第三十八話 それは後に黒鉱会談と呼ばれた
ガイウスは答える言葉が出てこなかった。自分が葬ったはずの妹が目の前にいたからだ。
「アデレード殿は、我が王国の海岸に流れ着き保護しておりました」
リオ侯爵は少し呆れたような顔で、ガイウスの代わりに場を繋いだと言わんばかりだった。怒りで顔が熱くなる。
「なぜ今になって…」
ガイウスは唇を噛んだ。
完全に後手に回っている。今は冷静に状況を確認すべきだ。
必死になって状況の整理をしようとした。
「記憶を失っておられ、申し訳ないが最近まで一般の女性として保護しておりました。しかし、記憶が戻られアデレード殿から保護の要請を受けたのです。さらに、ちょうどよく貴公らの来城が予定されていたため、そこにご参加いただくことになったというわけです」
「それに私はお兄様に殺されかけた。ゆえに、下手に帝国の兵に保護を求めても、"無かった"ことにされる可能性もあり、この場にてそれを追求するのが良いと要請したのです」
憮然とした態度のアデレードは、歩きながら説明し、円卓の横を通り両国の間の空いた席についた。
説明を聞いた皆が一斉にガイウスを見た。ミニエーラ王国もディスタード帝国もその場にいる全員がガイウスを見ていた。
ガイウスは勤めて冷静に呼吸を取り入れる。
「……船から落ちてその時に記憶を失ったと言うなら、私がアデレードを殺そうとしたなど、その記憶も信用ならざるものではないのか」
「それに、この場はそんなことを確認するための場ではない。アデレード殿下の話は帝国内の問題で、貴殿方には関係ない。我が帝国に対し秘密裏にレオール王国へ武器の基幹部品たるブラックギアを輸出していた。これの説明が先だ」
エイデンはガイウスに続けて発言した。もう冷静さを取り戻したのか、その顔には自信が感じられた。しかし、それも再び開かれた扉から現れた人物に、一気に取り払われてしまう。
そこには、レオール王国公爵ユリウスが。そして、その横にロープで体を縛り上げられた土竜隊長エクスがいた。
「なぜここに敵であるはずのレオールの公爵がいる!」
エイデンが叫ぶが、ミニエーラ王国の者たちは冷たい視線を向けるだけだった。
「直接会話するのはこれが初めてか、エイデン侯。私はユリウス・オブ・レオール。すでに王子としての立場は返上しているが、本日は国の名代としてこの場に参加することを許可いただいた。そこに御座す、貴国の第一皇女殿下より」
エクスを見ると、不気味な笑みを浮かべたままそこに立っていた。
何があった。これは一体なんだ。
ユリウスはそのまま話続ける。
「確かにこの場でまず確認すべきは町の災害だ。ここにいる男は、帝国特殊部隊の隊長であり、爆薬と魔力でミニエーラ王国の町に土砂崩れを起こさせていた。私はたまたまその場に居合わせ、この男の犯行を確認して捕らえた」
「たまたま?!たまたまだと?!そんな偶然があってたまるか!いや、それ以前に、帝国はそんなことはしていないし、その男も知らん!」
ユリウスは右手をあげて、その中にある小さな機械を動かした。一般人にはそれがなにか見当もつかないだろうが、その場にいた全員がそれの正体を知っていた。
声を記録できるレコーダーだ。レコーダーから声が聞こえる。
『まずは、帝国の裏切り者にはそれなりの対価を払ってもらう。分かっているな、エクス・イグニート』
『もちろん。俺達に任せて間違いはないですよ。あっという間に成功を届けて見せます。それで確認ですが、まず我々がブラックギアの製造拠点を確認後、その場所で災害を演出、そのあとに災害支援として軍による調査をミニエーラ王国の前で行い、決定的な証拠として突きつけるわけですね』
その声の一人は、今まさに声をあげたエイデンのものだった。
「この問題は単純ではありません」
アデレードが声をあげた。
「我が国は、ミニエーラ王国の不正を確認するために災害を演出して多くの民を傷付けた。それは国家間の問題解決の手段として適切とは言えない」
皆が清聴するなか、アデレードは呼吸を取り入れてそのまま続ける。
「一方で、ミニエーラ王国は我が国の属国となりながら、レオール王国と裏で繋がり、戦争に使用される兵器の部品提供を続けていた。それは明確な条約違反であり、相応の咎めを受けること」
「この件が明るみになった以上、レオール王国としてブラックギアの輸入は取り止めざるを得ない」
「承知した。ミニエーラ王国は今後レオール王国へのブラックギア納入はしないことをここに宣言する。そして、町に与えた被害に対する賠償をディスタード帝国に求めない代わりに、本件全て不問としていただきたい」
「ディスタード帝国第一皇女としてそれを了承します」
ガイウスは理解した。
これは劇だ。すでに台詞が用意され、自分もエイデンも含めてそこに立たされ、予定された役割を演じさせられている。
ガイウスはアデレードを見た。
この短期間でこちらの作戦を把握して利用し、どうやってか敵国にすら協力を得て私の全てを否定した。アデレードは公の場で顔を隠していたのに。
ガイウスはバケモノを見ていた。決して敵対してはならない相手だった。
だが、もう遅い。ならば。
「待て。アデレードは今回の会議において皇帝の名代として指名されていない。勝手に帝国代表として了承するとはどういうことか」
エイデンからは同調の動きはなかった。だが、深呼吸してガイウスは続ける。
「さらに、敵国であるはずのレオール王国公爵との繋がりが疑われる。これは国家反逆の嫌疑にも相当する。ミニエーラ王国には失礼ながら、我が国の問題としてこの場でけりをつけねばならない!」
ガイウスはそう言って自らの魔力をアデレードに、そしてユリウスにぶつけた。制御が十分でなかったのか、ユリウスの横に立っていたミニエーラ王国の兵や給仕の従者がひれ伏し、エクスも縛られながらその場に平伏した。
だが、アデレードもユリウスも平伏することはない。
急にガイウスは頭をテーブルに押さえつけられた。それはアデレードの魔力だった。
「我が兄が失礼しました」
全く届かなかった。
次回第三十九話 非公式の晩餐会