第十八話 山祭り
シッドに連れてこられたのは、商店というより倉庫だった。赤レンガでできた大きな倉庫がたくさん並んでいる。アディは内壁の赤レンガに触れるとざらりとした表面を感じた。少し古びた倉庫の中は埃っぽい。
まずはトリエント家の交易商人と会うことになった。シッドが声をかけると、見かけ四十ぐらいの男がやってきた。後ろに立っていたアディたちにも何度か視線を移しながら男は眉をひそめる。
「シッドか?何しにきたんだ?」
「見てもらいたいものがある。売った相手を知っていたら教えてくれ」
「お忙しいところ申し訳ない。このペンダントを見たことはないだろうか?」
シッドに続きユリウスが一歩前に出てペンダントを取り出し見せた。
そのユリウスを観察しつつ、男はペンダントを手にとると胸ポケットから小さなルーペを取り出した。そして、色々な角度からそれを観察する。
「うーん。帝国に卸しているブラックダイヤモンドっぽいが……。うちで扱っている商品じゃないな。それに、こいつは仕事が少し粗い。売り物っていうより個人の作品じゃないか?」
確かに少し安っぽい彫刻だし、黒い石もくすんでいて宝石という感じではないとアディも思っていた。
「もういいか?忙しいんだが」
「ああ、ありがとう。助かったよ。失礼した」
――次は加工人のいる工場に向かう。
工場は裏町の奥にあり、今いる倉庫からは大通りを横切って街の反対側に位置しているとのことだった。歩いていると、遠くから聞こえてくる賑やかな音で思い出す。
「そういえば、今日からお祭りなんだって?」
「ああ。山祭りといって、鉱山の恵みに感謝するお祭りらしい」
ユリウスが答えると、続けてシッドが口を開く。
「昔はそれぞれの坑道入り口で年初めにやってた安全祈願祭だったんだ。だが、最近鉱石が取れない鉱山が増えてな。観光業にも力を入れて収入源を増やそうということになった」
「それで街をあげたお祭りにされたのですね」
マリアが納得したように何度か頷いた。
「そういうことだ。まだ二年目の歴史の浅い祭だよ。ただ、領主の肝いりらしくて規模はでかいな」
大通りに横から出るとたくさんの人通りと屋台が目の前を塞いだ。アディは目を見張り、だて眼鏡を人指し指で直した。
「凄い人の数!」
「ああ。はぐれないようにしないと」
ユリウスはそう言うと、とても自然な仕草でアディの手をとった。軽く電気が背中に走った気がした。
「だ、大丈夫!子供じゃないから!」
慌てて手を離すとユリウスが途端に悲しげな表情になった。
「……すなまい」
「あ、いや、ごめん。えっと、嫌とかじゃないから」
ちょっとびっくりしただけだから!
「……もういいか?この道を少し南下して横道に出た先だぞ、工場は」
「ふふふ」
呆れたようにシッドがそう言うと、先に喧騒のなかに入っていく。横でマリアは微笑んでいた。
「わかった」
マリアとユリウスが祭りの人だかりに分け入り、そこにアディが続く……。
* * *
ペンダントを追いかけた手がかり。残すは加工人だけということになってしまった。
しかし、商品の窓口であるはずの交易商人が知らないと言っている物を、加工人が自分達の作品と言う可能性は低い気がした。
喧騒のなか歩きながら次に探る場所を考える。
確かミニエーラであの黒い石が取れるのはこの街だけだったはずだ。トリエント家の独占状態はずっと以前から……。もしもこの石が見立て通りなら、その交易商人が知らないはずはない。それとも自分達の見立てが間違えていて、このペンダントの石はミニエーラの黒い石ではなかったのか?
交易商人に見せたとき、その反応は薄く興味も無いようだった。この石には宝石としての価値の他に、もっと大きな価値があることをユリウスは知っていた。だが、交易商人の反応はその石に対するものとは違う気がした。
それとも、例の加工はまったく別のルートなのか?
もしそうだとすれば、簡単には見つからないことになる。そして、そんなものをなぜアディは持っていたのか。その疑問も残る。
「アディ、もし加工人が――」
後ろを振り返った時、そこにいるはずのアディの姿がなかった。ユリウスはその場で立ち尽くした。
次回第十九話 ヴァジュラパーニ家三女