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第13話.謎を解くⅤ

 


「公爵令嬢。"あの日"のあなたと聖女とのやり取りを、再現してもらえますか?」



 公爵令嬢は、男の要請に確かに頷く。

 それから瞳を閉じ……青紫色をした唇をどうにか動かして、語った。



 語られたのは、聖女がつわりを起こした後――衝動的に公爵令嬢が日傘で聖女を殴りつけた後のやり取りだった。



 ――『堕ろしなさい』

 ――『生まれてくる子に罪は、ありません』

 ――『罪はあるわ。その子は存在自体が、罪なのよ』

 ――『罪は、ありません。罪があるのは、わたしだけです……』



 貴族としての誇りが、彼女にそうさせたのか。

 涙こそ零さなかったものの、公爵令嬢の声音は嗚咽混じりになっていき、掠れるように消えていった。

 そんな公爵令嬢の肩を、常ならば抱き寄せていたであろう王太子は、ただ彼女のことを切なく細めた瞳で見つめる他はなかった。



 男は「ありがとうございます」と公爵令嬢に礼を言い、再び騎士団長へと眼差しを向ける。 



「ここからは私の憶測に過ぎませんが――聖女は、公爵令嬢に頭部を殴られたことにより脳しんとうを起こしていたんだと思います」

「脳……しんとう?」

「意識が曖昧になったり、目の前の人物との会話が成り立たなくなったりする症状です。つまり騎士団長。聖女は、あなたに向けて何かを話したわけでも、応えたわけではなかったんです」



 騎士団長はしばらく黙っていたが……数秒後に、「ハッ」と嘲るような笑みを漏らした。



「じゃあ、何だ? あの聖女は、ただその場にまだ公爵令嬢が居ると思って……その幻聴に必死に、反論してただけだって言うのか?」

「そうなりますね。そして聖女は、妊娠していたことも、あなたに襲われたことも誰にも話していなかったので……あなたはとんだ思い違いで、聖女を殺したということになります」



 男が喋る合間にも堪えきれないのか、騎士団長は腹を抱え、涙が出るほど笑い続けていた。



「傑作だ。それは傑作だな、探偵さんよ! オレは意味のない殺人をしたって言うのか!」

「ええ、そうなりますね」

「ハハハハハ!」



 テーブルの表面を雑に叩き、騎士団長は笑い転げる。

 しかしそこで、公爵令嬢が音もなく立ち上がったかと思えば、爆笑する騎士団長の頬を容赦なく引っぱたいた。



 その場に、乾いた音が響き渡る。



「下品な笑い声を今すぐやめなさい、このゴミクズ」

「……は?……」

「あの、何の罪もない優しい女の子と、そのお腹の子を殺したのはわたくしと、あなたなのよ」



 それから彼女は唖然とする騎士団長を放置したまま壁際まで下がると、国王と王太子に向かい、深く、深く頭を下げた。

 これ以上ない悔恨と懺悔を表す礼であった。



「国王陛下。王太子殿下。どうかわたくしに死をお与えください。わたくしはこの国の貴族として、人として、女として、到底許されぬ行為をしました」

「……ああ、公爵令嬢……」



 痛ましげに国王がその名を呼ぶ。公爵令嬢はそれでも顔を上げることをしなかった。

 探偵は、もう自分の役割は終わったとばかりに黙っているだけであった。国王は一度だけ、王太子と顔を見合わせてから、威厳ある声で言い放った。



「……この場では、公爵令嬢の処遇までは決められぬ。だが――聖女を殺害した騎士団長は違う」

「は? 陛下――」



 国王は縋るような目つきをする騎士団長には答えず、右手を挙げた。

 すると部屋の外で待機していた兵士達が、一気になだれ込んでくる。彼らはポカンとする騎士団長を素早く縄で拘束した。



「我が国の愛する、スズランの聖女を殺した大罪人よ。貴様は永劫の苦痛の末、断頭台にて安らぎのない死に溺れるがいい」



 国王が目線で命じると、兵士たちは騎士団長を引き摺るようにして歩き出した。



「何でオレがこんな目に遭わなきゃならないんだ。このオレが」



 騎士団長は唾を吐いて喚きながらも、抵抗虚しく兵士たちによって連行されていく。

 男はその様子を黙って見送った。そして抵抗する騎士団長を連れて彼らが部屋を出て行くと、残った面々を振り返った。



 その頃には心なしか、室内の空気は和らいでいた。



「これで私の推理は終わりです」

「素晴らしい手腕だったぞ、探偵よ」



 拍手こそしなかったが、国王は心からの賛辞を込めて男を労った。

 誰が聖女を殺したか。その最大の謎を、見事に男は解き明かしてみせたのだ。



「余の大切な聖女を殺した犯人が、ようやく明らかになったのだ。これで余も安心して……」

「そうですね。犯人というなら、()()()()()()()()()が犯人だったのでしょう」

「…………なに?」



 不吉さを孕んだ言葉に、国王が表情を歪める。

 その場に残った全員が、氷の彫像の如く硬直した。

 ただし公爵令嬢だけは、唇を噛み締め、男の声をむち打たれるような面持ちで聞いていた。



「犯人は、騎士団長だったのだろう。そうなのだろう」

「ええそうです。興味本位で手の届かない存在に手を伸ばし破滅させた騎士団長が、最も悪人であったのは間違いないでしょう。ですが」



 男は感情の無い瞳で周囲を睥睨した。

 誰もが、そんな男を恐ろしいものを見るかのように見返す。



「毒のある花を王宮内で平然と育てていた庭師。

 望まない妊娠をした少女を一方的に殴りつけた令嬢。

 罠にはまり毒を喰らって、仕事を放棄した近衛騎士。

 令嬢の言い分を鵜呑みにして聖女を虐げた王太子。

 第一正妃に似ていた田舎娘を聖女に仕立てた地方貴族の一人娘。

 そして幼い少女に亡き妻を重ね、重荷と重圧を背負わせた国王。


 ――誰が聖女を殺したか、だって? そんな答え、あなた方はとっくに知っていたはずです」



 吐き捨てるように呟き、男は部屋を出て行った。





予定と異なりますが、本編はあと1話続きます。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


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