々を救うことが私の使命ですから、ぜひにお願い致します。あなた様のその手に残ったカードの中には、きっと希望に至る道が残されているはずです。それを見つけ選びとるための知識を持ってほしいのです」
次回第九話 司教のお仕事