第六話 それなら私が確認します
帰りたい。
エリザベスは心の底からそう思った。場違いもいいところだ。
「レオール王国のファクツ家から帝国に繋がる商人の流れについて探しだしてもらいます」
「承知しました。それで、そのあとはどうされますか?」
新しく特殊部隊の「土竜」隊長となっていた魔力『転移門』の使い手は地図を見ながらアデレードに確認した。
「まずは私に報告を。奴隷商の話では、孤児の取り扱いは船を用いるようです。商船を中心に確認しなさい。また、合わせて麻薬の流れも」
「それは国内も?」
土竜の隊員、魔力『変装』の使い手がアデレードの反応を待っていた。
「そうね。だから部隊は二つにわけて短期間に確認して。気付かれないように」
魔力『診断』の使い手が書類の束を確認する。
「現在、レオール王国内の情勢はこの報告書で確認している内容までです。第一王子派が戦争推進派、第二王子派が和平推進派です。第二王子ユリウスが王位継承を辞したことで、第二王子派は中立派と合わさり王国内で積極的な発言を控えているようですが、それでも二大公爵家がそろって第二王子と懇意にしています」
あの王子様は人たらしだったのか、エリザベスは納得して頷いた。そんな気がしていた。
隣に立っていた魔力『治癒』の使い手が口を開く。暗闇のなかで黒い服に身を包んだ彼らは、相変わらずの不気味さだった。エリザベスは、自分のような普通の人間には無縁の世界の人たちだなと思って見ていた。
「第一王子イーサンの婚約者はファクツ侯爵家の令嬢です。また、第二王子ユリウスの婚約者はコールプス公爵家の令嬢で――」
――その瞬間、エリザベスは神を感じた。
神話の領域の魔力だと思った。土竜の隊員はおそらくエリートだろう、魔力量だってすごいのだろうし、越えてきた修羅場も違うはずだ。なのに、拾ってきた猫みたいに震えている。
「……今、なんと言いましたか?」
アデレードの瞳は底の見えない深淵だった。
「ひっ……。あ、あの、第二王子の婚約者はコールプス公爵家の令嬢で――」
「そう。それはいつから?」
ひー!何ですかこの魔力量は!
「は、はい。えっと、第二王子が15歳の時、その令嬢が10歳の時からですので、7年前ということかと」
「そうですか。分かりました」
その場はしんと静まり返った。とんでもない量のアデレードの魔力に部屋がパンクしそうになっていた。『平伏』として、もしもこの量をぶつけられたら、頭が地面にめり込んで死ぬかもしれない。
「レオール王国内の貴族にも調査が必要でしたね」
「はい。ただ、すでに二面作戦で人手が――」
「それなら私が確認します」
は?
「え?いえ、皇女殿下を潜入作戦などに――」
口答えや意見なんてお前らに求めてないんだよ、とアデレードの目は語っていた。全員が口を真一文字に結んだ。誰もこんなところで、意味もわからず死にたくはないのだ。
「『変装』の魔力で私の顔を変えて。他にも私が潜入するための準備を進めなさい。わかりましたね?」
全員が首を縦に振るしかなかった。
だから、私がここにいる意味無いよね?
* * *
「相変わらず無茶をなさる」
奴隷商人はため息をついた。船のデッキにもたれ掛かるアデレードに、持ってきた水を渡すため手を伸ばした。アデレードはそれを受け取る。
「ちゃんと父上にも許可を頂いたから」
奴隷商人は大きくため息をついた。
「どうやってかは聞きますまい。申し訳ないが、これから先は敬語を使いませんぞ?」
「分かってる。ここから先は貴方の部下だから」
アデレードは遠くの海に体勢ごと視線を移し、それを見ながら水を飲んだ。
そう、あの時もこうして船のデッキにいた。そして、兄に突き落とされて記憶を手放した。その先に彼がいた。今から向かう先にも。
アデレードは波の音を聴きながら、笑みを浮かべるのだった。
第一節ここまでです。
次回第七話 悪役親子は最強皇女の