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ガレリア戦記  作者: さとSATO
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ガレリア戦記『五大国編』

挿絵(By みてみん)


【①魔獣の森】


ガレリア大陸南部


水の国


標高3000メートルにも及ぶ霊山から下山した一人の少年が王様の住む城の前に現れた。少年の名は秋水しゅうすいと言う。伸ばしきった髪とボロボロに破れた衣服はとても高貴な者の姿とは思えない有り様だ。


「戻ったか秋水しゅうすい。実に2年ぶりだな。見違えたぞ。」


少年を出迎えたのはこの『水の国』の王である。王は腰に差していた大剣をスラリと抜いて秋水へと向けた。


かわして見せよ!秋水!」


ブワッ!


王の剣術の腕前は、国内でも右に出る者は居ないと言われる程の凄腕だ。この戦乱の世にあって戦えぬ王など不要。『水の国』は大陸南部に無数に存在する国々の中でも一目置かれた存在だった。


ビシュッ!


「!」


その大剣の鋭い刃を秋水はける事なくつまんで見せた。たった2本の指で挟まれた大剣はビクリとも動かない。


「秋水…………。極めたか。」


王は何とも言えない笑顔を見せた。歴史の長い『水の国』にあって、歴代の王が挑んだ霊山での荒修行。その『水の極意』を極めた者は存在しない。王の一人息子にして次期『水の国』の王となる秋水しゅうすいが、遂に『水の極意』の境地に達したのだ。


「父上、お願いがございます。」


秋水は王の前に平伏し兼ねてからの願いを告げる。


「旅に出させて下さい。戦乱絶えぬこの時代に国を離れるのは誠に自分勝手な行い。それは承知しております。」


「ふぅむ…………。」


王は少しの沈黙の後に秋水に質問をする。


「旅とは………。秋水………何を思うか。」


『水の極意』を極めた息子が、なぜゆえ旅を所望するのか、王はその理由に興味を抱いた。


「はい父上。」


秋水はゆっくりと顔を上げた。荒修行のせいで随分とやつれているが、その瞳は希望に満ちている。


「この世界の………。この大陸の全てを………、真の姿を見とうございます。」


この瞳を見て、誰が息子の願いを断れる親がいようか。王は大剣をさやに納めると、そのまま秋水へと手渡した。


「…………父上?」


王は答える。


「2年だ。………2年もすればお前も20歳となる。その時は『水の国』を背負って立つ王の地位をお前に譲ろう。」


『水の極意』を極める事の出来なかった王よりも、息子の方が王としての資格がある。


「更に大きく成りて帰って来るのだぞ。秋水。」


「はっ!有り難きお言葉!必ずや2年で大陸の真の姿を見極め、この『水の国』に戻りましょう。」




ガレリア暦738年


この戦乱の時代、『水の国』を取り巻く状況は日々悪化していた。大国が群雄割拠する中で特に勢いのある国が『火の国』である。大陸南部にある五大国の中でも、その力は絶大であった。


『火の国』の王の息子、若き英雄『炎夏えんか』が率いる大軍を抑えられる国など存在しない。


「秋水よ。いよいよ旅に出るのか。」


「老師………。」


老師と合うのは霊山での修行を終えた日以来、10日振りの事であった。普段は霊山から降りる事の無い老師が秋水の旅の知らせを聞いてわざわざ下山されたのだろう。


10日前の秋水とは違い、今の秋水の身なりは小綺麗に整った武士の出で立ちだ。しかし王族にしては装飾も少なく実に質素なものであった。山での修行で伸び切った髪は短く切り揃えられ、黒い瞳と精悍な顔立ちからは少年が成長した姿が伺えた。


「色々とお世話になりました。私は今日にでも旅に出るつもりです。」


「ふむ。」


老師には既に教える事は何も無い。しかし伝える事がある。


「秋水………。『火の国』の将軍『炎夏えんか』の名は知っておるな。」


炎夏えんか………。私と同じ王の一人息子、その名を知らぬ者は大陸中を探しても居ないでしょう。」


その剛剣は岩をも斬り裂き。戦場に於いては敵軍の将兵を次々と斬り殺す『鬼神』と言われる男。『炎の国』が勢力を伸ばしているのも、この男があってこそ。


「その炎夏がどうかしましたか?」


秋水は老師に尋ねる。


「この大陸の神は何とも粋な演出をされる。」


「…………?」


「秋水、お主は確かに数百年に一人の逸材。このわしが修行を付けてお前ほど才能に長けた人間は居ない。」


しかしの…………。


「天賦の才に掛けては、炎夏も負けてはおるまい。奴もまた数百年に一人の逸材。」


老師は言う。


炎夏に会えと。


「炎夏なる者は必ずやお主の助けとなるであろう。」


敵国の将である炎夏に会えとは随分と無理な事を言うものだ。秋水はそう思ったが、老師の教えで間違えていた事など記憶に無い。何か理由があっての事だろう。そして何より、秋水は炎夏なる者に興味があった。大陸中に名を轟かせる程の人物。如何ほどの人物なのか確かめて見たくなったのだ。




火の国


戦乱の世の中ではあったが、秋水が『火の国』に入国するのはさほど難しくは無かった。たった一人の旅人だ。何が出来る訳でもあるまい。


道程では多くの農民や商人を見た。流石に南国一の大国とあって、町は活気付いている。何より人々は幸せそうだ。


(豊かな国なのだな………。)


秋水はそう思わずにはいられない。『水の国』と比べても人々の着る衣服から居住する家までもが違って見えた。よほど国を治めている王の治世が素晴らしいのだろう。そんな事を考えていると行商人と思われる男が近付いて来た。


「よぉ!兄ちゃん旅人かい?『火の国』名物の短刀でも買わんかね。異人の方には人気がある品だ。」


差し出された短刀には炎の装飾か施されている。『火の国』の象徴たる火の紋章。


「『火の国』の鉄は質が良いって有名だ。今なら安くしとくぜ。」


なるほど、刃先の色艶いろつやが『水の国』のそれとはまるで違う。『火の国』の武将が強いのも頷ける話だ。しかし、流石に『水の国』の王の子が『火の紋章』を身に付ける訳にも行くまい。


「飾りが無い短刀は無いのかね。」


秋水が尋ねると、男は秋水の顔をジロリと見た。


「ふむふむ、なるほど。兄ちゃんは『水の国』から来たのかい?それなら………。」


それだけ言うと、男は奥の方から別の短刀を取り出して来た。色艶いろつやも大きさも先程の短刀と変わりは無い。しかし、その柄に施された装飾は紛れも無く『水の紋章』だ。


「これは………。」


これには秋水も驚いた。まさか敵国の商人が『水の紋章』を施した品物を売っているとは思いもしない。


「他にもあるぜ?『地の紋章』に『風の紋章』そして『月の紋章』だ。」


なんと、大陸南部を代表する五大国の王家の紋章が全て揃っているとは信じ難い。


「商売だからな。売れる物は何でも売るさ。」


得意気に言い放つ男を他所よそに、秋水は慌てて周りの人に見られないのか心配になった。


「あぁ、心配は要らねぇよ。」


「…………?」


「これは炎夏様のアイディアだ。炎夏様はその辺は寛容なのさ。」


「炎夏様…………。」


全くもって信じられない。これは他の国では考えられない事だ。その国の王族が他国の紋章を商売品として売るのを認めるなど有り得ない話だ。噂には聞いていたが炎夏との人物は普通の人間の感覚は持ち合わせては居ないらしい。


