第十九話 そのお茶には毒を一匙
――ユリウスは昔からある特技を持っていた。しかし、最近一連のことを通して理解した。これは特技ではなく魔力だと。
魔力『伝令』に盗聴の使い方があったように、魔力は一つの側面だけではなく、そのコントロールを通じて出来ることの幅があることが明らかになった。
ユリウスの扱える魔力『不屈』は、心の強さに作用し、折れた心も復活できる。そのため『平伏』の対抗魔力として知られている。そして、『不屈』の使い手は、自分や相手の心の状態もある程度見える。それはやる気のバロメーターのようなもので、ユリウスは人に纏うオーラの強さと色として認識していた。
だが、この前イーサンと今後の動き方について相談するうち、魔力の秘密に気がついた。イーサンには色としては見えていないのだという。
「――ユリウスにはどう見えているんだ?」
「やる気なら赤っぽいオーラを、そうでないなら青っぽい感じで、他の色が混じるとやる気の方向性だったり、その時の気分だったりが分かるような……。ちょっと単純ではないから上手く伝えられないんだが、感覚的に分かるんだ」
「私に見えるオーラは一色だな、光りの強さが単純に心の元気度合いという感じだ。父上もそういう見え方だったはずだ」
「確かに強さも変わるな。青くてもオーラが強いときは、落ち込むことがあって無理して元気にふるまっているときとか、冷淡なやる気だったり」
「そんなに細かく心の機微が分かるのか……。凄いな……。ああ、それでユリウスは人の心を掴むのが上手いんだな――」
イーサンのこの一言で、マリアから言われたことを思い出した。天性の「たらしスキル」持ち。昔から何となく相手の考え方や、気持ちを汲み取るのが上手かった。
魔力『診断』がどういうことを見極められるのかは分からないし、同じような判別には使えないだろう。操られているときのイーサンを見ても、ただの無感情としか分からなかった。興味がなければそういう色にはなるから、傀儡糸の判別には使えない。
だが、裏切り者の判別には使える。自分や仲間への悪感情が強く、野心をもって近づく輩は過去に沢山いて、それを色と強さで見極めるのは得意だった。
今にして思えば、昔からアルフレッドに感じていたものは正しかったわけだ――。
「つまりそれを利用して、マリアに近づく者の考え方を見極めて裏切り者を炙り出すのか」
レオナルドはマキシアスの入れた紅茶に手を伸ばしつつ、納得したのか何度か頷いていた。
作戦は単純だった。マリアたちヴァジュラパーニ家はエニグマを敵として仲間を募る。そのために、ヴァジュラパーニ家が信用する貴族や商人を集める秘密の御茶会を開く。しかし、そこにエニグマの関係者が紛れこんでしまい、運悪くヴァジュラパーニ家がその裏切り者を信用してしまって……という感じの筋書きだ。
「単純だが、『伝令』を使った誘導を加えると単純さから罠に気付かれにくい」
この作戦のためには、疑わしい者の選別と、その者への諜報の精度が鍵となる。
マリアはふうと溜め息をつくと、元の表情に戻った。笑顔にも種類がある……。とりあえず、落ち着いてくれたらしい。
「分かりました。私がいつもの暴走して動けば、あとはユリウス様がエニグマの尻尾を掴めるわけですね。ですが、そこで捕まえられるのは結局、アルフレッドのようなトカゲの尻尾ではないですか?」
「だからある程度泳がせる必要はある」
「生き餌ですか」
クリスティーナが目を瞑ったままポツリと漏らすようにそう表現した。その通り、目的はエニグマの動きを早めに知るための窓口としてその裏切り者を使い、その動き方から目的を探る。
「御茶会は早急に開く。準備に抜かりがあっていいから前に進める。何が釣れるかはやってみないと分からないから、まあ、出たとこ勝負だな」
「坊っちゃんの得意分野ですね」
* * *
必ずエニグマを潰す。
スーザン・タイアードはその懐中時計に誓っていた。胸元に常に忍ばせるその時計は壊れて秒針を刻まない。あの日の時間で止まっていた。
エニグマに肉薄できた者はおそらくスーザンの父親をおいて他にないだろう。だか、結果としてその彼はエニグマに敗れ命を落とした。
今度は決して負けない。
スーザンはタイアード商会のオフィス内にある特別な部屋にいた。その部屋はこの前改装したばかりでその改装の真の目的を知る者は少ない。その改装はアーキテクト家、ルーカスに行ってもらっていた。あの狩猟祭のあと、この部屋を彼の魔力によって改装できた。
魔力を持たないタイアード家は魔力持ちに対抗するため徹底的にそれを研究していた。その過程で、魔力の工夫……『伝令』の盗聴、『転移門』の存在やその諜報としての使い方、その他にも様々把握していた。また、魔力の干渉も把握していた。例えば『平伏』などは使い手より大きな魔力持ちには効かない。
その研究結果からこの部屋の構想を得ていた。アーキテクト家が加工した部屋の壁や天井には魔力を含み、様々な魔力の影響を遮断できる。これから進めるエニグマとの戦いでは少しのミスも許されない。そのための部屋の一つだった。
魔力はとても便利で不公平だ。魔力を持たないタイアード家がこれほど大きくなるために、払った犠牲は魔力持ちには分かるまい。だが、スーザンは一つ信じていることがある。所詮、魔力は一つのツールにすぎないこと。人こそが全てなのだと。
ヴァジュラパーニ家の御茶会……その後ろに控えるオブ家の者達。
スーザンはテーブルに置かれたコーヒーにミルクを一匙ほどたらした。少しずつマーブル模様がコーヒーの黒に白を混ぜていく。
アデレード、ユリウス、エリザベス。次世代のオブ家が協力して事に臨む。ガイアの手の内、神々の戯れ。間違いないのは、この魔力を中心とした世界の変革を神々が求めているということ。
神の使いを語るエニグマの終わりを、神々が望まれている。
コーヒーを見た。エニグマにもる毒はどこまで広がるだろうか。スーザンは笑みを浮かべた。
次回第二十話 赤い石