第7話.侍女の証言
私は聖女様のことを、心からお慕いしていました。
あの方はとても美しい方でした。そしてお優しい方でした。
私は地方貴族の娘ですから、そう大した身分ではありません。そんな私が聖女様専属の侍女として抜擢されたのは非常に有り難いことでしたが、私はそんな重役が自分なんかに務まるのかと、最初は戦々恐々としていたのです。
ですが配属の初日、緊張してぎこちなく挨拶する私に……聖女様は「わたしは平民の両親を持ちますのよ」と、おどけて笑ってくださいました。故郷が近いこともあり、私たちはすぐに打ち解けました。
出会ったとき、あの方はまだ十三歳の少女でした。
けれどその頃からあの方は、清く優しく、誰よりも美しい方だったのです。
――自惚れでなければ、私と聖女様の関係はそれなりに良好だったと思います。
あの方は滅多に我儘など仰いませんでしたが、よく私を連れて神殿の近くを散歩するのを好まれました。
しかし国に一人しか居ない、替えのきかない存在が聖女様なのです。私は何度も注意をしましたが、「気をつけます」と舌を出して笑いながら、あの方が私の忠言を聞き入れてくださったことはありませんでした。
でもそんな可愛らしい我儘も、とても魅力的な方だったのです。
……ええ、そうです。
あの方が亡くなる二月ほど前から、私は聖女様に遠ざけられていました。
理由ですか? 分かりません。胸に手を置いて何度考えても、思い当たることがないのです。
私が何か失敗をしたなら、きっと聖女様は遠回しにそれを伝えてくださることでしょう。黙っているのも不義理だと、そんな風に思う真摯な方なのです。
ですが、私は何も理由を教えていただけませんでした。
「しばらく、部屋に入らないで。入浴も着替えも、自分でやります」
「食事は部屋の外に置いてくれれば、取りに行きます」
「祈りの間には一人で行くから。近衛騎士も誰も、近づかせないで」
そう部屋の中から冷たい声を投げかけられたときは、背筋が凍るような思いでした。
専属の侍女として、あるまじき失態でした。私は主の気分を害した理由に、今も思い至っていないのですから。
……そう、そうですよね。その点を聞かれますよね。
あなたの仰るとおり、確かに私は聖女様の亡くなった一週間前から――お暇を頂戴し、王都を離れていました。
その間、何をしていたか。答えるのは簡単です。
私の父が領主を務めるのは、王都から遥か西方にあるルムガート領の一角です。
王都からルムガート領には、二日ほど馬車を進めれば到着します。
私は、そこで行われる祭祀に参加していたんです。
祭りの終盤に、聖女役の未婚の女性が祈りの舞を踊るという風習があるのです。今年は、父から私に聖女役を務めてくれないかと打診があったのです。
というのも、私が聖女付きの侍女として王宮に入ったことは、領民のほぼ全てが知っていました。
それだけでも箔としては十二分ですが、私の良縁のためにも父はこの機会は逃せないと思ったのでしょう。
私は悩みました。しかし結局、父に了承の返事を出すことにしました。
……了承したのは聖女様に素っ気なくされていたからか、ですか?
……違うと答えるのは簡単ですが、信じてはもらえなさそうですね。
いえ、実際に、違うと言い切ることは出来ないのかもしれません。
私は聖女様に理由も分からないまま遠ざけられたことに、心のどこかで不満や不平を、覚えていたのかもしれませんから。
本来であれば、侍女がそんな理由で主の傍から七日間も離れるなどと、あってはならないことですもの。
しかし結果的に私の届けはあっけなく受理され、私はしばし王都を……聖女様の傍を離れることとなりました。
私が王都に戻ったのは、"あの日"の夜でした。十二の鐘よりも後ですから、日付も変わった後ですね。
一言でいいから、挨拶をしたいと思いました。もしかしたら距離を置いたことが幸いして、そろそろ傍にあることを許していただけるのではないか、という目論みも少なからずありましたが。
私は聖女様の眠る部屋の扉を軽くノックしました。
返事はありませんでした。でも、何か嫌な感じがしたのです。
というのも、室内から強く風の吹きすさぶ音が聞こえてきましたから。
夜の時間帯にわざわざ窓を開けるなんて、おかしいでしょう? 虫か何か飛んでくるかもしれませんし、第一に睡眠の妨げになりますもの。
私は失礼を承知で、扉を開きました。
そして。
あの光景を、私は死ぬまで――いえ。死んでも、忘れることはないと思います。
……もし、そんなことになると分かっていたなら、私は聖女様の傍を決して離れませんでした。
今さら、詮無きこととは分かっています。
それでも、もしも一日でも私が早ければ……。
時間を巻き戻す術があるならと……そう、思わずにいられないのです。