第二十九話 動き出す山
ユリウスは宿屋のロビーに座ってアディを待っていた。マリアとシッドは、それぞれ休憩で部屋にいる。
まず分かったことはアディが帝国人だということ。
可能性はもちろん考えていた。アディの髪色や顔立ちは帝国人なのだから。どこかでそうではないことを望んでいたのかもしれないと、ユリウスは思った。
リリーにも帝国人の血は流れていた。そして、だからこそ初めてアディを見たとき、その姿をリリーに重ねてしまったのだから。帝国で暮らす者というだけで敵とはならない。リリーが敵ではなかったように、帝国人の血が流れているだけで敵とはならない。
ユリウスは先ほどから嫌な予感を感じていた。この不安がなんなのか、形容し難い。だが、祈らずにはいられなかった。アディが権力者やそれに連なる者である可能性。そうではないことを祈っていた。
アディにはどこか目立ってしまうオーラのようなものがあった。単に魅力的なだけではない、所謂カリスマのようなものがある。
アディが帝国の貴族だったならば、それはユリウスの敵ということだ。ユリウスはこの不安に、額を手で支えるようにしてテーブルに項垂れていた――。
――その時、大地が揺れた!轟音が響き渡り、テーブルの花瓶が倒れて中の水が花と一緒に飛び出した。ほぼ同時に爆音が何度も聞こえ、何かが引き摺られるような音が聞こえる。
とても大きなうねりを感じた。それはまるで山が動きだしたようだった。
「ユリウス様!」
マリアとシッドが飛び込むようにロビーに入ってきた。
アディ!……くそ!土砂崩れか!
ユリウスは、揺れをものともせず立ち上がり、宿屋から飛び出す。
道の向かい側で爆発がおき、また大きく揺れた。山腹を見上げると、薄暗い中で土砂崩れの跡が見え、多くの町人が道に倒れていた。いくつかの家は土砂に巻き込まれていた。後ろを見ると宿屋がかろうじて無事だったことを知る。
アディはどこだ!?
走り出した。叫び声が聞こえる。あの時の光景がユリウスの脳裏にフラッシュバックする。
「アディ!!どこにいる!?返事してくれ!」
必死になって走る。角を曲がると、そこには腹部に瓦礫が突き刺さったリリーの姿があった。
リリー!?
思わず駆け寄り瞬きすると、その姿は見知らぬ女性に変わっていた。怪我をして血を頭から流していた。
「……う」
「しっかりしろ!『立ち上がれ』」
その女性に魔力を注いで気力を回復させつつ、肩を貸して立ち上がらせた。そして、大通りの方に連れていく。
大通りではマリアが人々に声をかけ、救助や避難誘導のための警備員への指示や、病床の確保、医者や看護人の募集を一気に進めていた。
シッドやジョイの姿も見え、無事だった男たちを中心にがれきから人々が救い出されていた。
「マリア!救護所はどこに?!」
「私たちが宿泊していた宿屋と、奥にある協会、それから町役場に確保しています!」
ユリウスは頷くと、近くにある町役場に向けて怪我をした女性を連れて歩きだした。
アディ、どこにいるんだ…!どうか無事でいてくれ!
ゆっくり歩きながら、ユリウスは必死に神に願った。
* * *
ガイウスは挨拶回りを取り止め、皇帝の命令を取り付けて軍艦に乗っていた。
軍の船団には、複数の帝国軍軍艦のほかにエイデンから派遣された侯爵領の軍艦も並び、もはや開戦したかのようだった。
作戦は開始している。すでに、ミニエーラ王国に駐在する軍は出発しているはずだ。『伝令』を通じて、ミニエーラ王国には災害派遣を申し出ている。
計画通り、黒い石の加工場がある町は破壊した。賽は投げられたのだ。あとはこの作戦の中心に立って成功に導き、レオール王国を倒すことでガイウスの皇帝即位は確実になる。
父上も私を認めざるを得なくなる。
もうすぐミニエーラ王国の港町に着くだろう。少し前にこの町に着いた時のことは、アデレードを海に葬った直後で良く覚えていなかった。
今度はその町並みをよく目に焼き付けておこう。自分が皇帝になる、それに至る道の最初の町だ。
ぐっと右手を握った。
次回第三十話 蠢く土竜