表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【書籍化作品】記憶

作者: 硫化鉄

とある仲の良い姉妹を襲った、不思議な出来事。

 ――前世の記憶。


 それは、一瞬私の中を駆け巡って、そして消えていった。

 沢山の四角。何か私に警告を発しているような不安感。


 突然だったし、意味わかんないし、私はその場に凍りつくしかなかった。




「おねえちゃん、どうしたの……?」


 妹が、キョトンとした顔で私を見つめていた。


「あ、ううん、なんでもないよ。はい、前向いて」


 私に向きなおっていた妹の両肩を持って前を向かせ、私は再び妹の髪に指をもぐり込ませた。

 ツルッツルの手触り。ツヤッツヤの煌めき。


 私は、この妹のロングヘアが大好きだった。


「ねぇ、今日はストレートでいいでしょ? 一番似合うし、この素敵な髪がもったいないよ」


 これは私の本音。妹ほど美しい髪を、私は見た事がない。


「えーやだぁ。いーつーもーのー!」


 両手を振ってごねる妹。妹は友達の間で流行っている「両方結び」を要求しているのだ。派手な髪型にあこがれるのは、まだまだ子供なんだから仕方ないけど。やっぱり、もったいない。


 妹の髪を半分ずつ左右に分け、両耳のちょっと上あたりでそれぞれ縛る。やだなぁ。せっかくの美しい髪が痛むじゃない。


「ありがと! おねえちゃんっ」


 不純物の全くない、ひたすら純粋な笑顔。思わず抱きしめて、頬にキスをしてしまう。


「おねえちゃん……っ、もぉ……!」


 くすぐったそうに身をよじらせる妹。……あぁ、もう可愛いっ!






 ――あの時見えたのは、本当に前世の記憶だったのかな。


 あれからずっと気になっている。

 宿を出発してから数時間。

 時間がたった事もあって、少し頭の中で整理されてはいるけど、やっぱり意味わかんない。


 まっすぐの線で全てが切り取られた世界。

 四角がいっぱいある世界。

 驚くほど明るかったような気もする。

 そして、何か私に警告しているような不安感。

 でもその中には、何故か甘酸っぱいような、きゅんきゅんするような気持ちも混じってる。


 ……やっぱり意味わかんない。

 ちょっと頭を振った。


「もういい加減、宿に帰りなさい。ここから先は私だけが行くから」


 私の右手を掴んでいる妹に声をかける。


「やーだっ! おねえちゃんと一緒に行くのー!」


 妹は掴んでいる私の右手をぶんぶんと振るようにして抗議した。

 あぁ、可愛いっ! 可愛いけどっ!


「おねえちゃんはこれからお仕事なんだから、ちゃんと宿でお留守番してて?

 ……一緒に行くのはだめなの。危ないのよ」


「危ないなら、余計ついていかなきゃだめじゃんっ!

 あたしがおねえちゃんを守るんだもん!」


 妹は余計力を込めて私の右手を握った。


「守ってくれるのは嬉しいけど、本当に危険な所なのよ。

 大昔の遺跡って、いろいろと仕掛けがあったり……」


「わぁ、面白そう!」


 そう。私は駆け出しの考古学者……じゃなくて、考古学研究室の学生。

 今向かっているのは、立ち入りを禁止されている危険地域だ。

 そこにある、数万年前のものとも言われている遺跡。


 それが、私の最終目的地だった。





 目の前に広がる小規模な遺跡。

 事前の研究調査によると、この遺跡に危険な仕掛けはない。

 という事は、重要な遺物などがあるわけでもない。

 大事なものが安置されている遺跡には、それを守るような仕掛けがあるはずだから。

 でも、この遺跡は周囲ごと「立ち入り禁止」に指定されている。

 その理由は……。


 何かに掴まっていないと吹き飛ばされてしまいそうな程の、流れの強さだった。



 遺跡に近づくと、視界は驚くほどクリアになった。

 地面から巻き上げられるものも、吹き飛ばされてくるものもない。

 しかし、流れは相変わらず渦を巻くような強さ。

 私達は言葉を交わす余裕もなく、必死でお互いの手を握りしめていた。


 半分壊れた、建物。

 その表面には、四角、四角、四角……。


 これは……まさか。


 前世の記憶……?