ますます会いたくなった。


秋水は『水の紋章』が施された短刀を買うと、足早に『火の国』の城へと急ぐ。城への道のりは単調で、しっかりと舗装された広い道が真っ直ぐに城へと延びている。入り組んだ道が多い『水の国』とは大違いだ。


一刻ほど歩くと、目の前に立派な城が現れた。『火の国』の王家が住まう王城だ。


(さて、どうしたものか………。)


ここまでは順調に来たものの、炎夏に会うには門をくぐらなければならない。門を壊すのは簡単だが、それでは争いになってしまう。秋水の目的は争いではなく話し合い。炎夏を仲間にする事が目的なのだ。


(仕方がない。ここは正直に話すとするか。)


そう決断した秋水は門番と思われる兵士に声を掛ける。


「その………。すまぬが炎夏将軍にお会いしたい。門を通して貰えぬか。」


門番は不審そうな顔で秋水を見ると名前を尋ねて来た。


「私は『水の国』の王の子、秋水と申す。」


「!」


まさか敵国の王の子が一人で訪ねて来たなど信じて貰えぬだろうが他に言いようが無い。そう思っていた秋水だが、門番からは思いも寄らない返答が返って来た。


「秋水様、お待ちしておりました。炎夏様がお待ちです。どうぞお入り下さい。」


「お待ちしていたと?何と…………!」


全く信じられない事ばかりが起きる。今日この日、秋水が炎夏を尋ねる事が分かっていたとでも言うのだろうか。


秋水が通された部屋は、何の飾りも無い殺風景な部屋であった。そして、その部屋の中央に座して待つ男の名が炎夏だと、秋水は雰囲気で察知した。しかし、付き人も護衛も居ない中で敵国の将を迎えるとは大した人物だ。


この男が鬼神と称される火の国の英雄『炎夏』。がっしりとした体格に、太い腕。しかし荒々しさは感じない。むしろ落ち着いた雰囲気が凄みを際立たせている。


「『水の国』の秋水。待っておった。」


炎夏の第一声に秋水が口を挟んだ。


「私が………、ここに来るのを知っていたのか?」


当然の質問だった。秋水が旅に出た事も『火の国』へ来た事も炎夏には知る由もない。それを待っていたと言われては疑問に思うのも当然だ。


「ふむ。そんな事は知らないさ。」


炎夏は言う。


「しかし、待っていたのだ。何百年もの間、五国の王族が会いに来る事を『火の国』は待っていた。」


「……………五国の?」


五国とは、火の国、水の国、地の国、風の国、そして月の国の事だ。ガレリア大陸の南部に君臨する五つの大国。人々は五つの国の事を五国、または五大国と呼ぶ。


「時に『水の国』の秋水よ。お前は何をしに来たのだ。いや、何を求める。」


何を………求める。


何とも曖昧な質問だった。


しかし、この質問の答えはとても重要な気がした。返答を誤れば炎夏は秋水を叩き斬るかもしれない。そんな雰囲気がヒシヒシと伝わって来る。


少しの沈黙の後、秋水は一言だけつぶやいた。


「真理を…………。」


それは嘘ではない。秋水が求めるのは、この世界の真理。この大陸を旅して世界の真の姿を見てみたい。それが旅の理由だった。


「真理か…………。」


炎夏はそう呟くとスラリと大剣を引き抜いた。神々しく輝く何とも美しい剣だ。


シュバッッ!!


次の瞬間、炎夏は大剣を振り下ろした。巨大な岩をも斬り裂くと言われる剛剣。しかし、秋水は思う。剛剣とは言われているが、むしろ研ぎ澄まされた太刀筋には全く無駄な動きが無い。力と言うより技術が為せる技。相当な鍛錬たんれんを積んだに違いない。


「ほぉ………。」


炎夏は感心したように口元を緩めた。


「なぜけぬ。見えなかった訳でも無かろう。」


炎夏の振り下ろした大剣は、秋水の目と鼻の先の一寸の所で止まっていた。


「殺気が感じられ無かったゆえ………。」


秋水が答えると、炎夏はニヤリと笑う。


「はっはっは。面白い男だ。それでこそ五国の王となる男。付いて来い。」


それだけ言って炎夏は城の外へと飛び出した。


炎夏と言う男は本当に何を考えているのか分からない男だ。王族で有りながら護衛も付けずに一心不乱に走り出すのだから訳が分からない。


(もっとも、護衛が居ないのは私も同じだが……。)


苦笑いをする秋水は、そのまま炎夏の後を追いかけた。炎夏の走る速度は人のものとは思えぬほどに速く、霊山で厳しい修行を積んだ秋水で無ければとても付いて行く事など出来ない速度であった。


「炎夏殿、どこへ行かれるのだ?」


「…………炎夏で良い。歳もそれほど違わぬだろう。」


そう答えた炎夏は、その後も無言で走り続けた。



それから更に数刻ほど走ると目の前に大きな森が現れた。見渡す限りの森林は息を呑むほど美しく雄大である。そして秋水はこの森の事を知っている。ガレリア大陸の南部に位置する五大国のほぼ中央に広がる大密林。


「炎夏、目的地はここなのか…………。」


秋水が聞くと炎夏は頷いた。


「どうした?怖じ気付いたか?」


この森は普通の森じゃない。太古の昔より人間が立ち入る事を拒んで来た深淵しんえんの森。


その名も『魔獣まじゅうの森』と言う。


「引き返すなら今のうちだ。どうする?」


炎夏の考えが全く分からない。この森に住む魔獣まじゅうは大陸の中でも凶悪にして凶暴。好き好んで近寄る人間など居ない。


「この先に、何かあるのだろう?」


秋水が質問すると炎夏は妙な事を言った。


「ふん。『水の国』の王族はそんな事まで忘れたのか………。」


「…………?」


「まぁ良い。行くぞ。」


「……………。」


またしても、炎夏は答えない。一人先を急ぐ炎夏の後を追い秋水も『魔獣の森』へと足を踏み入れた。


(ここが………魔獣の森……………。)


大自然の息吹が秋水の肌に直接 語り掛ける。『水の国』の霊山とも違う強烈な力を感じる。森へ入っても、速度を落とさない炎夏に、秋水は仕方なく付いて行った。


ガォー!!


「!」


せん!!」


ズバッ!!


ブシャッ!


時折、襲い来る魔獣を父より授かった大剣でぎ払う秋水。大陸中の人間から恐れられる魔獣でも秋水の実力なら問題にはならない。


「秋水………。気を付けろ!」


しかし炎夏は、秋水に注意を促す。


「大丈夫だ炎夏。この程度の魔獣など……。」


「違う!ここからが本番だ。」


「なに?」


ビュンッ!


ズパッ!


「ぐぉ!!」


秋水の右肩から血が噴き出した。


(見えなかった…………。何が!?)


炎火斬えんかざん!!」


ズパッ!!


ギャオォーン!!


