第8話.国王の証言
なに? 余の話を聞きたい?
……そう畏まらずとも良い。誰も疑われているなどと思ってはおらん。
聖女の死の真相を明らかにするためだ。そのためならば、そなたの要請を受けぬ道理はない。
と言っても余に話せることは少ない。
余は肺に病を抱えていてな。聖女が命を落とす数日前より床に就いておったのだ。
それ故に、あの愚息が聖女を追放するなどという馬鹿な真似をしでかしたのだろう。……もしも余がそれを知っていたならと、今さらのように悔やまれる。
あれは――あの聖女は余の亡き第一正妃によく似ておった。
瞳に宿る高貴な光だ。あの光を宿せる女を、余は余の妃以外に知らん。
余はあれが命を落として以来、妻を娶っておらぬ。
娶る気もなかった。妃は美しく賢い、淑女の中の淑女で……聖女はその若い頃に、よく似ていた。
あれはもう……七年も前のことになるか。
この都より遥か西方にあるルムガート領――その片隅にある最果ての村に、余の妃に似た少女が暮らしていると聞いた。
聖女に選ばれたのは代々、国で評判の清らかなる美しき乙女だったが……。
……ああ、そなたの言うとおりだ。
あの子が迷宮の賢者に今代の聖女として見出されたのは、偶然では無かろう。偶然にしては出来すぎているからな。
妃が亡くなってから気を落としていた余を奮起させるために、臣下達が手を尽くしたのだろうことは想像に難くは無い。あの子にとっては、不幸せなことだったろうが。
王宮へと参じた聖女は、自らを見る周囲の大人達の奇異の目を、好奇の目を、陰謀の目を全身に浴びながら、それでも凜々しく佇んでいた。
その顔を一目見た瞬間、余は亡き妻のことばかり思い出していたのだ。別れの悲しみのあまり記憶の片隅に追いやろうとしていた、あの強い眼差しのことを。
余はその鮮烈な輝きが忘れられなかった。
一度だけ忍びで、最低限の護衛だけを連れて神殿に出向いたこともある。
もう……そう、それも三年も前の冬のことだ。聖女が十七歳の頃だ。
その頃には、横顔に宿っていたあどけなさは嘘のように消えていた。
聖女はどこまでも可憐に、気高く成長し、その美貌は羽化しかけている蝶のように淡い魅力を放っていた。
――そなたほどの人間ならば、万が一にでも邪推はせぬだろうが念のために言っておく。
無論、聖女とは未婚の清い女性のことを指すものだ。そのような神秘の存在に、一国の長と言えども余が一方的に近づくことは許されんことだ。
ただ、遠い距離を隔てて話をしたのだ。
祈りの間がある聖堂の、遠い席同士に座って。
聖女は恐れ多そうに下を向いて、一度も余と目を合わせようとはしなかったが……懸命に余の話に耳を傾けながら、ぽつりぽつりと、自分のことを話してくれたよ。もちろん、余がそうしろと言ったから、それに従ったに過ぎないだろうが。
「わたし、季節は夏が好きです。スズランの花が咲き誇りますから」
「食事は、どれも美味しいです。もったいないくらいです。特に好きなのは、クレープです。生地に刻まれたナッツが入っていて、甘いカスタードクリームがたくさん詰まっていて……」
白い吐息を吐きながら、噛み締めるように呟いて、にっこりと笑っておったよ。
鼻の頭が赤くなっておって、余はそれを愛いと思った。妃が死んでから、そんな風に他人に思うのは初めてのことだった……。
余の血を継ぐはずの子供を前にしても、余の心が動くことなどなかったのに。
余が命じて、シェフがすぐにそのクレープとやらを作ってやって来たときには、さすがに驚いて目を見開いていたが。
ハハ。そんな表情も、あれによく似ておった。
余と聖女は温かなクレープを味わい、メイドが運んできた紅茶を飲み干した。お互いに寒さが堪えていたのだ。
それから、余が聖女の姿を見たのは国際行事や祈祷の儀の際など数えるほどだ。なかなか立場上、気軽に会えるものではなくてな。
……さて、昔話はこの程度にするか。
改めて言おう、世界最高峰の頭脳を誇る探偵とやら。
何としてでも、あの子を殺した犯人を見つけておくれ。
そのためなら余は何でもしよう。ありとあらゆる手を尽くそう。
報賞金もどれほど跳ね上げられようと構わぬ。ただし、そなたが見事に犯人を見つければの話だがな。
犯人が誰だろうと、余のすべきことは変わらぬ。
死んだ方が幸せと思えるほどの拷問にかけ、いたぶり、断頭台に送り、首を城門に吊して晒し者にしてやる。
余から二度も愛しい女を奪った人間を、余は絶対に許しはせぬ。
それまでは、尽きかけた寿命だろうといくらでも保たせてやる。そう決めた。
……さあ、探偵よ。
そなたにはこの謎が解けたのか? それならば、どうかもったいぶらずに教えてほしい。
今こそ余の耳元に囁きかけてくれ。
――誰が聖女を殺したか?