第十二話 馬車の旅
ほのかな良い香りと柔らかな髪が少し触れ、大きな瞳が見開かれて目の前にあった。
勢いよく赤面していき、ユリウスの胸に両手をついて剥がすように離れようとする彼女。
一瞬離したくなくて。力を込めて抱き締めかけ…まずいと思いユリウスは彼女を離した。結果、勢い余って少し後ろに仰け反るように、アディは軽く腰を打ってしまった。
「ご、ごめん!」
二人して出た言葉は同じだった。
二人きりの馬車の中で、跳び跳ねる狐がなぜか嬉しそうにしていた。
お前、怪我はどうした?
* * *
――少し時間は戻る。
目指すミニエーラ王国の鉱石街へは平原を二日馬車で走り、途中国境の大きな河を橋で渡るらしい。そのあと、山道に入って三日目には到着する見込みだった。
「マリアと申します。私も同行致しますので、宜しくお願い致します」
メイドの一人が一礼した。身長はアディと変わらないぐらいで、助け出された最初の頃は彼女の服を借りていた。その見た目はアディと同い年ぐらいに見えた。ユリウスと同じ金髪。瞳はアメジストのような紫がかっていて、顔に対して大きな目は可愛らしい。
「よろしくね」
「必要な荷物は馬車に揃えてあります。道中はテントを使用します。二つ用意しておりまして、私と同じテントをお使いいただきます」
「何から何までありがとう!」
いいえと、マリアは微笑んだ。
「旅行みたいだな。ちょっと楽しみだ」
ユリウスの目はキラキラしていて、まるで少年のような幼さが見えた。
「改めてありがとう。助けてくれて」
「こちらこそ。ちょうどミニエーラの鉱石街には行きたいと思っていたんだ。仕事としてだけではなくて、祭りもあるらしくてね。今から出ればちょうど到着頃の開催なんだ」
ユリウスは自然とウインクして見せた。
「アディといけたら楽しそうだし」
ほんとに心臓に悪いからやめてほしい!
「ふふ。アディさん、赤くなってますよ」
マリアまでのっかってきた。
馬二頭で引く馬車はとても大きなもので、四人中に乗っても問題無さそうだった。荷物は主に天板の上、後ろにも少し置いていた。
マリアは御者も兼ねるらしく馬車の御者台に。アディとユリウスは向かい合うように馬車の中で座った。
そして馬車は動き出す。でも、あまり揺れを感じなかった。
「この辺りは舗装路だからいいけど。さすがに街の外にでると多少揺れるから、ちゃんと座っていてね」
「分かった、ありがとう」
窓を流れる景色を見て、時々ユリウスを見た。
ユリウスは外に視線を向けていたが、少しして窓に肘をついて頬杖にしてうとうとと眠り始めていた。
疲れていたのかな。そういえば、昨日は一緒に夕食を取らなかった。
自分のために夜遅くまで準備を進めてくれていたのだと思うと、胸が暖かくなった。
……どこかの王子様みたいな、そんな雰囲気。
軍人と聞いていたけれど、貴族といわれた方がしっくりきた。そんなことを思いながら、アディはぼんやりユリウスの寝顔を見つめていた。
少しして昼食を道脇でとる。昼食は朝用意したというサンドイッチだ。
「夜まで今度は私が運転しよう」
「承知しました」
「…なにか、私にも出来ることはないかな?」
「ん?」
「え?」
ただ連れていって貰うのはさすがに気が引けてきた。何から何までやって貰い、必要なものも揃えて貰って。いつかこの恩は返すといったけれど。
「……そうですね。では、夜ご飯の時に準備を手伝っていただけますか?」
ユリウスも頷く。
今度は、マリアと向かい合って座る。
マリアもメイド服を着ていなければ、どこかのお姫様のような雰囲気、上品な雰囲気があると思った。
「どうされましたか?」
「なんでもないよ」
そうしてそれからはゆったりとした時間が流れたのだった――。
――河にかかる橋は大きく、その入り口に国境の警備がいた。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
身分証など当然ない。だが、ユリウスが何か見せると警備兵は一礼して通してくれた。
話を通しておいてくれたのかな。
「少しずつ、暖かくなってきた気がする」
「そうですね。ミニエーラ王国は全体に温暖な気候の国です」
と、急に馬車が止まった。河から少し離れ、周りは少し木が多くなってきたところだった。
マリアと一緒に外に出てみると、ユリウスは御者台から降りていた。
道の脇で屈んで何かしていた。そのユリウスが立ち上がると、胸にもふもふした何かがいるのが見える。
次回第十三話 お騒がせ子狐?