『火の紋章』が刻まれた大剣が魔獣の胴体を真っ二つに斬り裂いた。


「炎夏、助かった………。私には魔獣の姿が見えなかった…………。未熟………。」


「違う。」


炎夏は秋水の言葉を即座に否定する。


「今の魔獣の名は『幻魔げんま』と言う。」


「…………幻魔?」


「幻魔が攻撃対象とした人間には幻魔の姿が見えないのだ。」


「……………なん………だって?」


「一種の幻術だ。ゆえに幻魔を倒すには、その気配を察知して戦うか、二人以上の人間がペアになって戦うしかない。」


「そんな馬鹿な事が………。」


「しかし普通の雑兵では『魔獣の森』を切り抜ける事すら出来ない。『魔獣の森』に入れば五分ももたずに殺されるだろう。」


「炎夏…………。」


「だから俺は待っていた。俺より強いか、少なくとも俺と同等の力を持つ武将を………。それがお前だ。」




そこから先は、まさに生死をけた戦闘になった。姿が見えない幻魔を倒すには炎夏の力が必要であり、その逆もまた然り。少しでも気を許せば炎夏は殺され、そして一人が死ねば残ったもう一人も確実に死ぬ。


「秋水!伏せろ!」


ズバッ!


「炎夏!右に飛べ!!」


バシュッ!


ギャオォーン!


ギャオォーン!


(何だこれは…………。)


鬼神と呼ばれ、大陸中の兵士から恐れられる炎夏が既に全身傷だらけだ。そして、それは秋水も同じである。『水の極意』を極めた秋水がここまで苦戦するなど老師が聞いたら何と思うだろうか。


「はぁ、はぁ………。」


「ふぅ………。ふぅ。」


この森は、どの戦場よりも厳しい戦場だ。


「なぁ、炎夏…………。」


秋水は口元から流れる血を片手でぬぐい炎夏に言う。


「私達は何をしているのだ?この戦いに意味はあるのか?」


『魔獣の森』へ足を踏み入れてどのくらいの時間が経ったのか。既に日は暮れて月の光が森に差し込んでいた。


「見えたぞ………。」


「……………。」


「あれが俺達の目的地だ。」


深い森林の先に見えるのは何かの建物。それも1つや2つでは無い。無数の壊れた建物が広がっている。


「遺跡…………。古代の遺跡か?」


秋水は思わず呟く。こんな密林の奥に古代文明が栄えていたとは全く想像も出来なかった。


「来い。こっちだ。」


炎夏は何かを探すように、遺跡の奥へと進んで行く。


「我が国に残された言い伝えによれば、この奥にあるはずだ。」


「言い伝え………。何があるのだ。」


『火の国』に残された言い伝え。いや、森に入る前に炎夏は言っていた。『水の国』の王族はそんな事まで忘れたのかと。つまり、この先にあるものは『火の国』だけの問題では無い。


鼓動が激しく鳴るのが分かる。


ドクン


ドクン


「!」


「!」


誰か居る!!女だ!


(秋水!)(炎夏!)


二人は同時に顔を見合わせた。


人影は1つ。つまり、あの女はたった一人でこの森を抜けてここまで辿り付いた事になる。


(どう言う事だ……………。信じられん。)


(あの女………何者なのだ?)


二人は壊れた壁に隠れ女の様子を伺っていた。


シャラーン♫


音が響いた。


女が右手に持つ弓に付けられた鈴の音が、月明かりが差す遺跡の中で高らかに鳴り響く。


「あれは…………。」


弓に刻まれた紋章。


「あれは『月の紋章』だ。」


シャラーン♪


シャラーン♫


「ふ………。ははは。」


炎夏が笑い出す。


「どうした?」


秋水が不思議に思い尋ねると炎夏は嬉しそうに叫ぶ。


「見ろ秋水!『月の国』の巫女は忘れては居なかった!!」


炎夏の声に気が付いた女が振り向くと、月の明かりが顔を照らした。


まだ若い。


そして、美しい。


それは長い黒髪がよく似合う美しい女性であった。年齢は秋水よりも2、3若いくらいか。


「やはりな………。」


そして、炎夏は言う。


「『月の国』の神官の娘『夜乃香よのか』よ!久し振りだな!」


「神官の娘………。夜乃香よのか………?」


すると少女は少し驚き、そして微笑んだ。


それは、とても美しい月明かりの夜の出来事であった。






【②魔女狩り】


その昔


ガレリア大陸の南部に君臨する五つの国があった。


火の国、水の国、地の国、風の国


そして、月の国…………。



今宵こよいは良い月だ………。」


月の国の神官、草影くさかげは、満天の星の中で美しく輝く月を見上げた。


「さて、そろそろ出掛けて来るよ。お利口にしているのだよ。夜乃香よのか。」


夜乃香よのかの父親の家業は神官と呼ばれる職業で、この大陸では非常に珍しいものでだった。それは聖都せいとにいる司教様とも似て非なる職業で、月の国にしか存在しない特殊な仕事をしている。


その中でも、特に重要な仕事は月に一度の『お勤め』である。草影くさかげは、月が登った頃に『お勤め』に出掛け、翌日の朝に帰って来る。幼い夜乃香よのかは、いつも父が出掛けるのを不安に思ったものだ。


「父上………。夜乃香も一緒に行きとうございます。」


無理は承知の上であったが、夜乃香は勇気を振り絞り父親にお願いをした。


「ふむ。………夜乃香、歳はいくつになった?」


「今年でとぉになります。」


「そうか………。では付いておいで。」


「え?」


「お前も神官の娘だ。そろそろ『お勤め』について教えねばならないからね。」


「父上!」


夜乃香の顔が、ぱぁっと明るくなると、草影は大きな手で夜乃香の頭を優しく撫でた。


「いいかい、夜乃香。一つだけ約束するんだ。」


「……?」


「決して父さんから離れては行けない。離れてしまったら最後…………。魔獣に喰い殺されてしまうからね。」


「!!」


それから、月に一度の夜乃香の『お勤め』が始まった。



更に


5年の歳月が流れる。


「魔除けの結界!」


ブワッ!


「父上!見て下さい!夜乃香にも出来たでしょう!」


「お前………。あの本を読んだのか!どこで見つけた!?」


草影は珍しく声を荒げた。『月の国』に伝わる『秘伝の書』。その本には万物を操る摂理が記されている。かつて『月の国』を治めていた偉大なるお方が所持していた書物を『月の国』の神官が受け継いだものだ。


「本?知らないわ。私は父上の術を真似てみたのです。」


「なんと……………!」


草影は驚いた。草影が『魔除けの結界』を覚えたのは20歳を過ぎた頃、当時の神官であった草影の父親から教わったのだ。そして、『魔除けの結界』を覚える為に草影は何度も『秘伝の書』を読み込んだ。


いや、読んだと言うには語弊がある。古代文字で書かれた『秘伝の書』を読解するのは神官であっても不可能だからだ。故に草影は『魔除けの結界』の摂理が記されている箇所を頭に焼き付けた。何が書いてあるのかも分からない古代文字を、一言一句、丸暗記した。そうして、ようやく身に付けた技が『魔除けの結界』だ。


(それを、この子は、見よう見真似で覚えたと言うのか………。)


「父上?」


そして草影は一つの可能性に思い当たる。


(もしかしたら、この子なら、他の摂理も覚えられるかもしれない。)


それは、『月の国』の神官が代々、成そうとして、成し遂げられなかった悲願である。歴代の神官達が『魔除けの結界』以外の術を発動しようにも、一度たりとも術が発動した事は無い。


