第3話.公爵令嬢の証言
ええ、本当にお気の毒だと思いますわ。
だってまだお若かったのに……二十歳の若さでこの世を去るなんて。わたくしだったら、死んでも死にきれないと思います。
聖女のことをどう思っていたか、ですって?
別にどうも。うふ、だって本当に何とも思っていなかったから。
わたくしは公爵家の娘ですもの。
聖女といっても生まれが平民の娘が、わたくしに話しかけてくることはありませんでしたし……わたくしも一度も、個人的に話をした機会はありませんでした。
……ああ、婚約破棄の件ですか?
あれは何というか、こう言っては何ですが、王太子殿下の正義心が暴走してしまった結果と言いましょうか。
わたくし、彼女から嫌がらせを受けていましたの。
といっても、わたくしの傍には普段から侍女がついておりますもの。もちろん、彼女がわたくしに直接的な害を加えたわけではありません。
嫌がらせというのは、聖女の呪いの力? というのかしら……どうやらそういったものを利用したものだったようです。
例えばわたくしのお気に入りのお皿に、ヒビが入っていたり。
可愛がっていた子犬が死んだり。階段から足を踏み外して転倒しかけたり。
一つ一つは、小さなことでしたわ。でもそれが毎日のように起こるなんて、あり得ないでしょう?
わたくしは神様なんて信じないけれど、さすがに何らかの悪意を感じずにはいられなかったわ。
それで国で評判の占い師を呼んで、占わせたの。
そうしたら驚きよ。だって占い師によれば、わたくしにそんな嫌がらせをしているのは聖女だって言うじゃない?
わたくしはショックだったわ。だって聖女って、祈りで国を守護する存在なんでしょう?
それなのに、と裏切られた思いだった。
神様なんて信じていないけれど、神様に近い場所に祭り上げられている彼女がそんなことをするなんてね。
もちろん、すぐ王宮に向かって、王太子殿下にその件をお伝えしたわ。
殿下も、わたくしと同じで非常に心を痛めた様子だった。だって彼女は、よりにもよって殿下の婚約者だったんですもの。
聖女とは婚約破棄し、王宮から追放する――そう、殿下は決意されたわ。
国を思い、民を思うあの方は、断腸の思いで決断されたのです。
聖女を特別に可愛がる国王陛下には、内密に進めようという話になったわ。知られたら反対されるに違いないから。
"あの日"、殿下はわたくしの肩を抱き、呼び出した聖女に凜々しくもこうお告げになったの。
「罪のない公爵令嬢を虐めていた、名ばかりの聖女め。僕はお前との婚約を破棄する。即刻、この王都から出ていくがいい!」
聖女は何て返事をしたか? それならよく覚えているわ。
彼女は何か言いたげに口を開いて……それから小さな声で「分かりました」と言ったわ。
これにはわたくし、驚いたの。だって自分の罪を認めるのって、そう簡単なことじゃないものね。
でも案外、聖女は素直に殿下の言葉に従ったわ。今日は荷物をまとめるから、明日の朝には旅立ちます、と言ったの。わたくし、少しだけ感心してしまったのよ。
それが"あの日"、彼女の姿を見た最後でした。
まさかその後に自室であんな形で発見されるなんて、思いも寄らなかったことだけれど……。
――聖女からの嫌がらせの理由に思い当たるか、ですって?
そうね……おそらく、彼女は、心から王太子殿下のことが好きだったのではないかしら。
アナタもご存じでしょうけど、わたくしと殿下の婚約は聖女が来てから破棄されてしまったわ。
わたくしはそんな、ただの元婚約者でしかなかったけれど、それでも殿下とは変わらず親しくさせていただいていたし……わたくしたちが王宮の周りをお散歩したり、国賓を招いたパーティーで手を取り合ってワルツを踊った話なんかも、もしかしたら耳に入っていたのかもしれないわ。
そうよ、お散歩はわたくしの数少ない楽しみ。アナタも見たかもしれないけれど、王宮の庭園はどれも見事なものなのよ。
日傘をさして、殿下に寄り添ってね。よく王宮の庭を歩いて回ったわ。そのときに聖女の姿を見かけたこともあったけれど……こちらに目線をやるだけで、いつも何も言ってはこなかったわ。
え? わたくしが聖女のことを恨んでいたか……ですって?
ふふ。面白いことを仰るのね。もしかしてわたくしをお疑いなのかしら。
幼い頃からの婚約を国の都合で破棄されたんだもの。当然、わたくしは犯人候補の筆頭なんでしょうけどね。
否定は無意味だろうから、その問いには肯定を返しておくわ。
わたくし、彼女のことを恨んでいたわ。だって恨まずにいられないでしょう?
でもね。こんなことを言うとアナタみたいな男性は不思議に思うかもしれないけれど、恋って障害が多ければ多いほど盛り上がるものなのよ?
むしろ婚約を破棄された直後から、わたくしと殿下の心の距離ってよっぽど近づいたような気がするの。
そういう意味では、わたくしは聖女に感謝しなくちゃいけないのかもしれないわ。
もしそれが理由で聖女の心に闇が生まれたとするなら、嫌がらせの一因はわたくしにもあったと言えるかもしれないけれどね。
……それか、わたくしの美貌に嫉妬したとか?
うふふ。聖女なんていっても、結局はただの女ということなのかしらね?