第十六話 トリエント家の兄弟
店員に呼ばれてやってきた警ら隊の隊員がきた時、酒に酔った男はユリウスに組伏せられていた。事情を店員に説明されていたのだろう。隊員はユリウスに礼を言うと、酔っ払いを縛り上げて連れていった。
隊員の一人はユリウスに声をかけられ、何か話をしてから出ていった。
「すごかったな、兄ちゃん」
何人か酒場の客から声をかけられていたが、ユリウスは軽くさばいて戻ってきた。何事もなかったかのように颯爽と歩む姿は、その場にいる男達ですら感心させ、羨望の眼差しを向けるものもいる。
ちょっと恥ずかしいな。
アディは自分の頬もちょっと熱くなっている気がして、首をふって深呼吸した。
「目立ちすぎたな」
「そうですね」
「そうだね」
ほぼ同時にマリアと言葉を重ね、互いに見つめあった。
「とりあえずホテルに戻ろう――」
――ホテルに戻る道すがら、前を歩くユリウスが向きを変えずに口を開く。
「トリエント家が例の黒い鉱石を独占しているようだな」
マリアが横で頷いているのが見えた。
「そのようでしたね。あとは黒鉱の加工にお抱え技師がいるそうで、帝国への卸も特定の交易商人が担っているようでした」
びっくりして二人を見た。
「え?ちょっと待って」
いつの間に情報を仕入れたの?
優秀すぎる軍人公爵とそのメイドは、何てことないというように笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「昔から夜会の場で貴族たちの噂話を仕入れるのは得意だったんだ」
そういってウインクする貴公子は何人の女子を手にかけてきたのだろうと、アディは思わずにいられなかった。
……気を付けよう。
そう思った時だった。
「綺麗な女を二人も侍らせるなんて羨ましいねぇ。金髪のお兄さん」
後ろから聞こえた声に、「ああ、やっぱりか」と、アディは声に出しそうになった。
三人で振り返り、すっとユリウスが前に出た。
声を聞いただけでも下衆な雰囲気のする男は、後ろに何人かガラの悪い男達を連れていた。
「なんでしょう?」
さすが堂々としたユリウスの雰囲気だが、うすら寒い殺気も感じた。
只者ではないと思ったのか、後ろに控えていた何人かがさっと手前に出てきた。
「いや、この街では見かけない顔だから良い店を紹介してやろうかと思ってな」
「アンドレアさんはこの辺の顔役なんだ、仲良くして損はないぜ」
「顔役?」
ユリウスが問いかけると、にっと笑って後ろに控えたアンドレアが答えた。
「ああ、俺はアンドレア・トリエントだ。トリエント家の家長をしている。旅人でもトリエント家は知っているだろ?」
噂をすれば影がさす。
* * *
あれだけ目立ってもアディに声をかけてきたり、反応したりする人物はいないようだった。黒い鉱石を独占しているトリエント家の家長もまた、アディのことは知らないようだった。
まあ、直接家長が接客するわけはないか。
となると、このままアンドレアと近づいてもあまりメリットはない。目立たないようにトリエント家に関わる加工人や交易商人に近づく方が良いだろう。
「いや、結構だ。顔役なら他に知り合いもいる」
「なに?」
「エーデルワイス侯爵と顔馴染みでね」
嘘ではなく何度か会食したことがあった。帝国との戦争時に真っ先に帝国側に下った人物だが、計算高い彼の選択はユリウスにも理解できた。この鉱石街を含めた一帯の土地はエーデルワイス侯爵領であり、鉱山主程度では太刀打ちなどできない。
「何でお前みたいなのが領主様と?!嘘つけ!」
「嘘をついてどうする」
さすがに付き合いきれんな。
ユリウスは一気に殺気を込めた視線を送った。すると男達はさっと視線をそらした。
「もう行きましょう、アンドレアさん。こんなのと付き合ってもしょうがないですよ」
部下の及び腰にアンドレアは悔しそうに舌打ちをすると、踵を返して裏通りの方に戻っていった。意外とすんなりと引き下がってくれた。
……さて、明日の朝は兄の方から加工人や交易商人に繋いでもらうことにするか。ミニエーラ王国は黒鉱に関する情報を厳しく制限している。これを機に内情を確認するのも有益かもしれない。
ユリウスはアディに目を向けた。ほっとした様子のその顔を見て、つい顔が緩むのを感じた。
次回第十七話 ホテルの朝食を食べたら




