第2話.庭師の証言
……はぁ。探偵ねえ。
よく分からんが、わしの話なんて何の役にも立ちゃせんと思いますが。
それでもいい? うーん、よく分からんが……まぁ、ここらの剪定の間だけならいいがね。
おう、分かっとるよ。聖女の嬢ちゃんの話じゃろ?
あの子は……聖女の嬢ちゃんは、とても良い子じゃった。
いや、あの子は聖女として国を挙げて尊ばれるべき方だから、わしみたいなのが、こんなことを言うと問題があるかもしれんがね……それでも、優しくて気立ての良い娘さんじゃったよ。
庭の花の手入れをしていると、いつも通りがかりに声を掛けてくれたもんじゃった。
鈴が転がるような愛らしい声でね、「おはようございます。今日のお庭もとても綺麗ですね」なんて言って笑うんじゃ。
まるで孫が出来たみたいでねぇ。ご覧の通り、この王宮の庭はそりゃもう広いモンだから、毎日の手入れはそれこそ足腰の重い老人には酷じゃったが……。
つまり探偵さん。あの子の笑顔は、疲れたわしを何度も励ましてくれたんじゃよ。
……そう、それで"あの日"のことじゃったな。
"あの日"……夕方頃に、わしは神殿の庭の手入れをしておった。
正確な時刻? ううむ、そうじゃな。
王宮や西宮、東宮の庭と、植物園の世話をすっかり終えた後だったからのぅ。
六つの鐘より後で、七つの鐘が鳴るよりは、早かったのは確かじゃよ。というのも、使用人の住む寮では夕食が七つの鐘と同時に出されるもんだから。食いっぱぐれるわけにはいかんからのぅ。
何でそんな時間帯に神殿の庭を見てたのか、だって?
そりゃあ、祈りの儀――だかを終えた嬢ちゃんが、庭の花を見に出てくるかもしれんじゃろ?
といってもここ最近、嬢ちゃんは庭にほとんど顔を見せなくなっていたから……その日もきっと姿を現さんだろうと思っていたよ。
そいで神殿の庭の調子を見ていたんじゃが、嬢ちゃんはしばらく経っても神殿から出てこんかった。
やっぱりなぁと思っとったが、あの日はそもそも事情が違ったんじゃな。
嬢ちゃんはあの日、王太子殿下に王宮に呼ばれていたんじゃろ?
わしは離宮の庭を回っている間に、出かける嬢ちゃんを見逃していたんじゃな。
そいだもんだから嬢ちゃんは王宮の方から、やって来たんじゃったが、おや? と目を瞬くわしを見てニッコリ笑うと、そのままベンチへ腰掛けたんじゃ。いつもはわしの傍に来て、にこにこ話しかけてくるんじゃがな。
気になったこと……そうじゃな、強いて言えば、夕方とはいえまだ暑いのに、足元まで伸びたクロークを着ておったよ。
そのせいか額に汗まで掻いておった。でも、何だかわしの目には、嬢ちゃんはサッパリした様子で映ったよ。
具体的にどういう意味か? そのまんまなんじゃが……憑きものが落ちたような顔、と言うんじゃろうか。
晴れ晴れしい、穏やかな横顔をしておったよ。あの子のあんな顔を見たのは、もしかしたら初めてかもしれんかった。
わしはそれで勘違いをしたんじゃ。てっきり、何か良いことでもあったのかとな。
それで、嬢ちゃんにそう訊いたんじゃ。すると嬢ちゃんは目を丸くしていたっけな。
「あら、おじじ様には分かってしまいますか?」
ああ――わしはあの子に、おじじ様と呼ばれていたんじゃよ。
どうも、あの子の死んだ祖父に似ていたとかでね。いやいや、本当に、わしの身に余る光栄なんじゃが……。
だけどいま思えば、不思議でしょうがない。
と言うのも、わしが会ったとき、あの子はすでに王太子殿下より、婚約の破棄と追放の命を受けていたはずだから。悲しみこそすれ、サッパリとした顔をするなんて。
それが今回の事件と何か関係があるのか……わしは花の世話は出来るが、頭の方はどうもダメでね。皆目見当もつかないんですがね。
誰かと一緒だったか? いや、お供は誰も連れてなかったのぅ。うん、ここ最近……あの子が亡くなる二月前くらいから、そうじゃった。
わしは嬢ちゃんに一目会うことができたから、それで満足でね。倉庫に道具を仕舞ってさっさと寮に戻ろうとした。ほら、さっき言ったろ? ゆっくりしてると食いっぱぐれちまうから……。
名残惜しいと思いながら立ち去ろうとしたら、嬢ちゃんが花壇を眺めながら言ったんじゃよ。
「ねえ、おじじ様。スズランの花……これからもたくさん、素敵に咲かせてくださいね」
そう、そんな風に言ってたっけなあ。
あの子、スズランの花が本当に好きで、部屋に飾りたいと言うから分けてやったときは、飛び跳ねて喜んでね……その仕草がまた、年端のいかない子供みたいに可愛くて……。
………………すんませんね。わしにお話できるのはこれくらいです。もう、いいですかい?
これ以上、あの子の話をするのは、どうにも耐えられませんや。
こんな老いぼれより先に、あんなに若い女の子が、死んじまうなんて。
しかも腹を裂かれて、無惨に殺されて……思い出すだけでやるせなくなる。
え? もう一つ?
次の日に、何か変わったものはなかったかって?
……そういえば、あったな。
そう、あれじゃ――血の跡。
どこに? それは、そう……ベンチじゃった。
嬢ちゃんが前の日に座っておったベンチの、背もたれのところに点々と。
もちろん衛兵には伝えたよ。だが嬢ちゃんが殺されたのは自室だったし、事件とは関係ないだろうという話で、それでおしまいじゃった。
血の跡は、他の所にはついていたか、じゃと?
いや……わしも気になって探してみたんじゃが、神殿の庭には見当たらんかった。
結局、あの血は何の関係もなかったのかもしれん。野良猫でも紛れ込んでおったのかなぁ。
もう、いいか?
そろそろ仕事に戻らなくてはならん……ああ、腰が痛い……。