「夜乃香、よくお聞き。」


草影は神妙な顔付きで夜乃香に言う。


「これから、お前に見せる本はとても大切なものでね。決して誰にも見せてはいけない。それが例えこの国の王様であっても、決して知られてはいけない内緒の本なんだ。」


夜乃香は嬉しかった。


父と自分だけの秘密の書。それから、大好きな父上と二人だけの秘密の特訓が始まった。



それから1年、悲劇は唐突に起きる。


「この世界にサファリス教以外の神は存在しない。」


「魔女を信仰する異端者を出せ!!」


どこから伝え聞いたのか『月の国』に大勢押し寄せたサファリス教団の兵士達に父は連行された。


「父上!!」


「何だこの娘は………。」


「お待ち下さい!」


夜乃香をかばうように現れたのは『月の国』の王である。


「司教様、我が国は教団に逆らうような真似は一切しておりません。どうか、草影をお許し下さい。」


「ふん。それは聖女様が決める事。しかし教団以外の人間が神官を語るなど重罪に値する。ましてや『魔女』を崇拝するなど言語道断。まず助から無いであろう。」


「そんな…………。」


草影は、連行される間際に最後の祈りを捧げた。


「『月の国』に、そして『月の国』の全ての国民に神のご加護を…………。」



まだ16歳になったばかりの夜乃香では、どうにもならない事がある。夜乃香に出来る事と言えば『月の国』の神に祈りを捧げる事くらいだろう。『魔獣の森』の奥地に、ひっそりとたたずむ『神の墓標』。夜乃香は、それから毎晩、父の無事を願い『魔獣の森』へと足を踏み入れた。





ガレリア暦738年


ガレリア大陸南部


魔獣の森


水の国の秋水しゅうすい

火の国の炎夏えんか

月の国の夜乃香よのか


3人は魔獣の森の最深部に残された遺跡の中央神殿の前に立っていた。


「言い伝えは本当であった…………。」


感慨深げに呟いた炎夏は深々と頭を下げる。普段の言動や態度からは想像も付かない炎夏の姿に、秋水は事の重要さを感じ取る。


炎夏は、この日を待ち続けていたのだろう。


中央神殿の更に中央に建てられた墓標。墓標には五大国の紋章が刻まれている。


火の紋章、水の紋章、地の紋章、風の紋章

そして、月の紋章。


まるで五芒星のような形に刻まれた五つの紋章の更に中央部。そこには初めて見る紋章が刻まれていた。


「それが『光の紋章』です。」


夜乃香がそっと教えてくれた。かつて大陸南部に君臨し、巨大な帝国を創り上げたとされる『光の国』。今は亡き大帝国の紋章が五国の紋章の中央に刻まれていた。


そして、その墓標に刻まれた名前は。


アイリス・メシーナ・ガレリア


「魔女………、アイリス…………。」


その名を知らぬ者はガレリア大陸には居ない。女神サファリスの双子の妹にして大陸史上最強最悪の魔女。その魔法は天地を揺るがし、多くの街を滅ぼし、多くの人民を殺したとされる。


「魔女か…………。」


炎夏は言う。


「それは後世の人間がでっち上げた偽りの呼称に過ぎぬ。」


「炎夏…………。」


「アイリス様はとても心優しきお方であったと聞く。そして我ら五大国の元である『光の国』が崇拝し信じた唯一の女神。」


「そうね………。」


炎夏に続いて夜乃香が言葉を紡ぐ。


「今の時代、アイリス様を信仰すれば魔女崇拝の異端者と罵られ殺されるでしょう。もう何百年もの間、アイリス様は魔女として忌み嫌われる存在でした。」


ほろり………。


夜乃香の大きな瞳から涙が零れ落ちる。


「ふん。南部五大国の一角を為す『水の国』の王族でさえ、アイリス様を魔女と呼ぶ時代だ。アイリス様の真実の姿など誰も知らなくて当然。」


「しかし、私達は……、私達だけは忘れてはならないのです。歴史の真実を………。五大国が誕生した成り立ちを。この墓標が建てられた意味を…………。」


「夜乃香殿…………。」


「語らねばなりません。遠い昔に存在した『光の国』の事を。そして、私達、五大国の人間に課せられた使命を…………。」



ガレリア大陸の長い歴史の中では多くの争乱が繰り返されて来ました。しかし、あの時の争乱ほど酷いものは無かったでしょう。


大陸中の殆ど全ての国が参戦し、多くの国が滅び、多くの国民が死にました。後世の人間は、かの歴史的な大争乱の事を『魔女狩り戦争』と呼んだのです…………。





大陸南部の小国 ベルクーリ

王家の住む城『ベルクーリ城』


「居たぞ!王族の者だ!」


「貴様ら!無礼だぞ!」


ダッダッダッダッ!!


ズラリ!


「くっ!王!お下がり下さい!」


「良い!」


ザッ!


「我こそはベルクーリ王国第12代国王、ベガス!名を名乗れ!」


「ふむ。観念しましたか………。」


多くの騎士を従える白衣の男が王の前に歩み出た。


「私の名はミカエル。サファリス教団の特別司教にして『魔女教徒討伐隊』の最高責任者である。」


「『魔女』だと………。ふざけるな!」


「世紀の大悪党にして、大陸中の人間の心をたぶらかす魔女アイリス。その信者共は根絶やしにせねばならぬ。」


「アイリス様に向かって魔女などと………。サファリス様が聞いたら嘆き悲しむぞ!」


「女神サファリス様は既におられぬ。これは、現サファリス教団の最高司祭様であられる『聖女 サージャ様』のご命令だ。」


魔女アイリスの信者は根絶やしにすれ………。


「殺せ!」


ズバッ!


ズバッ!


「ぐぉ…………。」



アイリスの死後、大陸の多くの国は女神サファリスに忠誠を誓った。しかし、元よりアイリスを支持していた南部17ヶ国の王族達はサファリス教団への忠誠を拒否し対立が続いていた。


そして、女神サファリスがこの世を去ってより13年。遂に大陸中の国々が南部17ヶ国に対して宣戦布告を言い渡した。


これが『魔女狩り戦争』の始まりである。




大陸南部にあって、一大帝国を築き上げた国がある。その国の名は『光の国』と呼ばれていた。生前にアイリスが暮らしていたこの地は、巨大な軍事力を背景に南部17ヶ国の中心となりサファリス教団が率いる大陸連合軍と対立する事となった。


南部同盟軍と大陸連合軍の戦争である。


「迎え討て!戦力を整えよ!」


「炎の戦士ブァロスはどこだ!」


「皇帝陛下………。我はここに。」


「敵はサファリス教団の特別司教だ。頼むぞ!」


「御意…………。」


戦争は絶えること無く、一進一退の攻防が数年間 続いた。特に『光の国』の精鋭達の活躍は目覚ましく、大陸連合軍は苦戦を強いられていた。


「特別司教様、いかが致しましょうか。」


「ふぅむ。ブァロスめ………。忌々しい奴だ。」


「ミカエル様………、『聖女様』がこちらへ向かっているそうです。」


「なに?この最前線にか?」


(サージャ………。いったい何をしに。いつまでも終わらぬ戦争に業を煮やしたか………。いや、これは使えるやも知れぬ。)


