第四話 マリアはレオを離さない
ユリウスは頭を抱えていた。
どうしてこうなった……。
会場のダンスホール中心で、マリアがレオナルドをぶん投げているのが見えた。それはもう綺麗な背負い投げで。
マリアはパーティードレスを身に纏っていた。青磁色をベースに、肩周りと腕にレース生地で肌を透かせ、スカートには大胆なスリットが入っている。そのスカートの裾をぱっと手で払って整えると、いつもの笑みを浮かべたまま鼻をならした。
事の始まりは少し時間を戻すことになる――。
「――君たち、コールプス公爵家主催の舞踏会が例年通り開催されるだろ。そこでファクツ侯爵家の人間やその周りに探りを入れたい」
執務室にはクリスティーナとレオナルドが来ていた。二人は家令マキシアスの孫、コールプス公爵家の兄妹だ。
そして、レオナルドの横にはマリアがメイド服ではなく私服で座っていた。ユリウスはそのことには決して触れないようにしていた。
「ファクツ家と事を構えるおつもりですか?」
クリスティーナが紅茶を置いて、目を瞑ったままで疑問を投げ掛けてきた。
ファクツ家は戦争推進派の筆頭のような侯爵家であり、武器製造で大きな財を成していた。領地には工場を有し、立地がミニエーラ王国と地続きであることと、海にも面して港まで有していることで、輸出入でも力がある。ちなみにこの軍港もファクツ侯爵領の中にある。
レオール王国において公爵家に次ぐ発言力がある家で、第一王子の婚約者の生家というおまけ付きだ。
「ずいぶんな大物だが勝算はあるのか?」
レオナルドが腕を組んだまま妹に続けた。ユリウスは椅子から立ち上がると窓の外を見た。
「孤児売買の件を知らぬはずはないし、商家との繋がりからファクツ家を抜きには話は進まないだろう。どちらかといえば、彼らと事を構える必要があるかどうかを探る、というのが今回の目的だ」
そもそも跡継ぎであるレオナルドをこの軍港に配置したコールプス家の判断は、おそらくだがファクツ家への牽制もあるはずだ。ユリウスがここにいることも合わせてレオール王国は一枚岩ではなかった。
「ですが、私たちに彼らが話をしてくれるかどうか。必要でしたらユリウス様との不和を演出しますか?」
コールプス公爵家がユリウスから離れて、ファクツ家側の派閥に近付きたいと思っているように見せるか?
「うーん。その場かぎりでは難しいな」
引退した元当主のマキシアスが、「余生の趣味」としてユリウスの家令を務めていることや、レオナルドとの関係は有名でいまさら騙されないだろう。
「では、私が動きます」
三人が顔を向けるとマリアが手を挙げていた。
「我がヴァジュラパーニ家は軍部に広く顔が利き、二大公爵家との繋がりもあれば、他の派閥との繋がりもあります」
ヴァジュラパーニは兄弟姉妹、親戚筋が多く、軍部での交遊関係は広い。
「え?マリアもダンスパーティー来るのか……」
「初めからそのつもりでしたよ、レオ様」
レオ……。その顔は良くない。お前も大概分かりやすいからな。
「まさかとは思いますが、私のいない間にまた他の女性に声をかけようなどと――」
「まさか!」
マリアが笑顔になっていた。レオナルドはひきつった顔で必死に否定していた。
「お兄様。マリア様との婚約の方針はまだ固まってらっしゃらなかったのですか?」
レオナルドは公爵家の跡継ぎだ。もし結婚するならマリアが嫁に行く必要がある。ところが、マリアは『剛力』の魔力を捨てたくないと言う。結婚して相手の家に入ると、相手方の家柄の魔力に置き換わってしまう。この場合は『召喚』に変わるということだ。それが嫌なら、マリアはレオナルドとの結婚を諦めるしかない。普通ならばそうなのだが――。
「いや、だからだな。つまり――」
「レオ様が私の家に婿入りすれば良いのですと何度も申しておりますのに」
無茶苦茶なことをマリアは言い続けていた。
「いや、さすがにレオは公爵家の跡取りだし――」
今度はマリアの笑顔がユリウスを向いたので、さっと窓に視線を戻した。
レオ、すまない。
――こうして舞踏会当日を迎えたのだった。
舞踏会には、軍部に関係のある貴族や商家から当主や令息令嬢が招待され、第一王子や関係貴族も招待されていた。ユリウスの兄、イーサン第一王子が開会の挨拶をすると、イーサンの周りには多くの貴族が挨拶に向かっていた。
まだ音楽隊は演奏を開始しておらず、婚約者のいるものはそのそばに、そうでないものは相手探しに動く。
ユリウスはクリスティーナを伴って入場しており、あまり目立たないように会場の端にいた。レオナルドはマリアをエスコートしていた。
イーサンとその婚約者がダンスホールの中心に立つと、何組かがその後に続いて中央に出る。
「よろしくお願いいたします」
「ああ」
クリスティーナと礼をして、音楽隊の演奏を待っていたその時だった。クリスティーナの後ろに見えるレオナルドとマリアの様子がおかしかった。何か言い合っている。
なんだ?
と、その次の瞬間には、マリアの背負い投げが炸裂していたのだった。
次回第五話 ダンスとチェス