第4話.近衛騎士の証言
自分は聖女付きの護衛として、数ヶ月間ですが聖女様の近辺を警備させていただいておりました。
聖女様は我々のような立場の人間にも、等しく慈愛の御心を持ってらっしゃる方でした。信じられないことに、護衛役の我々一人ずつの名前や出身地まで記憶し、把握してらっしゃったのです。
そして大層お美しい方であらせられましたから、自分も何人の知り合いから羨ましがられたことか分かりません……こんな話は不要ですかね。必要? それなら良いのですが。
それであの――聖女様が逝去なされた日は、自分は元より近衛騎士全員は、聖女様自身の希望により護衛から外されていたので……詳しいことは、悔しいですが何も……。
……いえ、この情報がお役に立つかは分かりませんが、一つだけ知っていることはあります。
"あの日"――自分は騎士寮に戻る道すがら、神殿に立ち寄ったのです。
騎士寮の夕食は、七の鐘が鳴った後から、八の鐘が鳴る前までに食べることとされています。
自分は、七の鐘が鳴ってしばらくした後に神殿の前を通りがかりました。
真夏でしたが、空には分厚い雲がかかっていて暗い夜でした。
聖女様が身体を休められる部屋は神殿の二階にあります。その部屋の灯りがついているのを確認して、自分はすぐにその場を離れました。
せめてそれだけは、毎日確認するのが自分の役目だと思っていたのです。自分にその権利があるのかは、分かりませんが……。
窓、ですか? いえ、開いていなかったかと。
カーテンも引かれていましたから、室内の様子も見えませんでしたしね。
……聖女の護衛中に、何か変わった出来事はなかったか?
それなら……これは自分にとっても末代までの恥でありますが……お話しさせていただきます。
あれは聖女様が亡くなる、約三ヶ月ほど前――四の月の、中旬の出来事でした。
聖女付き護衛は、聖女様の自室への入室は許されておりませんで、部屋の外での警備や、周辺の警戒に当たっております。
聖女様が神殿や王宮に移動される際は、周囲を囲む形で警備に当たります。
人数は常時四名と決まっており、週ごとに近衛騎士の中から交代で選ばれます。
聖女様は要人ですから、本来であれば最低でもその二倍の人数は必要なのですが……あの方は目立つのを嫌う性分のようで。四人でも多い、とよく溜め息を吐いてらっしゃいました。
そしてある晩のことです。
その日の護衛に選ばれたのは自分と、同期の騎士が二人と、もう一人……男爵家出身の騎士でした。
ええ、よくは知らないのです。というのも所属している部隊も異なっていたものですから。
ただ妙に人なつっこい男で、夕食のときは隣の席から、休まることなく口を開いて話しかけてきました。そのとき、彼が男爵家の次男坊だということも知ったのです。
いや、家名を聞いても分かりませんでした。大した領地も持たぬ田舎の家だから仕方ないと、笑っておりましたがね。
話が逸れましたね。ええ、不寝番は常時二人と決まっております。
その日は自分が回廊、その男爵家出の騎士が外の見張り番を務めました。
それで本当に、お恥ずかしい限りですが……自分はあの日、深夜になって唐突に頭に痛みが走り、強い吐き気を覚えたのです。
その日の食事内容、ですか? ええと、当時も何度も聞かれましたが、朝はライ麦粉のパンとスクランブルエッグ、それにサラダ。
夜はうさぎのシチューに林檎のピューレ……でしたから食あたりということは無かったと思います。自分の他に体調を崩した者も、おりませんでしたから。
それはもうひどい痛みで、あの瞬間はその場に立っていることさえままならないほどでした。
しかし自分は、不寝番を務めている騎士です。我が身の失態により持ち場を離れるなど、あってはならないことです。
ですが……どうしても……神殿の回廊を吐瀉物で汚すわけにもいかず……自分は悩みながらも、その場を急いで離れました。
すぐに戻るつもりでした。
しかし吐き気は一向に収まらず、およそ三十分……あるいはもう少し長かったかもしれませんが、ようやく胃の中身のみならず胃液まで吐き出し終えて、私は口元を洗い再び回廊を戻りました。
自分は失礼を重々承知しながら……もう時刻は深夜帯でしたから……聖女様の眠る部屋のドアをノックしました。何か異常がないか確認が必要だと思ったのです。
しばらく経って、中から「はい」と返事がありました。布団をかぶっていたのか、くぐもった声でした。
自分は「いえ、すみません」とだけ答えました。とにかく返事があったことに安堵して、何事も無かったことに胸をなで下ろしていたのです。
しかしその翌日から、自分は護衛騎士の任を解かれることになりました。
聖女様自身が、そう望まれたと聞きました。
自分はそれを知り、あの日の自分の行動は、全て聖女様には筒抜けだったのだと恥ずかしくなりました。
頭痛、吐き気……その程度の症状に苦しみ、勝手にも持ち場を離れた自分を、聖女様はお許しにはならなかったのでしょう。
聖女様を恨んでいるか?
いえ、そのようなことは決してあり得ません。
自分に非があると分かっているのに、どうしてあの方を恨むことなど出来るでしょうか。
ただ、もしも自分があんな失態をしなければ……聖女様はあの後、護衛騎士を一人も傍につけないなどという決断に至らなかったのかもしれないと思うのです。
"あの日"……不届き者が聖女様の寝所に入り、彼女を殺めることができたのは――周りに誰も、人が居なかったからです。
誰が聖女様を殺したのか、と言うなら……自分は間違いなく、不届き者の手助けをしてしまった一人ということになるでしょう。
……その男爵家の騎士の男はどうしたか、ですか?
いえ……あの日以降、一度も姿を見ていません。