特別司教ミカエルは、部下達に告げる。


「毒を放て。」


「!」「!」「!」


「大陸南部にある全ての川へ、湖へ、毒を放つのだ。これ以上、戦争を長引かせる訳には行かぬ。」


そして、戦況はガラリと変わる。まず『光の国』以外の国々が音を上げた。飲み水も食料も毒に汚染されては生活が出来ない。南部同盟軍の国々は次々と降伏し『聖女サージャ』の救済を求めた。


女神サファリスの血を受け継ぐサージャには、毒を解毒する能力があったのだ。


「皇帝陛下………。同盟軍の国々が次々と降伏、中には寝返った国まで出ています。」


「何が『奇跡』だ………。大陸南部の河川のみ毒に汚染されるなど有り得ぬ事。」


「サファリス教団のサージャめ、汚い真似を………。」


更に悪い事が重なった。


それまで中立を保っていた国々までもが、連合軍優勢と見るや我こそはと参戦し『光の国』への進撃を開始したのだ。


もはや、ガレリア大陸に於いて『光の国』の味方となる国は存在しなかった。




魔女狩り戦争末期………。


[皇帝陛下………。]


「どうした?」


「北部戦線にてブァロス将軍が善戦するも討ち死に、東部戦線では最重要拠点が制圧された模様です。」


「そうか……。ブァロスまでも………。」


「陛下………。なぜ我々がこのような仕打ちを。」


「言うな………。アイリス様に笑われるぞ。」


「しかし!」


「心配要らぬ。『光の国』は滅びさせぬ。」


今は勝てぬ。


しかし、時が来れば『光の国』は復活し、必ずや復讐を果たすであろう。


そして、皇帝陛下は後世の『光の国』の血を継ぐ者達に遺書を残した。


黒紫島こくしとう』へ行け。


今の帆船技術では『黒紫島こくしとう』へ行く事は不可能。偉大なる力を持ったアイリス様とサファリス様だからこそ辿り着く事が出来た幻の島。その島で、アイリス様はサファリス様に討たれ命を失ったと聞く。


しかし解せぬのだ。


あの偉大なるアイリス様が、心優しきサファリス様と命を賭けて戦ったなど到底信じられぬ。


アイリス様の亡骸なきがらを見た者は居ない。


黒紫島こくしとう』へ行けば、何かが分かるやも知れぬ。いつの時代か帆船技術が進歩し大海を渡る事が出来るようになれば、何かが分かる。


いや、何かが変わる……………。



そして『光の国』の皇帝は亡くなり『光の国』は滅亡する。


サファリス教団と大陸連合軍の王族達は強大な力を持っていた『光の国』の復活を恐れ領土を分割する事に決めた。


『火の国』『水の国』『地の国』『風の国』『月の国』。五つに分割された国々はサファリス教団への忠誠を誓い『魔女狩り戦争』は終結する。



魔獣の森、最深部


「無念………。アイリス様、そして皇帝陛下。」


「言うな『火の国』の王よ。」


「私達はサファリス教団への忠誠を誓った。それしか生き残る道は無かった。」


「それは表面上の話だ。心は常にアイリス様と共にある。」


「決して悟られてはならない。アイリス様の墓は誰にも発見されてはならない。」


「ここなら………。」


人間が立ち入る事が許されない『魔獣の森』


「この古代遺跡の場所を知っているのは我々のみ。」


きざもうぞ、我等の紋章を………。」


「そして『光の国』の紋章を!」


「我ら『五光』の国々が1つになった時、その時こそサファリス教団に復讐を果たすのだ。」



そして、数百年の時が流れた。


火の国、水の国、地の国、風の国、月の国


「それは、この世界を欺く仮の名だ。」


「私達が住む五大国は全て『光の国』なのです。」


そして炎夏は言う。


「『光の国』最後の皇帝が残した言葉。『黒紫島こくしとう』へ行こうと思う。」


「な…………なんだって!?」


「秋水………。歴史が動くぞ。」


「炎夏………。」


「炎夏さん。」


「今日この日、俺達3人が出会ったのは偶然じゃない。」



――――――――――――――――運命だ






風の国


大陸南部にある五大国の中でも、最も北に近い位置にある『風の国』には、多くの教会があった。五大国の中で、サファリス教団の影響力が最も強い国、それが『風の国』だ。


「王…………。」


王城の最上階にある王室に、王を呼ぶ声が聞こえるが、声の主の姿は見えない。


風魔ふうまか………。どうした。」


王は誰にも聞こえないようにささやいた。


「『月の国』の神官 草影くさかげが命を落としました。」


「………………。」


それは予想された事だ。サファリス教団に捕まった時点で助かる選択肢は無かっただろう。しかし王の気掛かりは他にある。


「それで、教団はどう動く…………。」


問題はその後だ。五大国の王族が影でアイリス様を信仰しているなどと、余計な詮索をされては敵わない。


「今の所、サファリス教団が五大国と対立する事は無いでしょう。」


「そうか………。」


「異端者はあくまで、草影のみ。五大国の教団への忠誠は何百年と変わらない。そう判断したのかと…………。」


当然だ。『光の国』が崩壊して数百年、五大国は一度も教団に逆らった事は無い。この程度の事で反逆者扱いなどされてたまるものか。


「しかしながら………。」


「…………なんだ?」


「我が国の教会内に不穏な動きが見られます。」


「不穏?どう言う事だ?」


「教団の『魔女狩り隊』が『魔獣の森』へと向かいました。」


「『魔獣の森』だと?どう言う事だ?」


まさか、アイリス様の墓標が教団にバレたとでも言うのか。王のひたいから汗が流れ落ちる。


「狙いは草影の娘でしょう。」


「娘?」


「はい。草影の娘の夜乃香よのか、異端者の娘を殺す命令が出たのだと推測します。」


「夜乃香……、巫女の娘か。それは不味いな………。」


『月の国』の神官の一族は、アイリス様の親族の譜系と聞く。草影が亡くなった今、夜乃香までもが殺されれば、五大国はガレリア神の血統を失ってしまう。いつの日か、五大国が結集する時には、ガレリア神の血族は必要になる。


(『月の国』の王は何をやっているのだ。よもや本当にサファリス教団に魂を売ってしまったか…………。)


『風の国』の王は、決断を迫られた。


夜乃香を救う為に兵士を送り出せば、今度は『風の国』が教団に狙われる。今の『風の国』の力ではサファリス教団を敵に回せば一溜まりもないであろう。


(どうする…………。)


「王………。」


「………風魔?」


「私に妙案がございます。」


そして風魔が王に告げる。





魔獣の森


闇夜に浮かぶ一つの影。


そこに現れたのは夜乃香よのかと同い年くらいの少女であった。少女の名は風蓮ふうれん。肩まである蒼髪そうはつのその奥で、風蓮ふうれんは風の音を聞く。


ピクッ


(見つけた………。)


『魔獣の森』の中から近付く気配は3つ。


(3つ?どう言う事かしら?)


