第二十一話 先生の講義は続いている
「ガイウス様、どうですか?外回りのほうは」
「何が言いたい」
ガイウスは分かりやすく不機嫌になった。先生からの講義は、一日一度、今がその時間だった。
先生と呼ばれている男。ウリエル・ケーヘルは協会の司教の一人だ。皇帝に直接進言を許されている特別な立場にある。どういった魔力を持ち、なぜ今の立場になったのかなど、ガイウスは何も知らなかった。
「関係国に諸侯、会合や夜会を通じてより良い関係の構築や、信用できる人物の選別。何か得られたものはございましたか?」
「得られたもの……」
皇帝への道、か……。
「そういえば、クロイスター侯と内密に話をされたとか」
「どこで」
何の裏もないような自然な笑みを浮かべる先生は、どこでしょうねと、はぐらかした。
「昔話をしましょうか」
「なに?なんで急に――」
「せっかくですから」
先生の強い視線に負けてガイウスは黙った。
そういえば、アデレードの魔力でもこの男はひれ伏さなかった。
* * *
あれは…ガイウス様が8歳、アデレード様が6歳のころでした。11年前ぐらいになりますか。
あの事件はガイウス様もよくご存じとは思いますが、ご存じなかったこともあるでしょう。
あの日はアデレード様が初めてのお茶会に参加される日で、諸侯の比較的近い世代の令息令嬢が集められておりました。
まだ幼いアデレード様は新しい友達が出来るかもしれないと楽しみにしていて、前日は眠れなかったそうです。
ああ。ガイウス様が最初のときは、不安で眠れなかったという話もお聞きしていますよ。
ただ、ガイウス様はその時には慣れたものでしたね。一方のアデレード様は、彩られた花々、お菓子、着飾ったご令嬢に囲まれて興奮気味でした。
……詳しい経緯は私も分からないのですが、この時、ある令嬢がアデレード様に近づきました。
マチルダ・クロイスター。帝国人らしい黒髪に少し茶色がかった瞳を持つ、一見優しそうな顔をした頭の切れる女性です。クロイスター侯爵の次女ですね。
この茶会には、周辺国からも参加した令嬢がいて、レオール王国と帝国の両方と交易していた、ミニエーラ王国の王女も来賓でした。
二人が同い年だったことと関係強化の意味があったのです。
目撃したものがあまり多くない上に、その時周りにいたのはクロイスター家に近い家柄のもの達だったため、この時のやり取りについて詳細は省きます。真偽が定かでないですから。
ミニエーラの王女が、アデレード様のドレスに紅茶をかけてしまった。
アデレード様に火傷など怪我は無かったのですが、この時アデレード様は大変お怒りになり、ガイウス様もご存知のとおり茶会は強制的に中断することになりました。
その後、ミニエーラ王国とは険悪な関係に進み、あっという間に戦争に進みました。
* * *
「――もちろん。当時の地政学的なレオール、ミニエーラ、ディスタードの関係や動きもあり、決してこの件だけで戦争に繋がった訳ではありません」
ウリエルはそう言いながらガイウスの目を覗き込んだ。
「アデレード様はご自身の浅慮により、ミニエーラ王国と戦争になったこと。自身が利用されて戦争に発展させられたことをその後知ることになりました」
勿体ぶるように一呼吸おく。
「……よろしいですか。皇族とはお茶を溢すだけでも人が死ぬことがある。どうかそのことをお忘れなきように」
――ガイウスへの講義を終え、ウリエルは自分の部屋でカモミールティーを飲んでいた。
「さて、郊外授業のほうも上手いこといっていればよいのですが」
次回第二十二話 先生の午後の紅茶