第四十話 最強皇女は隣国騎士と結ばれる
世界に安寧をもたらすために生まれてきた神の申し子たるその少女は、世界を旅していました。でも、彼女は自分が聖女であることを知りませんでした。なぜなら、彼女はすべての記憶を失ってしまっていたからです。
彼女は自分が何者であるのか知りたいとは思いませんでした。なぜだか、それを知りたくはなかったのです。でも、美しい彼女を放っておけない王子様は出会った彼女にこう言いました。
「これは僕のわがままだ。でも、君は美しい。人をひきつけ、救える強さを感じる。きっと君は戻らないといけない。世界を救うために。だから、僕にその記憶を取り戻す手伝いをさせてほしい。お願いだ」
王子様は聖女を連れて旅をしました。彼女の記憶を取り戻すための旅に。けれど、聖女も王子様も知らなかったのです。二人が本当は敵であったことを。
旅の果て、聖女が魔王の娘であることを二人は知ります。神様は何の因果か、魔王の娘を聖女として定めていたのでした。そうです。聖女はそれが嫌で逃げ出し、記憶を封印していたのです。聖女も王子様もそのことを知ってしまいました。
聖女はもう王子様とは一緒にいられないと言いました。でも、王子様は長い旅の中で本当に聖女を愛していました。魔王の娘であろうと聖女のことを諦められません。聖女もまた本当は王子様といっしょになりたかったのです。
二人の気持ちは一緒でした。
二人は、どうしても一緒になりたかったのです。けれど、聖女には父親である魔王を倒すことなどできません。王子様に父親を倒されることも嫌でした。それは結局傷付け合うことになるからです。
聖女は自分を知ったことで力を取り戻していました。そして、旅を通して様々な人と出会い、その力を増していました。王子様やその仲間達、そういう人々とのつながりが聖女に本当の力を目覚めさせたのです。
聖女は本当の力を手に入れました。世界に安寧をもたらす力です。その力は、魔王の中にとりついていた悪魔を見つけました。それはずっと昔に死んだはずの恐ろしい悪魔でした。
聖女は神様に祈ります。自分の父を救ってほしいと。その姿を、神様はずっと見守ってくださっていました。逃げることをやめた聖女に、神様は手を差し伸べてくださいます。
「あなたには大切な人ができたでしょう。そして、仲間もいるのでしょう。それならば大丈夫。もう悪魔を恐れる必要はないのです」
神様の言葉を聞き、聖女は王子様を頼ります。そして王子様の仲間とともに、魔王の中にいた悪魔を聖なる力で追い出し、そして王子達と共に一緒に戦いました。
その悪魔はとても強く、聖女たちを何度も追い詰めました。しかし、最後には聖女と王子様の二人の力で悪魔を倒すことができたのです。
こうして聖女と王子様は、聖女の父親の魔王から悪魔を追い出し、そして魔王は良き王様となりました。
目を覚ましてそのことを知った王様は、王子様にいいます。
「もしあなたの国が許すのであれば、私の娘と一緒になってはくれないか」
こうして魔王のいなくなった平和な世界で、聖女と王子様は結婚することができました。二人はそのあともずっと仲良く暮らしました……。
* * *
「――めでたし、めでたし」
修道女は子供たち、そしてその親が見守る中、そのお話を披露していた。聞き終わると拍手が彼女に贈られる。
「新しいお話は面白かった!」
「これってさ。皇女殿下のお話なんでしょ?」
「え?!どういうこと?!」
ざわざわと物語の余韻を楽しみながら人々は教会をあとにする。世界会議から数か月が過ぎ、ディスタード帝国とレオール王国、それに組する国々の戦争は正式に終わり、さらに世界に蔓延していたマフィア組織も弱体化され、人々は目に見えて豊かになっていた。貿易が急速に発展し、制限を受けることがなくなったことで、様々な国の治安や経済がよくなった結果であった。
また、教会もその姿勢を軟化し、この国際的な協力の中に加わることが検討されている。教皇ガイアは表に出ることはなかったが、帝国支部の司教ウリエルを中心として様々な教会の改革も進められることとなった。すべては、帝国の皇女、アデレードによる政策を発端とし、各国への働きかけもあって次々と実現していく改革の途中という形で。
帝都に住む人々は、今日、すがすがしい気持ちで朝を迎えていた。そして、帝国の栄えある皇女殿下のためにと、窓に皆がアデレードの名を冠した青い花を飾っている。まるで帝都全体が青い花の花壇のように散りゆく花びらさえも風に乗って祝福しているようだった。
昨晩の新聞で、皇女アデレードの婚約が正式に発表されたからだった。相手は、海を隔てて正面の国、レオール王国の公爵ユリウス・オブ・レオールその人であり、かつての敵国の第二王子だった人。
だが、人々に衝撃はなかった。ずっと前から噂話が流れていた。何よりも、終戦の晩餐会での一幕、ユリウスによるアデレードへのプロポーズという衝撃の展開は、とっくの昔に世界に広められていたからだった。あれだけ慎重に事を運んでいたはずのユリウスによる衝撃の行動は、しかし、用意周到に準備されたものだったようで、皇帝の許諾のもとに行われた一つのイベントだった。
