ガレリア戦記『第1部』
もしも、明日
この世界が滅ぶとしたら
私は何を望むのだろう。
そして、あなたは……………。
ガレリア戦記
【①脱走】
もしも、明日
この世界が滅ぶとしたら
私は何を望むのだろう。
そして、あなたは……………。
ガレリア暦1089年1月2日
ザク
ザク
ザク
「凄い雪だな…………。」
極寒の厳しい吹雪の中を歩く人影が7人。その先頭を歩く少年、御堂 剣が誰にとも無く呟いた。
「そう言うな剣。この吹雪のお陰で俺達はここまで来れた。もう少しさ。」
答えたのは剣の親友、鋼山 修司。7人の中では最年長で18歳、リーダー的な存在でもある。
「見て………、灯りが見えるわ。」
遠坂 瑠衣は唯一の女性メンバーで最年少の少女だ。寒さで感覚の無くなった細い指先が前方へと差し出された。
「おぉ!」「やっとか!」
各々が喜びの声を上げ、それまでの疲労が無かったかのような笑顔を見せる。あの灯りは隣国『セシリア』との国境沿いにある街の灯りだろう。吹雪でぼんやりとしか見えない灯りは、御堂達にとっては希望の光として映った。
「国境を隔てる壁は見えないな………。少し吹雪が収まってくれたら良いのだが………。」
俺はそう呟くと、隣を歩いていた瑠衣の凍えた手を握った。
「…………剣君?」
瑠衣は少し不思議そうに俺の顔を見た。握った手はとても冷たい。この寒さの中、何十キロも歩いているのだから無理も無い。
「熱操作。」
ぽわっ
俺がそう呟くと、二人の手が熱を帯びほんのりとした暖かみが広がって行く。
「そ!ダメよ剣君!こんな所で能力を使ったら壁を越えられなくなるわ!」
「これくらい大丈夫さ。」
俺はそれだけ言うと、瑠衣の手を握りしめた。
(もうすぐだ………。)
御堂達が産まれた国『大五光帝国』と隣国にある『セシリア共和国』は休戦状態にある。『セシリア共和国』だけではない。ほんの2年前までは『大五光帝国』は周囲を囲む7ヶ国と戦争状態にあった。
巨大な経済力、そして軍事力に於いて『大五光帝国』に敵う国など存在しない。7つの国を同時に相手にしても優位に立っていたのは『大五光帝国』の方であった。
「セシリアは俺達を受け入れてくれるだろうか……。」
仲間の一人が呟くと、リーダー格の修司が「セシリアなら大丈夫さ。」と笑顔を見せた。
戦争が激しくなった頃、7ヶ国を一つにまとめ上げて『大五光帝国』に対抗したのが『セシリア共和国』だ。君主制の国が主流の世界にあって、セシリア共和国は世界でも数少ない共和制国家である。若き大統領、ローランは国民の人気も高く人権なるものを尊重している。俺達をゴミ屑としか思っていない帝国とは大違いだ。だから俺達は『セシリア』を目指した。
ザク
ザク
遠くに見えていた灯りは少しづつ大きくなり、国境を隔てる巨大な壁がぼんやりと姿を現す。
「うゎ………。でかいな。」
距離にして、まだ2キロメートル以上は先にあるだろう壁が視界の悪い吹雪の中でさえ見て取れる。
「あれ、どのくらいの高さなんだ?」
「12メートルだ。普通の人間では簡単には越えられん。帝国軍が開発した飛空艇でも無いとな。」
俺がそう呟くと修司は即座に答えた。
「壁の見回りは30分に一度 帝国兵士によって行われる。しかしこの吹雪だ。そう簡単に見つかる事は無いさ。」
7人の少年少女が帝国にある『能力開発研究所』から脱走したのは今朝の夜明けと同時だった。この時期の帝国は正月と言われる新年を祝う祝日で多くの兵士が家族の元へ帰郷する。加えてこの吹雪である。視界が悪い上に雪上に残された足跡はすぐに消える。
「帝国が誇る飛空艇も吹雪の中では飛べない。騎馬隊だって走れない。今日しか無いんだ。」
実際のところ、脱走から現時点まで帝国軍の追手は現れていない。流石に脱走には気付いているとは思うが、俺達の行方が分からないのだろう。
施設から最も近い国境は西にある隣国『ジーラ王国』だ。周囲にある国々の殆どを敵に回した『大五光帝国』にあって『ジーラ王国』は中立を宣言した国だ。そして、実質的には『大五光帝国』の友好国でもある。帝国が最も恐れたのは経済封鎖。軍事力に優れた帝国であっても資源や食料が枯渇すれば戦争は継続出来ない。帝国は『ジーラ王国』に救われたと言っても過言ではあるまい。