風蓮の父である風魔の話では『魔獣の森』へ向かったのは『月の国』の巫女一人。まさか、既に捕まったのかと思ったが、その様な気配は見られない。


(もうすぐね………。)


3人の気配は近い。そろそろ森を抜ける頃だ。


それにしても『魔獣の森』へ踏み入るなど普通の神経ではない。幼い頃より暗殺技術を叩き込まれた風蓮ですら、この森には近付かない。


(夜乃香とか言ったか……。どうやって『魔獣の森』の中で無事に要られるのか。)


風蓮は少し興味を持ったが、今は余計な事を考えている暇は無い。なぜなら、既に反対方向、サファリス教団から放たれた刺客が迫って来ている。


『魔女狩り隊』…………。


(人数は20人と言った所…………。予想より多いわね。)


たった一人の少女を捕まえるのに、これほどの人数を割くとは教団も人手が余っていると見える。


「さて…………。」


風蓮は誰にともなく呟いた。


『風の国』の風連、一世一代の猿芝居。


命を賭けた逃亡劇、演じて見せましょう。




風蓮ふうれんあおき髪が


夜風に吹かれて、ふわりと舞った。






【③風蓮】


大陸南部にある五大国の中でも『風の国』は特殊な国であった。隣接する『火の国』ほどの力は無くサファリス教団との繋がりも深い。


『風の国』が生き残る道として選んだ手段は情報と暗殺である。


他国よりも早く情報を入手し、自国に害があると判断すれば容赦無く人を殺す。『風の国』の関与を疑われる事なく、誰にも悟られずに多くの要人を殺して来た。その仕事を受け持つのが『風の国』の特殊部隊である『影の部隊』である。


今回の任務を与えられたのは『影の部隊』の棟梁の娘、風蓮ふうれんであった。少し複雑な事情もあり、風蓮は『月の国』の巫女である夜乃香よのかを助ける任務を請け負う。



夜風が肌寒く感じる季節、風蓮は大陸南部に広がる巨大な密林、通称『魔獣の森』へ来ていた。『月の国』から『魔獣の森』へと繋がる道はそれほど多くはない。それに風蓮は特殊な訓練を受けており、人の気配を察知する能力に優れていた。人混みの多い町中ならともかく誰も居ない『魔獣の森』で夜乃香よのかの気配を察知する事はそれほど難しく無い。


(3人?夜乃香の他にも2人……………。)


予想外であったのは、助ける対象が2人の共を連れていた事だ。父である風魔ふうまから聞かされていた情報では、夜乃香は一人で『魔獣の森』へ向かったはず。どこで情報が間違えたのか。


(任務に影響は無いか…………。)


そう思い直し、風蓮は夜乃香の前に姿を表した。


「!」「!」「誰だ!」


シャキーン!


先頭を歩いていた男が、即座に大剣を抜き身構える。鍛えられた体付きと身の動きから相当な鍛錬を積んだ者だと判断出来る。大剣に刻まれた紋章は『火の紋章』だ。


(『月の国』の巫女が『火の国』の武士と?)


瞬時に状況と情報を整理した風蓮であったが、特に任務に影響は無いと判断し、任務を続行する。


「『月の国』の巫女 夜乃香様でございますね。早くお逃げ下さい!」


風蓮は少し慌てた素振りで、夜乃香に声を掛ける。


「私の事を知っているのですか?逃げるとは、いったい………。」 


当然の反応だ。この任務はまずは夜乃香を逃がす事が重要である。なるべく怪しまれず、素性を悟られず、迅速に行動する必要がある。


「あちらの山道から教団の追手が迫っています。目的は夜乃香様の拘束もしくは殺害。」 


「教団だと?サファリス教団か?」


先頭を歩いていた男が前に出て風蓮の顔を凝視する。なかなかの迫力。


「…………分かるか?秋水しゅうすい。」


そして男は、後ろを歩いていたもう一人の男に問い掛けた。秋水とはどこかで聞いた名だが思い出せない。秋水と呼ばれた男は目をつむり、おそらく気配を探っている。


「………確かに、こちらへ向かう集団がいる。人数は………18人。」


「…………。」


風蓮は少し驚いた。特殊な訓練を受けている『影の部隊』の中でも、風蓮は人の気配を察知するのが得意であった。風の動きで気配を察知する特殊能力を持ち合わせているからだ。


それと同じ能力を秋水と呼ばれる男は使えるとでも言うのだろうか。しかも18人など、風蓮ですら正確な人数は把握しきれて居ない。


しかし、それなら話は早い。


「『魔女狩り隊』です。」


「!」「!」「!」


『魔女狩り隊』とはサファリス教団が組織する特殊部隊の事である。主に異教徒や教団に敵対する人物の拘束や殺害を目的とする。その名を聞いて恐れを抱かない者は居ない。


「魔女狩り………。まさか………。」


ましてや、夜乃香は神官である父親が『魔女狩り隊』に捕まったばかりだと聞く。自分が狙われる事も予想はしていただろう。


「待て、お前は誰だ?なぜ俺達にその事を知らせる。」


『火の国』の男が動揺している様子は無い。『魔女狩り隊』と聞いて冷静で要られるとは、大した男だと風蓮は思った。


「時間が有りません!理由は後で説明します!早く逃げて下さい!」


3人は顔を見合わせ、少し話をするがすぐに決断する。


「分かりました。私は教団に捕まる訳には行きません。」


「何者かは知らぬが、お前の言う事を信じよう。」


「行きましょう。」


そう言って3人は『魔女狩り隊』が来る方向とは別の方向へと走って行った。


(ふぅ…………。)


風蓮は一呼吸 置いてから、気を引き締めた。


(ここからが本番…………。)


風蓮に課せられた任務は、夜乃香を逃がす事。その為に自分がおとりになる事であった。年格好の近い風蓮が選ばれたのはそう言う理由だ。


風蓮は意を決して『魔女狩り隊』の前へと自ら姿を現した。


「!」


「居たぞ!」


「『月の国』の巫女だな!」


『魔女狩り隊』の人数は18人。先程の男の見立ては正解だ。各々がサファリス教団特有の十字剣を所持しているが、他に変わった武器は見当たらない。


(特別司教は居ない…………。これなら逃げ切れる。)


風蓮の足の速さは『影の部隊』の中でも上位レベル。身の軽い女性ならではの俊敏性を活かし風蓮は走り出した。


「おい!待て!」


「逃げたぞ!追え!」


逃げる方向は夜乃香が進んだ先とは別方向。しかし、早くに引き離したらダメだ。追い付かれない程度に、見失わない程度の速度で走り抜ける。


ザザッ!


そして風蓮はチラリと後ろを振り返った。


(足の速い兵士が一人居る………。)


ならば…………。


風蓮が取り出したのは短刀だ。主に女性が護身用で使う短刀は五国の中では珍しくは無い。そして、短刀に刻まれている紋章は『月の紋章』だ。


そもそも、こんな夜中に『魔獣の森』に近付く人間など居ない。ましてや若い少女で『魔獣の森』に出掛ける人間など有り得ない。その少女が持つ護身用の短刀に『月の国』の紋章が刻まれていたならば、十中八九、『月の国』の巫女だと思うだろう。


(『月の国』の巫女の証拠として、持ち帰りなさい!)


シュバッ!


グサッ!


「ぐわっ!」


風蓮の投げた短刀が、教団の追手の左足に命中した。最初から命を獲るつもりは無い。追い付かれ無いよう足止めをすれば良いだけだ。


一人を除けば、足の早い追手は居なかった。サファリス教団の『魔女狩り隊』も戦闘にならなければ何の脅威にもならない。


(ほぼ任務は完了ね………。予想よりも簡単な仕事だったわ。)


そう思い風蓮は、走る速度を上げた。後は全力で逃げ切るだけ。もう夜乃香も見つかる事は無いだろう。


ザザッ!


「…………!」


(えっ?)


