第二十八話 誰か
「私は泥棒だったのかな…」
「アディ。今分かっていることは、ペンダントの持ち主が君ではなかったことと、海で君が見つかった時にペンダントを持っていたということだけだ。経緯や理由が分からないうちは、へたに決めない方が良い」
黒石のペンダントはジョイに返していた。
「そうです。さきほど出してもらったケイトさんへの手紙に返信があれば、本当のことが分かるはずです」
アディが気を失ったあと、ユリウスは彼女を背負って町の宿屋に運んでいた。無事に目を覚ましたが落ち着かない様子のアディは、両手の指を胸元で組み椅子に座り、項垂れていて祈るような姿勢になっていた。
「ぶっ倒れたんだ。とりあえず休んだ方が良い」
シッドがぶっきらぼうに言うが、心配そうな表情でアディを見ていた。
「ああ。アディ、君はもう少し寝た方が良い。後で夕食を持ってくるよ」
アディをベッドに寝かせて三人は部屋の外に出た。少し離れたところまで来てシッドが口を開く。
「だが結局、アディさんを知っている人間はいなかったな」
「そうですね。さきほど町役場に確認しましたが、アディさんに関することは何もありませんでした」
「ペンダントの持ち主の返信を待たないと何も分からないが、彼女とアディが知り合いという可能性はある」
「……ですが、もうユリウス様のお時間はありません。そろそろ帰らなければなりません」
「そうだな……。マリア、申し訳ないが――」
「分かっています」
マリアは微笑んだ。
「私がアディさんとこの町に残ります。返書を手に入れましたら、いずれにしてもアディさんをユリウス様のもとに連れて帰ります」
ユリウスは頷いた。と、後ろからアディがやってくる気配がした。
「ごめん。ちょっと散歩してきていいかな」
「頭痛は?」
「大丈夫。夕食までには戻るから……少し一人で散歩したい。一人にしてほしい」
町は田舎らしく治安が良い。さらに、黒鉱の関係もあってか警備の人員も多かった。
「……分かった。町からは出ないでね」
アディは弱々しく頷き、出ていった。
「影からお守りしますか?」
「いや、一人にしてあげよう」
「そういえば、いつの間にペンダントを?」
ユリウスは、ちょっと居心地悪そうにそっぽを向いた。出ていくアディの胸元には、碧の宝石が付いたペンダントが、例のペンダントの代わりにかけられていた。それを目ざとく見つけたマリアが意地悪な笑みを浮かべている。
* * *
町は今までの街より小さく、鉱石街と似て坂が多かった。山間に位置するこの町は、レモンの木が植えられた農園に囲まれていて、一本道が町に続いて谷から繋がっていた。谷の方を経由すると鉱石街の方に行ける。
少し歩き町外れに立った。そこから、沢山のレモンがなっているのが見えた。
ふと、胸元に揺れるペンダントを手に取って見た。ユリウスの瞳の色と同じ宝石。
鉱石街で自らの過去を教えてくれたユリウスは、その帰り道でこれを買ってくれた。ユリウスの瞳の色に似ていたため、気になって見ていたアディに。
でも、渡すときの表情は女性慣れした人の顔ではなかった。顔を赤らめ、ちょっとぶっきらぼうになっていた。
レモンの爽やかな香りが、少しアディの頭痛を取り去って後ろに流れていく。
「私共の農園に何かご用ですか?」
後ろから優しそうな男の声がして、びっくりしてアディは振り返った。そこには、メガネをかけ、痩せた黒髪の男が笑顔を向けて立っていた。農作業のためか、服が所々泥に汚れていた。
「え?ああ、いえ。レモンが沢山なっているのが綺麗で眺めさせてもらっていて。お邪魔しました」
軽く一礼すると、農園の人は驚愕した表情になっていた。
え?どうかしたの?
その反応が気にはなったが、農園の人をおいて離れようとした。
「待ってください。どこかでお会いしませんでしたか?」
え?
「…えっと。その、ごめんなさい。ちょっと分からないの」
「どうして謝るのですか?」
農園の人はとても悲しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。その……。記憶を失ってしまっていて」
本当に悲しそうなその表情を見て、アディはつい事情を話さずにはいられなかった。もしかしたら、本当に自分の知り合いかもしれない。そんな期待もあった。
一瞬、黙ってしまった農園の人は、また元の笑顔を向けてくれた。
「そうなのですか。それは大変でしょう。すみません、こちらの勘違いでした。良く似た人と間違えたようです。お止めして失礼いたしました」
そっか。勘違い……。
「いえ。失礼します」
残念に思う気持ちを悟られないように気を付けながら一礼して、アディはその横を通って宿屋に戻る道に足を進めた。
次回第二十九話 動き出す山