第三十一話 燃やす
「え?ここに残られるのですか?」
「さすがに爆発範囲にはいないが、一応、不測の事態に備えるため俺が残る」
「伝令は?」
「不要だ。何れにしても、作戦が始まれば止められない」
有無を言わさないように指示を出したエクスは、部下たちだけをポータルで帝国に帰したかった。不思議そうにしている部下を置き去りに歩き出した。
早くアデレードを迎えに行きたい。
エクスの頭の中には、手に入れたアデレードをどうやって連れだすか、それしかなかった。まだ彼女は小屋の中で眠っているはずだが、彼女の仲間が気付く可能性がある。縛るなんてことは出来なかったため目を覚ましてしまえば逃げられてしまう。だから、その前に作戦を決行する。
「お前たちは先に帝国に戻れ。着火は俺一人いれば良い」
小屋に移動した。入ると、そこに小さく寝息をたてる美しい女の姿があった。すぐにでも自分のものにしたいと思う衝動を抑え、膝を抱えるようにさせて眠る彼女を大きな籠に入れた。
馬に荷馬車を付け、そこに籠を。それから馬を引いて山の裏手に進んだ。
予定した場所に着いてエクスは目をつぶる。自分の魔力を遠く町の至る所、山腹の地下や急所から感じた。爆薬にはエクスの魔力を込めてある。
「『燃えろ』」
その瞬間、さきほど来た道の先から轟音と地響きが追いかけてきた。ひとしきり振動が荷馬車を揺すり、馬が不安から嘶いた。
これで本来の土竜の仕事はほぼ終わった。あとは軍到着まで待って必要ならブラックギア製造の証拠品を設置する。それはあとでポータルを使って戻ってくる部下が片付ける予定だ。つまるところ、エクスの仕事はもう終わっていた。
エクスにはもっと重要な仕事が残っている。アデレードを自分のものにする。そのためにはアデレードが生きていることを本国に知られてはならない。何も思い出せないうちに、彼女とともに別の場所にいく。
そこで二人で暮らすのだ。そうだ、ミニエーラ王国へ亡命することも考えられる。ちょうど良い物も持っていた。
エクスにとって作戦も帝国もどうでもよくなっていた。長閑な湖の側に家を建てて、そこにアデレードと住む景色、妄想がどこまでも広がっていた。
彼が手綱をひく荷馬車は、ごとごとと音を立ててアデレードを乗せ森の奥に向かっていく。
* * *
ユリウスは必死に自分を『奮い立たせて』いた。戦場を越えるとき、友を失ったとき、リリーを失ったとき、兄に殺されそうになったとき。その度に、ユリウスは自分自身にその魔力を使って立ち上がってきた。
ユリウスの『不屈』は折れた心にも活力を与え、火事場の馬鹿力を発揮させる。たとえディスタード帝国の皇族がふるう『平伏』を受けた者がいても、立ち上がらせることができる。『平伏』を払い除けられる反骨の魔力。ゆえに、レオール王国はディスタード帝国の宿敵となっていた。
アディが見つからない。
何度も『不屈』を自分にかけながら男たちと瓦礫を撤去して、その下に声をかけた。もう体力はなかった。気力だけで瓦礫を持ち上げていた。
アディが見つからない!
そんなのは嫌だった。もう嫌だった。
もう俺から大切な人を奪わないでくれ。神でもなんでもいい。頼むから。頼むからもうやめてくれ。
ユリウスは自分が何の選択を間違えたのか、分からなかった。何が悪かったのか。どうしてこんなことになったのか。
「ユリウス様。少しお休みください」
ユリウスはマリアを睨んだ。はっとして、視線を外すように顔を背ける。
「……すまない。ありがとう。だがまだいける」
「いけるもんか!旦那、ひどい顔だ。頼むから休んでくれ!もう夜が明けちまう。ずっと動き続けるなんて無理だ」
シッドが悲鳴のような声をかけ、ユリウスの肩を掴んだ。それを払い除けようとするが、その力も残っていなかった。その瞬間、体の力が抜けるのを感じた。
アディ……!
倒れた。意識ははっきりしているのに、地面に顔を擦り付けるようにして。痛みも感じなかった。
その時、首輪を着けた白いカラスと目があった。カラスが何かを咥えているのが見える。それは碧い光だった。
次回第三十二話 魔法少女