そこで風蓮は異変に気付いた。『魔女狩り隊』の追手は振り切ったはずなのに、一つ気配が近付いて来る。それも、物凄く速い。


「くっ!」


更に加速する風蓮であるが、引き離す事が出来ない。これほどの速度で走れる人間など『影の部隊』にも数えるほどしか居ない。


(振り切れない………。どうする!)


現在手持ちしている武器は短刀1本のみ。大きな武器を持ち歩けば『夜乃香』では無い事がバレる恐れがあったので所持していない。


(殺れるか…………。)


ザザッ!


風蓮は立ち止まり戦闘態勢に入った。逃げ切れないなら戦うしか無い。至極真っ当な状況判断。


(来る!!)


敵は真正面から襲って来る。おそらく相当な手練てだれ。短刀を握る拳に力が入る。


しかし


「風蓮!」


自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「風蓮!任務はどうなった!」


「あれ?………風刹ふうせつさん?」


目の前に現れたのは『影の部隊』のNo2 風刹ふうせつだった。父、風魔の右腕と呼ばれる男だ。


「どうしたのですか?こんな所に…………。」


質問する風蓮に風刹が答える。


「決まっているだろう。任務の遂行だ。」


「任務?」


つまり、風蓮が無事に任務を果たしたかどうかを確認する為に来たと言う事か。随分と信用されて居ないものだ。


「大丈夫ですよ。『月の国』の巫女なら無事に逃げ仰せたでしょう。」


「そうか…………。」


風刹はそう言うと、ふらりと風蓮に近寄り


シュバッ!!


鋭い太刀筋で抜刀した。


「!」


風蓮は咄嗟とっさに身をよじり、風刹の太刀筋から逃れるように反転する。


ズバッ!


しかし至近距離から放たれた風刹の剣を完全に避け切る事は不可能。鋭い刃が風蓮の右肩から胸部中央へと斬り裂いた。


「痛っ!!」


「反応が速いな。流石は棟梁の娘。」


致命傷は逃れたが、傷は深い。


「風刹さん!何を!!」


慌てて間合いを取る風蓮。


「気でも違いましたか!!」


利き腕は痛みで力が入らない。風蓮は残った左手で短刀を構える。


「言っただろう。これは任務だ。」


「え?」


「『月の国』の巫女は、今日ここで死なねばならない。逃げられては『魔女狩り隊』はどこまでも追って来る。」


「何を…………。」


「分からんか。お前の任務は『月の国』の巫女の身代わりとなり死ぬ事なのだ。それが『風の国』の王と棟梁が出した結論だ。」


「!!」


(父が…………!?)


まさかと思った。『月の国』の巫女を助ける為に我が子を殺すとでも言うのか。


「そんな……馬鹿な事を…………。」


「悪いな風蓮。お前の代わりはいくらでも居るが『月の国』の巫女の代わりは存在しない。『風の国』と五大国の未来の為に…………。」



――――――――――死んで貰う。





あぁ………。


風蓮は悟った。


これは逃げられない。


幼い頃より暗殺者として育てられた風蓮には、生きる場所が無い。『影の部隊』こそが全てであった。その『影の部隊』から………。実の父親から命を狙われたなら、いったい何処へ逃げれば良いのか。


(任務を………真っ当しよう。)


どの道、この深手では風刹から逃れる事は出来ない。死ぬ事で『風の国』の役に立てるなら、それはそれで良いのかもしれない。


風蓮はそっと目をつむり、斬られるのを待った。


「風蓮………。覚悟は出来たようだな。棟梁には私から報告しよう。」


風蓮から流れ落ちるのは、手負いの傷から流れる大量の血だけではない。幼少の頃より人を殺す事だけを教えられて育って来た。人を殺す事で生きる価値を見出し、人を殺す事が唯一の存在理由であった。


おそらく、天罰が下ったのであろう。


自然と涙が溢れ出したが、不思議と父に対する恨みは無かった。『影の部隊』の任務は全てに優先する。それは風蓮だけではなく全ての隊員に当て嵌まる絶対の掟だ。『影の部隊』とは『風の国』を影から支える暗殺集団。隊員の命など『風の国』の大義と比べれば限りなく軽い。


ザッ!


風刹が剣を振り上げた。


「風蓮………。見事な………死に際だ。」


ビュンッ!


ガキィーン!!


(!!)


死を覚悟した風蓮であったが、風刹の剣は届かず、剣と剣が交わる音が聞こえた。誰かが風刹の剣を止めたのだ。


いったい誰が……………。


風蓮がそっと目を開くと、そこには一人の男が立っていた。


「お前は……………。」


(先程の男………………。)


夜乃香と一緒にいた秋水と言う男だ。もう一人の男とは違いどこか優しげの雰囲気がある男が目の前で剣を構えている。あまり戦闘向きには見えないが、よく見るとかなり鍛えてある身体付きをしている。


「何だ貴様は………。どこから現れた。」


風刹も驚いた様子で男を睨み付けた。


「大丈夫だ。君は死なせない。」


「な……………。」


秋水は不意におかしな事を言い出した。見ず知らずの人間が、『死なせない』とはどう言う意味なのか。その言葉の意味がわからず風蓮の頭は混乱する。


「こんな事だろうと思いました。『魔獣の森』に若い女性が一人。夜乃香殿の身代わりになってくれたのですね。ありがとう。」


ますます意味が分からない。なぜこの男はここに居るのだ。逃げたはずの男が、風蓮の身を案じて追って来たとでも言うのだろうか。しかも『ありがとう』などと言う見当違いの事を言う。


(まさか………。私を助けるつもりなのか。)


風蓮の人生経験の中では、考えられない事であった。見も知らずの人間が命の危険をかけて他人を助ける。任務でもなく、何の報酬すら得られ無いのに。


しかし…………。


「おい!貴様!誰かと尋ねておる!!」



ダメだ…………。


相手が悪過ぎる。


風刹は『影の部隊』の中でも実力は折り紙付きだ。普通の人間が勝てる相手ではない。


それに『魔女狩り隊』の追手も来ている。これだけ時が経てば追い付かれるのも時間の問題だろう。


「逃げて下さい。風刹には敵いません。直に『魔女狩り隊』も現れます。」


風刹と『魔女狩り隊』を相手に勝てる訳がない。


「『魔女狩り隊』………?それなら………。」


すると男は口元を緩める。


「それは大丈夫ですよ。なにせ『魔女狩り隊』の相手をしているのは炎夏将軍だ。心配するなら『魔女狩り隊』の方でしょう。」


「!?」


炎夏えんか将軍??


あの『鬼神』と呼ばれ大陸中の国々から恐れられている『火の国』の王子。先程の男が………。


「炎夏将軍ですって!?」


なぜゆえ、それほどの人物が『月の国』の巫女と一緒に………。






風蓮と風刹、そして秋水が対峙している場所から一里ほど離れた場所では、『魔女狩り隊』の隊員達が足止めを喰らっていた。


「何ですか貴方は、そこを退きなさい!」


18名から成る『魔女狩り隊』の前に立ち塞がるのは『火の国』の王子 炎夏えんか将軍だ。


「隊長…………、こ奴は………、もしかして……。」


『魔女狩り隊』の一人が目を見開いた。目の前の男には見覚えがある。朱色に染めた乱雑な髪とガッシリとした体型。何よりその手に握る大剣に施された『火の紋章』。


「炎夏………将軍…………。」


ざわ!


