表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第2話.庭師の証言

 


 ……はぁ。探偵ねえ。

 よく分からんが、わしの話なんて何の役にも立ちゃせんと思いますが。

 それでもいい? うーん、よく分からんが……まぁ、ここらの剪定の間だけならいいがね。



 おう、分かっとるよ。聖女の嬢ちゃんの話じゃろ?



 あの子は……聖女の嬢ちゃんは、とても良い子じゃった。

 いや、あの子は聖女として国を挙げて尊ばれるべき方だから、わしみたいなのが、こんなことを言うと問題があるかもしれんがね……それでも、優しくて気立ての良い娘さんじゃったよ。

 庭の花の手入れをしていると、いつも通りがかりに声を掛けてくれたもんじゃった。



 鈴が転がるような愛らしい声でね、「おはようございます。今日のお庭もとても綺麗ですね」なんて言って笑うんじゃ。

 まるで孫が出来たみたいでねぇ。ご覧の通り、この王宮の庭はそりゃもう広いモンだから、毎日の手入れはそれこそ足腰の重い老人には酷じゃったが……。

 つまり探偵さん。あの子の笑顔は、疲れたわしを何度も励ましてくれたんじゃよ。



 ……そう、それで"あの日"のことじゃったな。



 "あの日"……夕方頃に、わしは神殿の庭の手入れをしておった。

 正確な時刻? ううむ、そうじゃな。

 王宮や西宮、東宮の庭と、植物園の世話をすっかり終えた後だったからのぅ。

 六つの鐘より後で、七つの鐘が鳴るよりは、早かったのは確かじゃよ。というのも、使用人の住む寮では夕食が七つの鐘と同時に出されるもんだから。食いっぱぐれるわけにはいかんからのぅ。



 何でそんな時間帯に神殿の庭を見てたのか、だって?

 そりゃあ、祈りの儀――だかを終えた嬢ちゃんが、庭の花を見に出てくるかもしれんじゃろ?

 といってもここ最近、嬢ちゃんは庭にほとんど顔を見せなくなっていたから……その日もきっと姿を現さんだろうと思っていたよ。



 そいで神殿の庭の調子を見ていたんじゃが、嬢ちゃんはしばらく経っても神殿から出てこんかった。

 やっぱりなぁと思っとったが、あの日はそもそも事情が違ったんじゃな。



 嬢ちゃんはあの日、王太子殿下に王宮に呼ばれていたんじゃろ?

 わしは離宮の庭を回っている間に、出かける嬢ちゃんを見逃していたんじゃな。

 そいだもんだから嬢ちゃんは王宮の方から、やって来たんじゃったが、おや? と目を瞬くわしを見てニッコリ笑うと、そのままベンチへ腰掛けたんじゃ。いつもはわしの傍に来て、にこにこ話しかけてくるんじゃがな。



 気になったこと……そうじゃな、強いて言えば、夕方とはいえまだ暑いのに、足元まで伸びたクロークを着ておったよ。

 そのせいか額に汗まで掻いておった。でも、何だかわしの目には、嬢ちゃんはサッパリした様子で映ったよ。

 具体的にどういう意味か? そのまんまなんじゃが……憑きものが落ちたような顔、と言うんじゃろうか。

 晴れ晴れしい、穏やかな横顔をしておったよ。あの子のあんな顔を見たのは、もしかしたら初めてかもしれんかった。



 わしはそれで勘違いをしたんじゃ。てっきり、何か良いことでもあったのかとな。

 それで、嬢ちゃんにそう訊いたんじゃ。すると嬢ちゃんは目を丸くしていたっけな。



「あら、おじじ様には分かってしまいますか?」



 ああ――わしはあの子に、おじじ様と呼ばれていたんじゃよ。

 どうも、あの子の死んだ祖父に似ていたとかでね。いやいや、本当に、わしの身に余る光栄なんじゃが……。

 だけどいま思えば、不思議でしょうがない。

 と言うのも、わしが会ったとき、あの子はすでに王太子殿下より、婚約の破棄と追放の命を受けていたはずだから。悲しみこそすれ、サッパリとした顔をするなんて。



 それが今回の事件と何か関係があるのか……わしは花の世話は出来るが、頭の方はどうもダメでね。皆目見当もつかないんですがね。



 誰かと一緒だったか? いや、お供は誰も連れてなかったのぅ。うん、ここ最近……あの子が亡くなる二月前くらいから、そうじゃった。

 わしは嬢ちゃんに一目会うことができたから、それで満足でね。倉庫に道具を仕舞ってさっさと寮に戻ろうとした。ほら、さっき言ったろ? ゆっくりしてると食いっぱぐれちまうから……。



 名残惜しいと思いながら立ち去ろうとしたら、嬢ちゃんが花壇を眺めながら言ったんじゃよ。



「ねえ、おじじ様。スズランの花……これからもたくさん、素敵に咲かせてくださいね」



 そう、そんな風に言ってたっけなあ。

 あの子、スズランの花が本当に好きで、部屋に飾りたいと言うから分けてやったときは、飛び跳ねて喜んでね……その仕草がまた、年端のいかない子供みたいに可愛くて……。



 ………………すんませんね。わしにお話できるのはこれくらいです。もう、いいですかい?



 これ以上、あの子の話をするのは、どうにも耐えられませんや。

 こんな老いぼれより先に、あんなに若い女の子が、死んじまうなんて。

 しかも腹を裂かれて、無惨に殺されて……思い出すだけでやるせなくなる。



 え? もう一つ?

 次の日に、何か変わったものはなかったかって?



 ……そういえば、あったな。

 そう、あれじゃ――血の跡。



 どこに? それは、そう……ベンチじゃった。

 嬢ちゃんが前の日に座っておったベンチの、背もたれのところに点々と。

 もちろん衛兵には伝えたよ。だが嬢ちゃんが殺されたのは自室だったし、事件とは関係ないだろうという話で、それでおしまいじゃった。



 血の跡は、他の所にはついていたか、じゃと?

 いや……わしも気になって探してみたんじゃが、神殿の庭には見当たらんかった。

 結局、あの血は何の関係もなかったのかもしれん。野良猫でも紛れ込んでおったのかなぁ。



 もう、いいか?

 そろそろ仕事に戻らなくてはならん……ああ、腰が痛い……。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