俺が帝国の人間なら脱走した後に逃げる国は『ジーラ王国』だと考えるだろう。研究施設から近い上に国境は自由に行き来 出来る。
(大丈夫だ。追手は来ない…………。)
そんな希望的観測が頭を過ぎったその時、仲間の一人である宗方 仁が、異変を察知した。
「修司…………。追手だ。」
「なに?」
6人が一斉に仁を見た。
「人数は分かるか?」
修司が質問すると仁は神経を脳に集中する。仁は俺と同い年の17歳で物静かな性格だ。兄弟は兄が一人いて同じ研究施設で生活を共にしていた。
仁を仲間に引き入れたのには理由がある。様々な能力開発が行われている施設の中でも、仁の能力は『探知』。最大5キロメートル離れた人間の行動を把握する事が出来る優れものであり施設からの脱出を企てる俺達にとってはこれ以上無い能力なのだ。
「多いな…………。20人前後。」
「20人………。」
「俺達を追って来ているのか?」
「分からない。この吹雪の中で発見されたとは考えにくいが。」
「…………。」
そして仲間達はリーダーである修司の判断を待つ。この脱走計画を企てたのは鋼山 修司。第二世代能力開発被験者の中では最年長で人望もある。
「少し様子を見る。発見されたので無いなら奴等もここには来ない。別の用事かもしれない。」
普通に考えれば修司の判断は正しい。帝国軍には俺達を見つける手立てが無い。施設から抜け出した時点で俺達の脱走の半分は成功しているようなものだ。
しかし、俺達は見落としていた。
「…………こっちに来る。しかも一直線にだ。」
「なんだと?」
「何で俺達の場所が分かる?この吹雪の中で。」
「……………。」
「まさか…………。」
施設の被験者の中で遠隔探知能力を持っている能力者は二人いる。一人は宗方 仁俺達の仲間だ。そしてもう一人は宗方 京。仁の一つ年上の兄。
「仁、お前、兄貴にこの計画の事を話したのか?」
仲間の一人が詰め寄ると、仁は顔を伏せてうつむく。
「てめぇ、何て事を!」
「仕方がないじゃないか!兄貴も一緒に脱走しようと誘ったんだ!俺が脱走すれば残された兄貴が何をされるか分からない!」
「貴様ぁ!」
「止めとけ!」
「!」「!」
あわや喧嘩になりそうな二人を修司が止めに入る。
「追手はまだ遠い。俺達には追い付けないだろう。計画に支障は無い。」
「修司…………。そうだな。」
「…………。」
しかし、仁は無言のまま返事をしない。様子のおかしい仁を見て、修司が質問する。
「どうした仁。何かあったのか?」
「追手が…………。」
「追手?」
「物凄いスピードで近付いて来る。」
「なに!?」
「どう言う事だ!」
この吹雪の中では馬は走らせられない。帝国が開発した軍事車両なら尚更だ。深い積雪の中では思うように走る事は出来ない。
「飛空艇が飛んだ形跡も無い。となると………。」
考えられる答えは一つしか無い。
「能力者か?」
「誰だよ。俺達の施設にそんな能力者が居たか?」
深い積雪と吹雪、そんな中を20人もの兵士を連れて高速移動出来る能力者。
「我王大佐………。」
「我王?第一世代の?」
「マジか………S級じゃねぇか。」
俺達施設で育てられた被験者はその能力に応じてランクが付けられている。殆どの被験者はAからCのランクに収まっているが、特に能力の高い被験者はS級ランクが与えられる。第一世代では3人、第二世代では4人しかいない能力者。選ばれし7人のうちの1人。
「我王の能力は『念動力』」
「はぁ?20人もの兵士を『念動力』で移動させてるってか?馬鹿な………。」
「我王大佐ならやりかねん。」
「どうすんだよ!修司!」
修司は思考をフル回転させる。追手には探知能力者と『念動力』を使う能力者がいる。他に18人の帝国軍兵士。
「剣。」
修司は俺の名前を呼んだ。
「お前は瑠衣を連れて『セシリア』へ向かえ!」
「なに!?」「え?」
俺と瑠衣が同時に声を上げる。