「なんだと!?」


魔女狩り隊のメンバーが一斉にどよめいた。五大国にあって炎夏ほど名を馳せた人物は居ない。いや、大陸中を探しても炎夏を知らない人間はいないほどの有名人。その剛剣は岩をも砕き、炎夏将軍が戦った戦場には敵国の兵士の死体の山が築かれると言う。


ざわざわ!


「えぇい!うろたえるな!」


動揺する部下を一括してなだめた隊長は、十字剣をスラリと抜いて炎夏を睨み付けた。


「うむ。炎夏将軍。私達はサファリス教団直属の兵士である。」


「…………。」


「私達に逆らえば、教団を敵に回す事になる。『火の国』の王子がそのような事をお望みとは思えませぬ。そこを避けて貰いましょう。」


「ふ………。」


「?」


「はっはっは!これは愉快。」


隊長の言葉を聞いた炎夏は、笑い声を上げた。この状況て笑う意味が分からない。


「何がおかしい!無礼なるぞ!」


声を荒らげる隊長に向かって炎夏は事も無げに言い放つ。


「教団を敵に回す?一つ聞くが、お前達が俺に殺された事を誰が教団に報告するのだ?」


「なに?」


「一人たりとて逃がさぬよ。俺と対峙した時点で、お前達全員の死は………。」



―――――――――確定だ




「な!!」


シュンッ!!


ブワッ!


次の瞬間、隊長の首から上が吹き飛んだ。


「うわっ!」


「隊長!!」


そして、炎夏は言う。


「どうした?逃げないのか?それとも戦うか?好きな方を選べ。」


ゴゴゴゴゴゴォ!


「う…………。」


ゴクリ…………。


炎夏から放たれる殺気が『魔女狩り隊』の兵士達を飲み込んで行く。


動く事が出来ない。隊長を殺された『魔女狩り隊』の兵士達は剣を抜く事すら忘れて、炎夏の殺気に足を竦ませた。


まるで蛇に睨まれた蛙のように。

業火に包まれた羽虫のように。

戦う事も、逃げる事も、声を出す事すら叶わぬ恐怖。


これが、炎夏将軍……………。


大陸中にその名を轟かせる。


『火の国』の


――――――――――――『鬼神』





ジャリ………。


「申し訳ない。名乗るのが遅れました。」


秋水は身構える風刹ふうせつに涼し気な顔で微笑んだ。


「私は『水の国』の王の子 秋水と申します。」


「なに?『水の国』の王の子だと?」


「はい。お初にお目に掛かります。」


この男、状況が分かっているのか。『風の国』の暗殺者集団『影の部隊』。その中でも上位の実力を誇る風刹の前に、たった一人で敵国の王族が姿を現すなど愚かにも程がある。


「なぜ、お主がここにいる。」


風刹は言葉短く質問する。


「はい。私は夜乃香殿を助けたいと思っております。」


「…………。そんな事は聞いておらぬ。なぜ風蓮を助けるのかと聞いておる。お主には関係無かろう。」


自らの命の危険を侵してまで風蓮を助ける理由が見当たらない。


「そうですね。」


秋水は少し考えて風刹に答える。


「彼女は私達の身代わりとなり、教団の追手から逃してくれました。恩を返すのが人としての義と言うものでしょう。」


「何を…………。」


ここで、風蓮を追って来ては逃した意味が無いではないか。


「あ、心配なさらずとも大丈夫ですよ。夜乃香殿は私達が必ず護りますゆえ、どうかお引き取りを。」


風蓮には、秋水の言葉が理解出来なかった。


風蓮が夜乃香を助けたのは任務の一貫でしかない。『月の国』の巫女にはそれだけの価値があると父が認めたからだ。しかし、ただの暗殺者の風蓮を助ける理由が見当たらない。


「秋水殿…………。」


なぜ、私を助けるのかと、風蓮が聞こうとするより早く、風刹が剣を構える。


「我々の任務は絶対。邪魔する者は殺すのみ。」


ジャリ………。


「世間知らずの王子が、しゃしゃり出て来た事を後悔するが良い!」


『影の部隊』の精鋭 風刹の抜刀速度は隊員の中でも指折りの速さを誇る。いかに王族とは言え、ただの武将である秋水が風刹の剣をかわす事など不可能。


す……………。


トン……………。


「良い剣です……。かなりの業物ですね。」


「!」「!」


すると、秋水は手に持つ大剣を眺めながら、そんな事を言う。


「な………に?」


見ると風刹の手に握られていた大剣が無くなっている。風刹は惚けた表情で目の前に立つ秋水を見た。


(何が………起きた…………?)


同じく風蓮も、目の前で起きた現象に目を奪われた。


特に素早く動いた訳では無い。無理やり大剣を奪い取った訳でも無い。秋水は、ごく自然に手を伸ばし風刹の持つ大剣を譲り受けたように見える。


それはまるで、山頂から流れる大河の水の流れのように、誰にも止める事の出来ない自然現象のようであった。



―――――――――『水の極意』


『水の国』の老師はその摩訶不思議な能力の事をそう呼んでいた。自然に逆らわず、自然と一体となる極意。


「風刹さんとおっしゃいましたね。」


「………。」


秋水の口調はとても穏やかだ。


「止めましょう。『水の国』と『風の国』との争いは終わります。私達が戦う理由は有りません。」


「なに?」


「私達の国だけでは有りません。五国が争う事はもう無いでしょう。」


「どう言う事だ?」


『魔獣の森』の奥地で目にした遺跡の墓標。かつて五大国の女神として君臨したアイリスの墓標を見れば戦う気など消え失せてしまう。


「まぁ、その辺の事は炎夏将軍に任せる事になりますけどね。」


炎夏は言った。


『言い伝えは本当であった。』


『五大国は一つにならねばなるまい。』


『まずは五大国の戦争を終わらせる。』


秋水から見ても、炎夏は特別な人間だ。普通の人間には出来ない事も、彼なら成し遂げる事が出来る。


「さて、風蓮さんと言いましたか?行きましょう。怪我の治療も必要です。」


「え?」


秋水は、またしても理解不能の事を言い出した。


「おい。待て!風蓮を連れてどこへ行く気だ!」


引き止める風刹に、秋水は事も無げに言い放つ。


「任務は絶対なのでしょう?ならば風蓮さんが『風の国』へ帰る事は出来ません。貴方の任務が失敗した事になります。」


「な………。」


「『風の国』の風蓮は死にました。貴方に殺されたのです。ですから、ここから先は私達が風蓮さんと行動を共にします。」


それは、とても勝手な言い分であった。


「旅をするには、仲間は多い方が良い。そう思いませんか?」


そう言って秋水は風蓮に手を差し伸べる。


仲間…………。


「私が…………。仲間?」


「はい。嫌でしょうか?」


風蓮は秋水の顔を見た。


その顔は、


どこまでも、澄んだ水のように


優しい顔をしていた。








ガレリア暦738年


『火の国』の王から差し出された密書が『水の国』『地の国』『風の国』『月の国』へ届いたのは、それから数日後の事だ。


更にその数週間後に五大国の王は密約を交わす事になる。長く続いた五大国の争いを終焉させる密約。


その密約書には五大国の紋章と共に、『光の国』の紋章が描かれていたと言う。







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