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歴代最強の帝国皇女は敵国騎士と結ばれたい  作者: 永頼水ロキ
第一章
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第四話 騎士は記憶喪失の彼女を救う

 今日の海は少し荒れていた。月明りの下に、大きな波が砂浜に打ち寄せては引いていく。


 ユリウスは、バルコニーからその様子を見ながら、ウイスキーの氷を指で回していた。


「さすが、絵になりますな」


 後ろを振り返ると、使用人たちを取りまとめる家令が立っていた。


「どうした?」

「たまには坊ちゃんと飲むのも良いかと思いまして」


 その手には同じくウイスキーを入れたコップがあった。


「いまだに『坊ちゃん』か」

「いつまでも私にすれば『坊ちゃん』ですよ」


 そうか、とユリウスは小さく笑った。


「もう、すっかりここからの景色も変わりましたな」


 ユリウスは視線を海岸に戻す。


「そうだな。こんなに静かな海を見れるとは思わなかった」


 言いながら、ユリウスは海岸線をなぞるように視線を動かした。海岸の隅、波打ち際に何かが見えた。


 なんだ?


 ユリウスは立ち上がり、バルコニーの端によってその何かを注視した。


 …あれは…人間!死体か?!


「どうされましたか?」

「誰かが打ち上げられている!ついてきてくれ!」


 ユリウスたちは、海岸のその場所に向けて邸を飛び出した。邸から海岸の間には階段で降りる場所があり、そこを駆け降りる。


 ユリウスの速さに少し置いていかれながら、使用人の何人かが後ろからついてきていた。その場に到着すると、月明りでそれが女性であることが分かった。


 すぐに抱き起すと、海岸の砂が彼女の頬からぱらぱらと落ちた。衣服は濡れていたが、打ち上げられてから時間がたっているようだった。少し装飾はあるが地味なワンピースは、打ち上げられたわりには乱れていなかった。


「大丈夫か!」

「…う…」


 生きている!


 ユリウスは抱き上げると邸に向けて引き返した。


「すぐにメイドを起こして湯を準備させろ」


 ついてきていた使用人の一人がうなづき、先にユリウスの邸に走って戻る。


「生きているので?」

「ああ。だが、おそらく溺れたのだろう。意識はないな」


 意識のない女性を抱きかかえたまま、ユリウスは邸に向けて歩き出した。あまり揺らすとよくないと、少しゆっくり歩く。


「吐いたりはしていませんな。息も…特に問題ないようで」

「だが、震えている。冷えたのだろう」


 家令はうなづくと、ユリウスを置いて足早に邸に戻っていった。それを見ていた使用人の一人が両手をユリウスに向けてさし出した。


「大丈夫だ。私が運ぶ」


 顔を覗く。黒髪が海水でべっとりとくっついていた。見た目は十代後半で、衣装はそれほど高貴な子女が身に着けるものではないように見えた。固く目をつぶって少し震えている。唇が青くなっていた。


 ふっと、かつての「彼女」がユリウスの脳裏に浮かんだ。顔が似ているわけではないが、異国の黒髪はかつての彼女も同じだった。旅人の父という話だった。深くは追及していなかったが、彼女は帝国人の血が入っていたのだろう。


 その彼女と同じ黒髪の女性が今にも死にそうな顔をしている。それはユリウスにあの時の光景を呼び起こす。


 ぐっと奥歯を噛んで、ユリウスは正面の階段を上って行った。


 邸につくと、メイドの一人は湯を沸かし待っていた。すぐに客間が用意され、使用人の一人は家令の指示で医者を呼びに出ていた。


 客間の中のメイドに彼女を渡し、ユリウスは執務室に戻った。


「彼女の介抱を進めつつ、一応だが衣服や持ち物を確認してくれ」

「承知しました。意識が戻れば家族も探せるでしょう」


 少しして邸に医者が到着し、彼女のいる客間に通された。衣服や体が整えられた彼女は客間のベッドに寝かされている。衣服は背格好が近いメイドのものを一時的に使っていた。


 医者が一通り彼女を診察し、脱水症状という診断を下して簡単な処置をした。


「目が覚めたらスープなど、簡単に栄養が取れる消化の良いものを与えてください」


 ユリウスは少し落ち着いた様子の彼女を見つめるのだった。


 * * *


「…ん?」


 アディは目を覚ます。遠くに波の音が聞こえ、そばの窓からは朝日が差し込んでいたのが見える。


「え?!」


 飛び起きるようにしてアディが周りを見渡すと、まず知らない部屋の装飾が目に入った。大きな部屋にあるベッドに寝かされていたことに気づく。


「ここは…どこ?」


 ガチャ。部屋の扉が開き、アディは自分の体に掛けられていた毛布をぎゅっと握りしめた。


「だれ!」

「目が覚めましたか。よかったです。少々お待ちください、暖かい飲み物を用意しましょう」


 黒い執事服の老齢の男性は、そう言うともう一度部屋から出て行った。


 これはどういうこと…?


 アディは状況についていけていなかった。ただ、不安だけが襲ってくる。


「痛っ!」


 何があったか思い出そうとした途端、頭の奥が強く締め付けられるような痛みが襲ってきた。


 少しして扉が再び開くと、そこには先ほどの老人と金髪碧眼の美しい男性が現れた。その脇を抜けるように入ってきたメイド服の女性はワゴンを引いていた。ワゴンには暖かい湯気をたてる小さな鍋や皿が乗っけられているのが見えた。


 美しい男の人は白いスーツのような服を着ていた。メイドに指示をだし、その後、こちらに目を向ける。


「誰…?」


 金髪の男性はアディと目があった瞬間、驚くような表情に一瞬なった。だが、すぐに優しい眼差しに変わる。


「まあ、それはこちらのセリフなのだが…。ユリウスだ。この邸の主だよ」


 ふっと笑った金髪の美男。ユリウスの隣に立っていた執事はワゴンのほうを見た。


「まずはこちらを飲んで少し落ち着かれるとよろしいでしょう」


 用意されるスープや飲み物をアディはぼうっとした目で見ていたのだった…。


「――つまり、名前以外何も思い出せないのか?」

「思い出そうとすると頭が痛くて」


 ユリウスと名乗ったこの邸の主人は腕を組んで困っていた。


「アディ、君の持ち物を勝手ながら確認したが」


 そういいながらユリウスが黒い宝石がついたペンダントを見せてきた。それはアディには全く覚えがないものだった。


「これだけが君が持っていたものだ。衣服にも特徴がなかった」


 行方不明者の照会をかけても、もしかしたらすぐに家族が見つからないかもしれない。そうすると、「当面の生活をどうするのか」ということになることは、記憶を失っていたとしてもアディには何となく理解できた。そして、それで彼が困っているのだと思った。


「…ありがとうございます。助けていただいて。でも大丈夫!私は一人でもなんとかなると思うから」


 アディはユリウスをまっすぐに見た。そして微笑んだのだった。


 ユリウスの再び驚く表情が見える。


「そうか。強いな」


 ユリウスの小さく微笑みにはどこか憂いのようなものを感じた。その美しい碧眼にアディは少しドキリと胸を捕まれるような感じがした。


 ……かっこいい人だな。


「行方不明の届けが出ていないかなど私のほうで確認を進める。私はこう見えてこの街に駐留する軍に務めているんだ。ちょうど出る前に目を覚ましてくれてよかった」

「軍の人?」


 どこかの貴族かと思ってたけど。あまり強そうには見えない。


「ああ。任せてくれ」

「…ありがとう」

次回第五話 二人の男は彼女を想う

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