第二十話 赤い石
「おはよう、ユリウス」
「おはよう、アディ」
赤い石にアデレードが語りかけると、その先に繋がるユリウスの声がそこから聞こえてきた。パタパタと両足を動かしながら、ベッドの上でうつ伏せになって、アデレードはその赤い石を握って顔の側に添えていた。
誰もこの部屋には近付かないよう、ケイトを通じて厳命していた。
「今は何しているの?」
『ああ、ちょうど執務室にいて、例の御茶会に係る書類の準備をしていたところだよ。といっても、まあ、コーヒー片手だが』
「そういえば、ユリウスって普段はよく何を飲んでるの?」
『俺?そうだな――』
赤い石をユリウスに渡せてから、アデレードはほぼ毎日時間を見つけては他愛ない話を彼としていた。もちろん対エニグマの作戦のための話もしている。けれどもしかしたら、こういうおしゃべりの方が時間をとってしまっているかもしれない。
あの日、仮面をしていてもユリウスの言葉は、アデレードとそして世界に二人の関係を明らかにした。はっきりとアデレードから返事を出来ていなかったけれど、周知の事実となっている。
一部の者達の帝国に対する不信は、そのまま、ユリウスにも向けられる事となってしまった。レオール王国内でもユリウスは微妙な立場に立っているらしい。ただ、必ずしも良くない事にだけ作用していない。
『――あれから国内外の貴族や商人とやり取りしているが、君と俺の関係を歓迎している者達も沢山いることが分かったから、俺は間違ってなかったよ――』
そう言ってユリウスは笑っていた。
ユリウスとしては、誰が味方で誰がそうではないか、それを分かりやすくしたかったようだった。アデレードと共に歩む未来を同じく望む者が、どれだけ今この時にいるのか、それを知りたかった。
一方、アデレードははぐらかし、まだはっきりとユリウスに応えていない。恥ずかしさもあったがそれよりも。
まだ、きちんと伝えてもらったわけじゃないから……。
そう言い訳しながら、ただこうして他愛ない会話をしていると幸せを感じていた。
『――それで、アディの周りでは何か異常はない?』
「大丈夫。今のところ目立った周囲の変な動きは無いから」
カサンドラの『診断』で裏切り者を見出だせるわけではなく、信頼に足る者の選別には注意を要する。例えば堅物のウィリアムやケイトは今までのことから信用している。アーロンやロックについてはその判断を保留し、エイデンやマチルダは信用できると踏んでいた。
そう考えると、心から信用出来る者はほとんどいないことに気付かされた。
「ユリウスはいいね、信用出来る人が周りに多くて。私は今までそういう人付き合いをしてこなかったから、今さらだけど少ないことを痛感したよ。もっと周りに信用おける家臣を増やす努力をすべきだったと思ってる」
『……それにしても土竜のメンバー内に裏切り者がいるかもしれないのは不味いな』
エニグマは、アルフレッドを捕らえるようアデレードやユリウスが動いていることをいち早く察知していた。
ユリウスたちが行ったアルフレッドの取り調べで、エニグマが彼との取り引きから退いていたことが明らかとなった。それはアデレードの作戦を開始するとほぼ同時に。そして、それに焦ったアルフレッドは容易にぼろを出したのだった。つまりエニグマは事前に察知していたことになる。
そうなると『伝令』の盗聴か、裏切り者がいたか。残念ながらあの時『伝令』は使っていなかった。
あの時点で作戦を知っていたのは、アデレード側としてスーザン、エリザベス、ウィリアム、ドナルド、そして土竜メンバーだ。ユリウスサイドのメンバーは、クリスティーナ達で裏切り者の可能性は無いと言って良い。と、なると……。
「土竜を信用しきれないこの状況は良くないね」
土竜が任務遂行時に情報が横に漏れた可能性もあるけれど、少なくとも彼らの近辺か、彼ら自身がエニグマと繋がっている可能性が否定できないということになる。もちろん、スーザンたちの中に裏切り者がいないとは言い切れないが、アデレードは土竜を怪しんでいた。
ユリウス側が裏切り者を炙り出す作戦を進めているように、アデレードもそれをする必要があった。
アデレードがしばらく考え込んでいると、ユリウスの声が赤い石を震わせる。
『……こちらの作戦を使って、そっちの裏切り者も炙り出すか』
「え?」
『俺の魔力に、裏切り者を見極められる可能性を見出だしたんだ。御茶会の参加に君や君の関係者を巻き込めないかな――』
――相変わらず勢いだけのユリウスの作戦は、でも、有効な気がした。
次回第二十一話 マルーンの君、再び