第5話.王太子の証言
……何故僕が、お前のような得体の知れない人間と口を利かなきゃいけないんだ。
父上はどうして、お前みたいな人間を雇ったのか……チッ、公爵令嬢にも聞いたが、本当にしつこいヤツのようだな。
あの女の――聖女の話をしろって言うんだろ?
そうやって散々、聞き回っているそうじゃないか。それで犯人捜しでもしているつもりか?
僕としてはどうでもいいがね。ただ、さっさと犯人を見つけてほしいのは事実だ。
最近は国民の間で、まるで我が王宮が呪われているかのように噂されているそうじゃないか。まったく、死んでも尚、迷惑ばかり掛けるとは……本当にろくでもない女だった。
ああ、そうだ。あの女は最低の人間だった。
僕の元婚約者である公爵令嬢に嫉妬して、密かに嫌がらせを行うような女だったんだ。
そのせいで、麗しい公爵令嬢はかわいそうに、目の下には暗い影まで出来てしまって……。
今思えば、本当に聖女だったのかも怪しいな。父上はあの女に騙されていたのかもしれない。
父上は第一正妃が――僕の母上が亡くなってから、どうにもおかしいんだ。
一時期なんて、蘇りの魔術なんてものを信奉し出して怪しげな呪術師やら魔術師なんかを王宮に入れていたんだぞ?
あいつらの汚い身なりや言葉遣いを思い出すと、僕は今でもひどい吐き気を催すね。
あの女も同じだ。
そりゃあ、見てくれはそれなりだったさ。だが所詮は田舎町の小娘、礼儀も作法もなってなかった。
そんな女を父上は、まるで実の娘のように溺愛した。僕の弟妹だって、あんな風に父上から可愛がられたことは一度も無かったがね。
あまりに父上があの女を可愛がるものだから――そういった噂まで、まことしやかに囁かれていたくらいさ。
……さすがに聞こえが悪い話なんでね、僕の口からは言えないが。
もういい? "あの日"の話をしろ、だって?
……"あの日"、僕は王宮にあの女を呼び出したんだ。
格好? 聖女の法衣の上から厚ぼったいクロークを着ていたな。ひどく不格好だったから覚えてる。
そんなものを着て僕の前に立たれるのは不愉快だったんだが……顔が青ざめていてな。僕は寛大だから、そのままで構わないと言ってやったんだ。
「罪のない公爵令嬢を虐めていた、名ばかりの聖女め。僕はお前との婚約を破棄する。即刻、この王都から出ていくがいい!」
僕がそう告げると……あの女は「分かりました」と素直に頷いたよ。
そりゃあ悔しかっただろうな。ただの平民の女が聖女として祭り上げられて、僕のような王太子と婚約者にまでなることが出来たんだ。
でもアイツが公爵令嬢を虐めていたのは事実だ。それがわかりきっている以上、僕は形ばかりの婚約関係を続けるなんてまっぴらごめんだった。
それは何時頃のことだったか?
アイツが僕と公爵令嬢に頭を下げて背を向けたとき、ちょうど六の鐘が鳴り響いていたはずだ。
というのもちょうどそのとき、公爵令嬢が僕の手を取ってこう言ったんだよ。
「この鐘の音、まるでわたくしたちの新たな門出を祝福しているようですわね」
……ああ、僕には彼女しか居ないと思ったよ。
聖女が来て、僕との婚約は破棄することになってしまって……彼女にはひどい憂き目を遭わせてしまったのに、それを一言も責めないんだ。
「必ずもう一度、君との婚約を父上に認めさせるよ」
僕はそう言って、令嬢の手を握り返した。彼女は嬉しそうに微笑んでいたよ。
あの柔らかな微笑みを、僕はこれから先、一度たりとて忘れることはないだろうな……。
――は?
六の鐘の後に、聖女には会ったか、だと?
会うわけがないだろう。あの女はただの厄災だぞ。
しかも、まさかその日のうちに、よりにもよって神殿で殺されるとは……本当に、どれだけ恥を重ねれば気が済むんだ?
歴代の聖女の伝説が残る神殿が、あの女の血で穢されたんだ。
僕としては、到底許せることじゃないね。やはりあの日すぐ、追放しておけば良かったんだ。