第二十一話 マルーンの君、再び
――土竜のメンバーの顔色は分からなかったが、隊長の声色から不満があることは分かった。
「本当に殿下が行かれる必要があるのでしょうか」
おそらく彼らはこう思っている。アデレードはユリウスに会いに行く口実に何だかんだと理由をつけている、と。
そう思うように仕向けて話を進めたから良いんだけどね……。
「すでに皇帝陛下には了承を受けています。何よりこの問題を他に任せるような無責任なことは出来ませんから」
……我ながら中々のワガママだな。
レオール王国内、ヴァジュラパーニ家がエニグマ包囲のための集会を開くことが分かったので、そこに秘密裏に参加して動向を間近で確認したい。そう土竜に話していた。どう考えてもアデレードがいく必要はなく、土竜の誰かを行かせればそれで良い。そして、アデレードが行くとなると「ある程度」の警備を要することになる。
ある程度、とは、エニグマへの敵対集会に参加するのであれば、「それ相応」の警備を要するということだ。秘密裏に行うためには土竜メンバー全員が必要だろう。まあ、つまりはそれがアデレードの狙いなのだが、土竜にしてみれば余計な手間でしかない。
「これは命令です」
「……承知しました」
「変装は前回と同様で立場も同じとします。その方が都合がよいでしょう」
アディ・ライアー、トレイサー商会の従業員としてマリアから招待を受けることにしていた。すでにユリウスやマリアには相談済みで、招待状はあとから受け取る手筈になっていた。
「貴方達はバックアップとして同行してもらいます」
バックアップ、つまりは護衛兼ユリウス達の作戦の補助という名目で彼らには共に集会に参加してもらう。あとはユリウスに彼らを直接見極めるタイミングを作る。
魔力『転移門』の使い手、隊長のヘンリー・メタステート。『治癒』ティア・リカーブ。『診断』カサンドラ・ディアク。そして、『変装』ケイレブ・ディスガーダ。この中に裏切り者がいるのかどうか。エニグマに繋がる者がいるのかどうか……。
もしも、この中にエニグマに繋がる者がいたとしたら、それはその辺の末端とは違うはず……。帝国の切り札として使われる魔力ばかりで、どの魔力でもそれをエニグマが使えたのだとしたら、脅威だし、それだけ有用な人材だ。
つまり、チャンスでもある。アデレードはもしもこの中に裏切り者がいるとしたら、それはエニグマの重要なキーパーソンだろうと踏んでいた――。
――種々の準備を整え、最後に『変装』でアディ・ライアーに変わる。そのため、ケイレブの魔力を纏わせる。一度纏えば、アデレードが魔力を使うか、ケイレブに魔力を解かれるまで『変装』は有効に機能する。
アデレードの部屋に入ってきたケイレブは、他のメンバー同様に相変わらず静かだった。比較的控えめで目立たない服装は土竜の制服のようだった。ケイレブは化粧台の前に座るアデレードの後ろに立つと、前と同じく魔力を展開して包み込んでくる。
ケイレブは魔力に方向性を持たせ、光を歪めていった。アデレードの肌の表面に水の波紋のような光の波が現れ、その後緩やかにマルーンの君へと姿を変えていく。
「……終わりました」
鏡にはアディ・ライアーの茶髪と少し幼い顔立ちが映っていた。
後ろで控えていたケイトが、少し控えめな服や装飾を持ってきた。『変装』は顔の見た目だけ。服装や背丈は変えられない。体格は多少変えられるようだけれど、太らせて見せることまでらしい。
「他人の肌を着せる感じの魔力ね……」
その独り言を聞いてケイレブは静かに頷き、部屋を出ていった。その後、ケイトが着替えを補助してくれる。
「本当に別の方のようです」
「そうね。声も変えることだって出来るみたいだから、そこまでやったら判別は難しいでしょうね」
アデレードとアディでは声までは変えていなかった。
ケイトは驚きつつも、いつもの手際で着替えを進めてくれた。化粧は『変装』で終えているので、あとはアクセサリーを着ける。
「……それは?」
「チョーカーですね。最近、帝都の若い女性に流行っているそうです。この服や装飾一式を揃える際に、商人から聞いたんです」
チョーカーを見るとエリザベスを思い出した。もうお使いは済んでいるだろうか。あれから連絡がないのが不安だった。
「チョーカーというより、まるで首輪みたいなデザインだけど……?」
「そういえばそうですね。変わった流行りですね」
言いながらケイトは慣れた手つきでアデレードにそのチョーカーを着ける。
これが格好いいの?
最近の巷のファッションはよく分からなかった。
「今回は着替えなどはないから、ケイトはここで留守番を」
「承知しました」
全体に暗い色調のドレスに、首輪のようなチョーカー。鏡に映るアディはまるで奴隷かなにかのように見え、少しユリウスの反応が楽しみになった。
この作戦が決まり、つまり、ユリウスと直接会える事となった時から、少しそわそわする感覚があった。それを何度も自分で抑えていた。
次回第二十二話 集会の控室にて