「ちょっと待て!俺も!」
「あの壁はお前じゃなきゃ破壊出来ない。そして瑠衣は無能力者だ。早く行け!」
「しかし!」
「よく考えろ!お前が死んだら全滅だ!しかしお前が壁を壊せば俺達だって逃げられる!すぐに追う!」
「……………。」
「そうだな。それが一番いい。」
「カズ………。」
「皆もそれでいいだろう?」
「あぁ。」
「ここは俺達に任せておけ。」
「みんな………。」
修司は俺の耳元で囁く。
「瑠衣を………頼んだ。」
俺は修司の目を真っ直ぐに見た。確かにこいつは俺達のリーダーに相応しい。
(そう言う事か…………。)
そして、俺は内心呟いた。
修司の言う事は最もだ。俺が死んだら全滅だ。俺も瑠衣も仲間達全員が殺されるだろう。しかし、最後の言葉は嘘だ。
(馬鹿野郎…………。我王を相手にすれば助かる見込みは無いだろうに………。)
修司は俺と瑠衣を助ける道を選んだ。研究施設にいる仲間達を救うには誰かが生き残らなければならない。
「修司さん、私も………。」
「瑠衣!行くぞ!」
「え!ちょっと剣君!?」
俺は有無を言わさず瑠衣の手を握り走り出す。
「壁は俺に任せろ!」
「あぁ、頼んだぞ!剣!」
目指すは『セシリア』との国境。あの壁を越えれば俺達は助かる。そして、俺は心に誓った。
(修司……みんな……。お前達の決意は無駄にはしない。)
ゴゴゴゴォ……………
我王達が乗る車両は6人乗りの軍用ジープ。軍用とは言え、この積雪と吹雪では思うようには進めない。それほどの悪天候だ。
陸軍大佐の我王 死愚魔は、その車両ごと『念動力』で持ち上げ移動させる。そのスピードは実に時速100キロメートルを越えていた。
(そろそろ追い付くな………。)
精神を集中させる我王の隣に座るのは、この部隊の指揮官である東堂と言う名の兵士。階級は我王と同じ大佐であるが能力を持たない一般兵だ。
「我王大佐、分かっていると思うが遠坂 瑠衣は殺すなよ。それが上からの命令だ。」
「はん。そんな奴はどうでもいい。任せる!」
軍の資料では脱走した被験者は7人。どいつもこいつも大した能力では無い。しかし、1人だけ見逃せない奴がいる。
御堂 剣
噂では、第二世代の能力者の中では最強の能力者と言われている。第一世代最強を自負する我王にとっては、放って於く訳には行かない。
(どちらが最強か、教えてやる!)
「!!」
ボワッ!!
すると突然に車両が炎に包まれた。
「発火能力者か!?」
「降りろ!爆発するぞ!」
ドザッ
ボボボボボボッ!
ドッカーン!!
桐谷 和志16歳。能力『火炎』。
「お前は桐谷………。確かランクはB………。」
ゴゴゴゴォ………。
「我王大佐か!全力でやらせて貰う!!」
ボボボボボボッ!!
空中に浮かんだ火の玉の数は5つ。今の桐谷にとっては同時に操れる火炎の限界だ。しかし人間を焼き殺すには十分な威力、我王1人が相手なら何とかなる。
「我王!死ね!!」
ボボボボボボッ!!
5つの火の玉が勢い良く我王へと飛んで行く。
「はぁ………くだらねぇ。」
ピタリ
「!!」
しかし、火の玉は空中でその勢いを失いその場で静止する。
「まさか、お前………、俺の炎まで…………。」
「馬鹿かお前は。俺の『念動力』で操れない物は無い。ライフルの弾丸ですら俺の前では無力。俺を攻撃する事は誰にも出来ねぇんだよ。」
「くっ!」
ズダーン!
ズダーン!
「ぐぉ!」
次の瞬間、二発の銃声が鳴り響き桐谷の身体から真っ赤な血が飛び散った。新雪を真っ赤に染める鮮血。
ズダーン!
ズダーン!
吹雪と暗闇で見る事は出来ないが、他の兵士達が発砲する銃声音も聞こえて来た。
「ぐわっ!」
「うぉ!」
(悲鳴から察するに既に3人の標的を倒したか。)
「おい!宗方!」
我王が呼び付けたのは宗方 京。脱走した宗方 仁の1つ上の兄にあたる。
「御堂はどこだ!早く探せ!」
吹雪の中で立ち尽くす京は、震えながら口を開く。
「大佐………。仁は、仁だけは殺さないでくれ。」
「あぁ?」
実に鬱陶しい。
「そんな事は東堂に言え!俺は御堂さえ殺せばそれで良い!早く探せ!」
ビクッ!
