第十五話 鉱石街
マリアがホテルのドアマンから聞き出したという酒場は、裏道に入ってすぐに立地していた。比較的きれいな店構えで、側面外側にテーブルがいくつか置かれ、赤い大きめの雨除けがそのテーブルの上に壁から広げられていた。
その外のテーブルには立ち飲み客がわいわいと騒いでいるのが見えた。
「活気があるな」
「報告書では、鉱夫、その雇い主、鉱石の加工を行う職人、あとは交易商人とそれらの生活を支える人が主な街の構成とのことでした」
マリアに感心したのか、瞬きしながら彼女を見つめるアディの姿にユリウスはふっと笑った。
「さあ入ろう。席が空いていると良いが」
混雑する店内だったが、ちょうど奥のバーカウンターが空いていた。
「いらっしゃい」
「私はウイスキーをロックで。二人には何かアルコールのない飲み物を」
「そうですね。特産のレモネードを二人分頂きたいです。ありますか?」
メイド服ではなく、今は私服のワンピースに着替えているマリアがユリウスに続けるようにして注文した。
「あるよ」
「オススメの食事もあれば適当に三人分下さい」
無愛想な店員は静かに頷き、飲み物を先に用意し始めた。
「レモネード?」
「隣町がレモン農園で有名で、この辺りではそのレモンを使ったレモネードが美味しいんです」
へーとアディが感心した。おそらく、隣町にではない。
三人が静かになると、自然と周囲の雑談が聞こえてきた。上手くそれを聞き分けるのは訓練が必要だが、ユリウスは多少心得があった。おそらくマリアもそうしている。アディは出された飲み物とつまみに静かに手をつけていた。
『…最近は良い鉱石が取れなくなってきたな』
『確かに。こうなると黒鉱の坑道をもつトリエント家が幅をきかせてくるな』
黒鉱は、確かアディのペンダントに使われている黒い石を含む鉱石だったはず。
『あそこの新しい家長が強い魔力持ちで、小さな希少石も上手く見極められるらしい』
『あっちの家に仕事を移した方が良いのかね』
『いや、やめとけ。性格が悪いらしい。あの家の鉱夫連中はひどい扱いだそうだ』
『そういえば、あれだろ。確かその家の長男が鉱夫におち――』
『黙れよ!』
ユリウスは聞き耳をたてていた方を振り向いた。男が一人、椅子に座っていたもう一人の男の胸ぐらをつかみ、引っ張るようにして立たせるところだった。
「な、なにしやがる!」
「うるせぇ!」
ガンっという音とともに殴られた男は床に転がった。テーブル正面に立ち上がっていた男が怒りをあらわにして殴った男につかみかかる。
周りの男達は「もっとやれ!」「いいぞ!そこだ!」と歓声をあげてその揉み合いを煽り楽しみだした。
「まったく……」
ユリウスは頭をかくと、持っていたウイスキーをカウンターに置き、立ち上がって現場に向かって歩きだした。
「君たち、止めなさい」
* * *
アディは最初の頃から今までユリウスがそんなに強そうには見えなかった。その美しい顔に端正な身のこなしから、貴族として軍にいる役人という印象だった。それは廃嫡王子という話を聞いて確信に変わっていた。
しかし、それは誤りだったとアディは考え直した。
殴りかかってきた男達を軽く躱し、手刀で首筋を叩いて無力化していく軽やかで美しい身のこなしは、名ばかりの軍人のものではなかった。
「さすがです、ユリウス様」
「確かにすごい」
思わず拍手しそうになって、その前に手を止めた。
呻き声をあげつつ、最初に殴られた男が立ち上がっていた。
「そちらの友人を連れていきなさい。こっちは私が警ら隊に引き渡しておこう」
ユリウスに声をかけられ、渋々と男は奥に倒れた仲間らしき男に肩を貸して店を出ていった。
次回第十六話 トリエント家の兄弟