第零話 アデレードとユリウス
ダンスの音楽が終わりに差し掛かる。的確なユリウスのリードでアデレードはダンスを踊っていた。二人の他に踊る者も、何度か視線を向けてきている。会場の皆の視線は二人に集中していた。
アデレードの黒髪が揺れ、その顔には黒い仮面がベールを下ろし口元も隠していた。
「アディと俺の出会いは、アディも分かっていると思うけど、とても大切なことで嬉しいことだった」
「……ユリウス」
「出会いは人を変える。そして、それは誰にも計算なんて出来やしない。俺にとって君との出会いは衝撃で、すべての価値観を変えるぐらいのことだった。君との出会いがなければ、喜んで帝国との戦争に足を踏み入れていたから」
「……私もきっとそう」
「アディ、君のことが好きだ」
アデレードはびっくりしてユリウスの目をみた。ユリウスは白いハーフマスクを着け、アデレードとは異なり口元は見えていた。少し微笑むその口元と、金色の髪、そして仮面の奥に碧眼が綺麗に光っていた。
周りの何人かは読唇術で気付いたのだろう。ざわざわと雑音が大きくなった気がした。
「責任ある俺達は軽々しくはなれない。だから今は約束する。必ずこの不安定な世界を変えること。堂々とアディの手を取れる未来をつかみとること」
「……うん。うん」
「任せてくれ」
アデレードはそれ以上声が出なかった。ただ、ゆっくり踊りながら、ユリウスの動きに身を任せ、抱き合っていた。暖かなユリウスの体温を感じながら。思っていた以上に自分が不安を感じていたこと。それに今更ながら理解した。今は感じる安心感がそれを再確認させてくれた。
……ユリウスと一緒になるために。そう、世界を変えよう。
ユリウスの着る白い軍服がシャンデリアでキラキラ光る。対してアデレードの黒のドレスは淑やかに揺れている。
二つの国、ディスタード帝国とレオール王国。敵対する大国の皇女と公爵騎士がこうして心を寄せて踊ることになったのは、おそらく神々の意向、運命だった。
音楽が終わる。名残惜しい気持ちが二人を繋ぎ、音楽が終わってもしばらく抱き合っていた。ただ、まだ二人の間には隔たりがある。
……敵国。そう、まだ私達はいっしょにはいられない。
そっと二人は体を離し、そして一礼した。