しかし、宗方 京は押し黙ったままだ。
「おい!どうした!」
「……………。」
「早くしろ!逃げられるだろうが!!」
「大佐……………。」
「あぁ!?」
「俺の能力は『追跡』。同時に1人の人間の居場所しか追跡出来ない。」
「なに?」
「今回のターゲットは弟の仁で設定してある。悪いが御堂の居場所は分からないんだ………。」
「ざっけんな!!これだからお前はランクA止まりなんだ!!」
「ひぃ!すみません!」
「ちっ!」
(全く使えねぇ奴だ………。)
我王は吐き捨てるように罵倒を浴びせるとすぐに思考を切り替える。御堂が向かうのは『セシリア共和国』、すなわち国境を遮る壁の向こう側だ。そして この巨大な壁をぶち破れるのも御堂しか居ない。
(奴の能力は『熱操作』。コンクリートで出来だ壁をも溶かす高熱を発すれば必ず分かる。)
ゴゴゴゴォ
「我王大佐…………。それは…………。」
暗闇に浮かぶのは燃え盛る軍事車両だ。
「一瞬で潰してやる………。」
国境の壁に異常を察知した瞬間に車両をぶちかます。御堂の能力が如何に凄くても鋼鉄で出来た車両を一瞬で溶かす事は出来ない。
(どこだ御堂…………。早く能力を発動しろ!高熱の光を発した時がお前の最期だ!)
「ぐおぉぉぉ!!」
「剣くん!」
極寒の大地を2つに遮る巨大な壁が、御堂の放った超高熱により溶解を始めた。
ドロドロ………
グニャリ……………
ドロドロドロ…………
「すごい…………。」
国境の壁の上部に設けられた通路は人がすれ違う事が出来ると聞いた事がある。すなわち壁の厚さは2メートル以上はあるばすだ。帝国軍の大砲でも無い限り壁を破壊する事は不可能。
ドロドロドロ
その壁が、剣の能力である『熱操作』によって、マグマのような液体へと変化して行く。
(もうすぐだ…………。)
御堂 剣は倒れそうになるのを必死で堪え能力の発動を続ける。
ドロドロドロ
「見えた!剣君!やったよ!」
瑠衣の声が剣の頭に響いた。
「よし………。最後の仕上げだ。奴等に見つかる前に脱出するぞ。」
「剣君…………。皆は…………。」
先程から続いていた銃声は既に聞こえない。仲間達の何人かは既に殺されただろう。それでも俺と瑠衣の場所に奴等が現れる事は無かった。
(修司か…………。)
鋼山 修司の能力は『幻影』だ。対象となる人物に事実とは違う映像を見せる能力。これだけ派手に壁を壊しても奴等はそれを認識出来ない。そして、修司の能力はもって20分。そろそろ限界だろう。
「行くぞ、瑠衣。」
「でも………。」
「俺達の誰かが生き残らなければならない。」
「剣君…………。」
「俺達の様な被験者を増やさない為にも研究施設は破壊する。それが俺達の願いだ。」
「…………うん。」
(修司……………。生き延びてくれ。生きていれば必ず会える。)
そして俺は瑠衣の手を握り足を踏み出した。
『セシリア共和国』とはどんな国なのか。
研究施設では帝国外の情報は殆ど聞かされていない。王国ではなく大統領が国を統治する共和国。大統領は国民の投票によって選ばれると言う。不安そうな瑠衣の頭を俺は優しく撫でた。
「…………剣君?」
「大丈夫………。これからはきっと上手く行くさ。」
「そうね………。私は無能力者だけど、剣君の力に成りたい。そして仲間達を助けたい。」
「あぁ………。」
この日、能力開発研究所、通称『ラボ』で育った二人が新たな道へと歩みだした。
御堂 剣17歳
遠坂 瑠衣15歳
二人の物語は、これから始まる。
【②漆黒の悪魔】
見える…………。
見えるわ。
彼こそが私の救世主
運命の人。
ガレリア暦1083年7月21日
「これより『セシリア共和国』への進軍を開始する!目指すはセシリアの首都『セルカ』!首都制圧まで帰還は許されない!行くぞ!!」
大五光帝国が隣接する小国『アッシリアス王国』と戦争を始めたのは3ヶ月前。経済力と軍事力に優れた帝国が『アッシリアス王国』を制圧するのは容易な事と思われた。事実『アッシリアス王国』の首都『マーラ・アシス』は開戦後一週間で陥落する。しかし、『アッシリアス王国』は敗戦を認めずゲリラ戦を継続。戦争は予想に反し長期化していた。
帝国軍戦略会議室
「『アッシリアス』のゲリラを支援しているのは、『カシャス王国』『プロメテウス連邦』そして………。」