世界中の要人が見守る中、歴代最強の魔力を有する皇女アデレードが、驚かされ、涙し、彼女が人であることを皆が知ることになった。この日から、彼女をただの恐怖の存在として捉えるものはいなくなったのだった――。
――ユリウスは婚約の正式発表のために帝国へ訪れていた。
アデレードと共に、皇帝カサエルや宰相、大臣たちがいる会議室に向かって並んで歩いていた。正式に発表された二人の婚約、その今後について確認するためだ。
「……ユリウス。あのプロポーズ、いつからお父様と約束をしていたの……?」
「あっと、ああ……。あれは……」
一緒に歩いていた、護衛についてきていたマリアがそっと近づいてアデレードに耳打ちする。
「会議の開催が決まり、『伝令』で調整中の時です」
「マリア!」
「そうなんだ」
「……驚かせたかったわけではなかったんだ。ただ、アディのことをもっと皆に知ってもらうのであれば、ああすべきだと君の父君との話し合いの中で決めたんだよ」
「お父様が……?」
歩みを止めてアデレードはユリウスに向き直った。
ユリウスもそのことは意外なことだった。アデレードやそれ以前から確認していた帝国の実態としては、カサエルはあまり政治に口を出さずに周囲に任せている節が多かった。多くに口を出さず、宰相や部下に任せ、言い方を変えれば仕事をしていないように見えた。
だが、会議の開催準備においてはアデレードより積極的に動き、その中の相談においてユリウスのサプライズに快く協力した。そして、各国調整をアデレードに気付かれることなくこなす仕事の速さや正確さも見せていた。
やればできるがやっていなかったということなのか。
アデレードへのサプライズはこうして成功した。ユリウスの疑念は少し残っていたが、事実うまくいったのだった。各国要人に対する感触や、影響、そして一般の民に対してもよいサプライズとしてきちんと機能させた。そこにはユリウスの準備もあったが、大きくカサエルの協力も寄与していたのだった。
お父様が私のために……?
「まあ、父君の考えはいずれ明らかになっていくんじゃないかな」
「……うん。そうね」
再び二人は歩みを進めた……。
廊下を歩いていくと、途中で庭が見える通路に至った。庭はアデレードのために整えられたあの黒のガーデンだ。それをユリウスは見つけると、急にアデレードの手を取って走り出した。
「え?!ちょっとユリウス?!」
「この庭はアディの庭だね?」
「……そうだけど、なんでわかったの?」
そっとポイントに使われている黒い薔薇に手を添えた。
「青い花は君の名前を冠して作られて、この庭いっぱいに飾られている。噂には聞いていたからね。アディの庭の話は。でも、この黒い薔薇は聞いていなかった。だから、今理解したよ」
「何を?」
「アディ、君は二人から愛されていたんだね。カサエル殿と母君から」
「……どうして?」
「この庭がアディのために作られた庭で、ずっと昔からあるということだよね。だから、この庭のデザインは君ではなく君のご両親によるところが大きかったんじゃないかな。青い花は君の名前、そしてその中にポイントとして植えられた君の髪や瞳と同じ黒い薔薇……。黒い薔薇の花言葉はいろいろあってネガティブなものもあるけれど、アディの名前を冠した青い花の群生の中にあってはきっとネガティブな意味じゃないだろう?」
「どういう意味だっけ……」
ユリウスはその近くにいた庭師を呼んで耳打ちした。すると、庭師はうなづきハサミで一輪、その近くに咲いていた黒い薔薇の中で一番見ごろになっているものを切って渡してきた。
ユリウスはそれを受け取ると、そっとアデレードに近寄り、そして跪いて黒い薔薇の切り花をアデレードに捧げた。
「永遠の愛。それが黒い薔薇の花ことばなんだよ。アディ」
アデレードは、ユリウスの掲げた薔薇をそっと手に取って受け取ると、頬の近くまで持ってきた。
ずっと一人で戦い続けてきた。そう思っていた世界最強の帝国皇女は、その日、本当は皆に守られ、いろいろな人に愛され、そしてこれからも愛され続けることを知ったのだった。
アデレードは、自分が今どんな顔になっているのかわからなかった。でも、ユリウスの向けてくれる笑顔がその答えのような気がした。
……最後までご覧いただきありがとうございました。
途中、番外の読み切り(エリザベスの話)もはさみましたが、処女作として、趣味として書いてみました。
最後の方は息切れしてしまい毎日更新ができなくなってしまいましたが、目標として完結させることとしていましたので、目標の達成はできたと思っています。
読み返すたびに荒や不出来な点が見えてきますが、書いている時には気付かないことが多く、まだまだ不慣れな出来だなとは思います。ただ、内容について起承転結を守った作品を、まずは基本として一つ作り上げたいと思っていました。ですので、それはできたんじゃないかなと思っています。
結果として、べたな展開になってしまったところもありつつ、やりたいことはとりあえずできたかなという風に思っています。
各キャラのその後や裏の話について、エピローグやオムニバス的に追加することも、余力があればしたいなとは思いますが、とりあえず本作はこの話をもって完結としたいと思います。
改めて、最後までご覧いただきありがとうございました。