第十話 ケイトのペンダント
下女となってからアデレードと会える日は少なかったが、殿下のためとケイトは日々の仕事に邁進していた。アデレードからわざわざ声をかけられることなどなかった。ただ遠くから見ていても、その姿からは幼いながら威厳と美しさがあふれていた。
故郷を傷付けた帝国兵。その帝国の皇女であるアデレード。本当なら憎むべき人なのかもしれないし、この気持ちを故郷に暮らす両親や幼なじみに話したら怒られるかもしれない。そう思ってもこの憧れる想いは下女として触れるうちに強くなっていた。
一年と数ヶ月がたって少し慣れた頃、ケイトたち下女は春の花の手入れのために道具を庭園に運び込んでいた。
先輩がケイトの肩を叩く。
「そういえば、戦争が落ち着いてあんたの故郷に手紙が出せるようになったんだって?」
「はい。この前両親宛に出しました」
「そっかそっか。無事だといいわね!」
頷きケイトは笑みを浮かべた。帝国兵に連れ去られたあの日、両親とは別の場所にいてその後どうなったのか分からなかった。でも、きっと無事でいると信じていた。
庭園での明日の準備を終え、ケイトたちは食堂に移動を始めた。一日三食、それぞれ時間をずらしながらとるがその夕食の時間だ。そのあとは、アデレードの寝室のシーツなど洗濯物を干してあったので、それを取り込む予定だ。
使用人用の食堂には数人の仲間たちが先に食事をしていて、これから仕事に戻るところだった。その一人、ミニエーラ王国出身の下女が声をかけてきた。
「食事が終わったら管理課のところに行ってね!」
「え?」
「手紙が届いたんですって!よかったね!」
「そっか、分かった。ありがとう!」
その日の夕食は、今までで一番美味しかった――。
「――え?」
管理課の人は手紙と小さな黒い箱を渡すと、感情を一切感じない声で事務連絡を告げてきた。聞き返されたため、もう一度同じ事を丁寧に口にする。
「あんたの両親は共に亡くなっていたとのことだ。代わりに、あんたの知り合いが手紙を返してきた。手紙と一緒にその小箱も届けられた」
いつか給金を貯めて旅費を稼げたら。私はミニエーラのあの町に帰るんだ。それまではアデレード殿下のお役に少しでもなれるように――。
表情はきっと変わらなかった。なのに、涙だけは流れ落ちていた。
お父さん。お母さん。私は――。
手紙をあけた。視界が滲んで綴られる言葉が揺れていた。
――――
親愛なるケイトへ
君が生きていて本当に良かった。帝国の皇女様に助けられたと手紙には書かれていたけれど、君が幸せに暮らしていることを切に願っている。
とても言いにくいことだけれど、君の両親に代わってこの手紙を書いている。
あの日、君が連れ去られた日、君のご両親は絶望してしまったんだ。生きる希望を奪われて。
そろって病で亡くなられてしまった。
君のせいじゃない。ここには書けないけど、君以外の責任だ。
僕は何かを言える立場にないから、君のためにこのペンダントを贈るよ。
強く生きてほしい。そして、もし出来ることなら帰ってきてほしい。その日を待っている。
また気が向いたら手紙を送ってほしい。
――――
手紙の裏には宛先と幼なじみの『ジョイ』の名前が書かれていた。
箱を開けると、黒い石が埋め込まれたペンダントがそこにあった。メモが付いていた。
『最近、鉱石職人になったんだ』
どうしたらいいのか分からなかった。ただ、嗚咽を我慢しきれず、崩れ落ちるようにその場にしゃがみこむのだった。
次回第十一話 ケイトとアデレード