「『セシリア共和国』か。」
「奴等は武器に食料、傭兵まで動員しテロ活動を支援している。『セシリア』を潰さねば戦争は終わりませんな。」
「ふん。我々を敵に回すとどうなるか目に物を見せねばなるまい。」
大五光帝国に敵対する勢力の中では『セシリア共和国』が最も経済力があり軍事力にも秀でている。それでも帝国と比べればその差は歴然。正面から衝突すれば帝国の勝利は揺るがない。
セシリア進攻の為に動員された兵士の数は当時としては最大規模の1万9000人。最新式の帝国製ライフルを標準装備された帝国軍は連戦連勝を重ね、遂に『セシリア共和国』の首都『セルカ』の目前にまで迫っていた。
そして
事件はその夜に起きる。
首都『セルカ』攻略前夜、翌日の攻撃に備え総司令官の二階堂は幹部達と最後の打ち合わせをしていた。
「総司令官殿、情報部隊の兵士が至急伝えたい事があると。」
「情報部隊?誰だ?」
「はっ!何でも『能力開発研究所』出身の兵士だとか………。」
「あぁ?ラボ出身だと?この忙しい時に………。通せ!」
そこに現れたのは年端も行かない少女であった。少女の名前は栗原 沙羅。淡い緑色の髪は大五光帝国の人間としては珍しい。これも能力開発による副作用なのかと思ったが今はどうでも良い事だ。
「沙羅二等兵、要件は何だ。」
総司令官の二階堂が沙羅に尋ねる。
「総司令官殿………あの………。」
「早く言え。」
「はい。あの………、進軍を中止して早急に撤退して下さい。」
「なんだと!?」
ザワ
これには総司令官だけではなく、その場にいた幹部一同全員が驚いた。帝国軍人にとって作戦遂行もせずに撤退など有りえない。ましてや今の帝国は連戦連勝、首都『セルカ』を目前にして撤退する理由は何一つ無い。
「あの……。私の能力は『未来予知』。このままでは帝国軍は………。」
「馬鹿者!!」
バシッ!!
「きゃっ!」
ドガッ!!
二階堂司令官の平手により、沙羅は大きく吹き飛ばされる。
「我が軍に臆病者は要らぬ。ラボ出身だからと言って容赦はせぬぞ。この戦争が終わったら軍法会議にかける。二度と監獄から出られ無いと思え!」
「そ……そんな!司令官殿!」
「連れて行け!」
「は!」
大五光帝国に於いて能力者の研究が開始されたのは今から10年も前の話だ。当時の多くの科学者や軍人がこの研究に反対した。人間の脳を開発し超能力を持たせるなど不可能。誰もがそう思った。
『不可能を可能にする方法なら既にある。我々は神に選ばれたのだよ。大五光帝国こそ世界の支配者となる。』
前皇帝陛下はそう言い残しこの世を去ったと言われている。
前皇帝時代に始まった2つの国家プロジェクトは10年の歳月を経て軌道に乗り始めた。一つは能力開発研究。一つは飛空艇の開発だ。
しかし、このオーバーテクノロジーとも思えるプロジェクトに反対する国民は未だ多い。特に保守的思考が蔓延している軍部では能力研究に懐疑的な勢力が大勢を占めていた。栗原 沙羅は、『能力開発研究所』で能力開発に成功した最初の1人であり、能力者の実践投入は過去に例が無い。
「どうしよう…………。」
総司令官も、軍の幹部達も沙羅の能力など誰も信じていない。このまま戦争が終われば、沙羅は監獄に閉じ込められ一生を過ごす事になる。
(いや………。そうじゃない。)
沙羅の能力『未来予知』を信じるなら、総勢2万人近い『セルカ』攻略軍は壊滅する。沙羅とて生きて戦場から帰れる保障は無い。
「そんなの、私だって信じられない………。」
『未来予知』に映ったのは、漆黒の鎧をまとった1人の兵士だ。その巨漢は人間のものとは思えないほど大きく、帝国軍のライフルが命中してもビクともしない。
『漆黒の悪魔』
(逃げなきゃ………。)
漆黒の悪魔が、いつ現れるのかは分からない。『未来予知』の欠点は沙羅の意識とは全く無関係に映像だけが見える事だ。場所も時間も特定出来ない。ただ突然に近未来の映像が脳内に映し出される。
ゴソ
兵士達が寝静まった頃合いを見て、沙羅は帝国軍のテントから抜け出した。総司令官や幹部の人間はセシリア共和国の国民から奪った民家で寝泊まりをしているが、何せ1万9000人もの軍隊だ。全員が民家に有り付ける訳ではない。しかし、下手な民家に泊まるよりはテントの方が脱走するには都合が良い。
「沙羅二等兵殿!」
ビクッ!
