第十八話 約束されたマリアの
ユリウスは自宅の応接室に、レオナルド、クリスティーナ、ルーカスを呼んでいた。マキシアスやマリアも同席している。
「……状況は分かった。イーサンやメイナード侯のように他の国もやられていて、帝国の『診断』がなければ判別も難しいわけか」
「それはまずいですね」
ルーカスが続ける。
「それが明らかになったとして、帝国が糸を引いていると思われかねません。対抗手段が帝国の土竜メンバーの魔力しかないなんて、帝国の陰謀と言われた方がしっくりきてしまうと思います」
「そうだな。おそらくは傀儡糸のルートをたどっても帝国に行き着くだけだろう。スーザンの話ではエニグマの拠点の一つは帝国らしいから」
「本当に帝国が裏で糸を引いている可能性はありませんか?アデレード様を信用できないというわけではありませんが、彼女が知らないところでということもあるのではないですか?」
クリスティーナは首を傾げた。ユリウスは腕を組み答える。
「帝国内部にそういったエニグマの関係者や協力者がいないとは言えない。ただ、アディはその上で対応するつもりだろう。それにそういった内通者はレオール王国も同様だ」
「アルフレッドの他にもいるかもしれないということですね」
マキシアスはそう言うと、皆の紅茶を運び、テーブルに並べた。
「それでこの赤い石による連絡体制か。まさか『伝令』を盗聴できるなんて」
「魔力の工夫は前から一部では確認されていたから、確かにあり得る話だ。だが、これでエニグマに欺瞞作戦を仕掛けられる」
「あえて『伝令』を使ってエニグマに偽情報を掴ませるわけですね」
アデレードは赤い石というとんでもない切り札を配ることで、罠を張るための準備を進めた。それだけでも凄いことだった。エニグマの張り巡らせた罠に気付き、あの仮面舞踏会までに準備したのだ。その時間は一日もなかったはずなのに。
ただ、そこまでが限界だった。罠を張るための準備までで具体的な運用の計画までは手が回っていなかった。
「アディが用意してくれた赤い石は、この局面を進めるための道具だ。そこから先は俺たちの頑張りにかかっている」
「具体的には?」
「まず敵の目的を把握することから始めたい。裏切り者や他の国へのアプローチより先に確認するべきだと俺は思っている」
エニグマは不気味だった。目的が判然としない。それが分からないうちに動けば、足元をすくわれる危険性があると思った。
戦争継続や発起に金の動きも付いて回るが、スーザンの話では、エニグマは戦争関連の商取引に直接関与していないらしい。傀儡糸で操る貴族については、二重三重に取引先を重ねて出所を隠し、その結果、大本のエニグマはおそらく大した儲けを得られていないと思われた。
明確に帝国と王国、それぞれの連合国との不和を演出しているのに、その不和から得られる金銭に目を向けていない。まるで、戦争そのものが目的のようだった。
「確かに目的がよく分かりませんね」
普段着に身を包むマリアは紅茶に手を伸ばす。今はマキシアスの部下のメイドではなく、レオナルドの婚約者という立場としてここにいるらしい。
「戦争そのものが目的のように見えるが、それでも何かしらの背景はあるはずだ。それを知れれば、奴等の行動原理が読める。そして、そうすれば謎だらけの敵の懐が見えてくる」
「もったいぶるなよ。それで具体的にどうするんだ?」
「エニグマは、レオール王国での傀儡の手足としてアルフレッドを介してイーサンとメイナード侯を利用していた。しかし、この前その全てが失われた。つまり、レオール王国でイーサン達に代わる傀儡を早急に用意したいはずだ」
「確かに、私がエニグマの立場ならそうですね」
「傀儡糸への警戒が強くもう一度は難しい状況で、俺達が油断を見せたらどうだろうか」
マキシアスが唸った。
「それはどうでしょうか。相手もかなりのやり手でしょう。坊っちゃんの作戦はよく分かりますが、簡単には騙されないように思いますが」
「マリアならどうだ?」
「……え?」
マリアにその場の全員が視線を集めた。
「……なるほど、マリアが暴走したように見せるのか」
「正確にはヴァジュラパーニ家としてだが」
「レオール王国以外にも婚姻関係者がいて、家族関係が多く顔が広い。何事にも優秀な家系で、そして、よく暴走していることも世界的に有名……」
「正義のためならヴァジュラパーニ家は何でもされるのは有名ですね」
「御しやすいと見せかけることが出来れば、奴等の尻尾を掴めそうじゃないか?」
ユリウスはマリアに視線を戻す――。
「そうですか、皆様そういう風に私を、我が家を見ていたのですね?」
そこには満面の笑みを浮かべたマリアがいた。
次回第十九話 そのお茶には毒を一匙