「ここで、待っててね。流されないように気を付けて」


「おねえちゃん……」


 私の真剣な表情に、妹は心配そうにうなずいた。

 この流れの強さでは、自分が足手まといになってしまう事がわかっているのだ。


「危ないって思ったらすぐ帰って来てね。おねえちゃんがいなくなったら、あたし……」


「大丈夫よ、あんたを一人になんかしないから」


 そう言って、私は初めて妹の唇にキスをした。



 ……何か、予感があったのかもしれない。






 こんな何もない、ただ危険なだけの遺跡に、なんで来ちゃったんだろう。

 もちろん、この遺跡を詳しく研究した研究者はいない。必要がないからだ。

 だから、まだ誰も知らないものがここに残っているかも知れない。それがくだらない物でもいい。

 私だけの発見。私だけの研究成果。

 私は振り返って妹の姿を見た。

 私だけの、じゃないわね。私達だけの。


 でも、それだけじゃなかった。

 ずっと、気になっていたのだ。

 行かなければいけない気がしていた。

 そして、それは前世の記憶に関係しているような気がしていた。


 愛らしい妹から目を離し、遺跡に目を移す。

 その瞬間、私の身体は突然起きた強い流れに翻弄され、遺跡の表面にたたきつけられた。


「おねえちゃん……!」


 微かに聞こえる妹の声。ごめんね、心配かけて。痛いけど、大丈夫。



 私がたたきつけられたのは、遺跡表面の四角の一つだった。この四角から中をのぞく事が出来た。

 大きな四角。そして無数の小さな四角。

 見た事あるような……なんだろうこれ……。


 それにしても、この四角、中が見えるのに中に入れない。何かに遮られているような……。

 表面には、まだ他にも四角がある。どれか一つくらい、入れる四角があるだろう。


 右隣にある四角へ、ゆっくりと動いた。

 大きな流れの中でも、その四角へ向かう流れがあるように感じたからだ。

 その微かな流れはだんだん強くなり、私の身体はその四角へ吸い込まれていった。



 激しい痛みが、右肩を貫いていた。

 何かが突き刺さったような、声も出せない程の激痛。


 あたり一面が、真っ赤に染まった。


 突き刺すような痛みは、切り裂くような痛みに変化していた。

 右肩から脇腹、腰、そして尾びれへ……。

 私の身体が切り裂かれていくのがはっきりと分かった。


「おねえちゃん!」


 遠くで妹の声が聞こえた。

 私の血で濁った水と共に流されていく私には、あの妹のつややかな髪も、輝くような尾びれも、もう見る事は出来なかった。


「ごめんなさいおねえちゃん……あたし、おねえちゃん助けられなかった……」


 もう痛みは感じなかった。妹の声を聞きながら死ねるなんて、幸せだった。


「でも、今度は……」


 その続きを聞く事は、出来なかった。







「はーい、今日は、光の屈折の実験でーす」


 仁美先生ののんびりした声が響いた。


 ……って、え? 何これ。私、さっき死んだはずじゃ……。


「前回、水の屈折率の話はしたよね? 今日はそれを確かめまーす」

 

 仁美先生が私の方を見てる。

 ってゆうか、なんで私、この人の名前を知ってるんだろう。



 ーー前世の記憶。


 そうか、ここは数万年前、まだ「地上」っていうものがあった時代なんだ。

 私の前世は、この時代の「人間」だったんだ。


 って事は、私、前世の自分に戻ってきてしまったって事……?


 窓。そして黒板。大きな四角。机たち。小さな四角。


 そっか。あの遺跡は……この学校なんだ。


 でも……妹は……あの子は……。



「宮内さん、何ぼーっとしてるの?」


 仁美先生が、悪戯っぽい目で私を見ていた。

 そうか。この頃はまだ、先生は私を苗字で呼んでいたんだっけ。


「ほら、水とガラスって屈折率が同じだから、水に入れると全く見えなくなっちゃうの。

 だから……、今度は気を付けてね?」


 ……えっ!?


 仁美先生は、私の耳元に、そっと口を寄せた。



「先生ね、前世、あなたの妹だったのよ。遠い未来、人魚の国で」


 先生の、ツヤッツヤなストレートの美しいロングヘアが、ふわりと揺れた。

最後までお楽しみ頂きありがとうございました。


評価やコメント等頂けると嬉しいです!


是非是非!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