「どうしたんだ、こんな夜中に?」
(見つかった…………。)
流石に見張りの兵士は寝ていなかったか………。脱走がバレたら監獄どころかこの場で殺される。
「いや、その………。ちょっと寝付けなくて。」
「ん?」
見張りの兵士か沙羅の事をジロリと見る。
(まずい…………。)
「はは、明日はセシリアの首都攻略だからな。緊張するのも分かるが気をつけるんだぞ。ここは既に敵地のど真ん中だ。」
(セーフ!!)
沙羅が総司令官を怒らせた事は知れ渡っては居ない様子だ。
「う、うん。ありがとう。すぐに戻るわ。」
この日は 実に見事な満月の夜だった。月明かりが照らす夜道を、沙羅は出来だけ遠くへと走った。
もともと沙羅は穏やかな性格で軍人には向いていない。しかし研究所で育った沙羅には軍人になる以外に道は無かった。今までに施設で育てられた子供は数百人は越えている。彼等は被験者と呼ばれモルモットとしての一生を送る。そして、能力が開花しなかった子供達は容赦なく殺されていった。
第一世代と呼ばれる子供達の中で最初に能力が開花したのが栗原 沙羅だ。生きたまま施設から外の世界へ出られた被験者は沙羅しか居ない。
「みんな………元気かな………。」
走りながら沙羅は施設に残された友達の事を考えていた。果たして何人の友達が生き残り、どれだけ多くの友達が殺されるのか。
(うっ…………。)
沙羅の瞳からは自然と涙が零れ落ちる。それでも沙羅は無我夢中で走った。月明かりの中を必死で走る。敵国のど真ん中であっても怖くは無い。研究施設での生活を思えば怖いものは何も無い。まだ17歳の少女の沙羅にとって、これは自由への逃避行。
ドン!
「きゃっ!」
すると沙羅の前に大きな人影が現れて、沙羅は正面から衝突しその場に倒れ込んだ。暗闇と涙のせいで人影に気が付かなったのだ。
「痛…………。」
「おい、大丈夫か?」
大きな手が沙羅の目の前に差し出される。その手はとても大きく真っ黒な甲冑で覆われていた。
(え…………?)
手だけではない。恐る恐る顔を上げると、その男は全身を真っ黒な甲冑………。まるで中世の騎士のような鎧に身を包んでいるではないか。
「!!」
(『漆黒の悪魔』!)
沙羅は直感する。この男は『未来予知』に映し出された『漆黒の悪魔』だ。
「あ…………その……………。」
怯える沙羅を見て甲冑の男は優しく微笑んだ。
「心配無い。何も取って喰おうって訳じゃあない。」
(…………………。)
何て穏やかな響き。その巨体と風貌からは想像も出来ない優しい声だ。未来映像で見た男は仮面を被っており素顔は見ていなかったが、仮面の下の素顔はそれほど怖さを感じない。しいて言えば額にある大きな十字傷。痛々しいほどの十字の傷が男が只者ではない事を物語っているようだった。
「隊長、その女は敵兵じゃないのか?大五光帝国の軍服だぜ?」
すると、男の後ろから声が聞こえた。よく見ると男の後ろには数十人の『セシリア共和国』の兵士と思われる男達が待機している。
(まずい………。よりによって敵軍の兵士に見つかるとは…………。)
「ふむ。」
隊長と呼ばれた甲冑の男がまじまじと沙羅の顔を見る。同時に沙羅も男の事を改めて観察する。
何とも変な男だ。その身長は優に3メートルを越えており人間とは思えない。何より不可解なのはその甲冑だ。近代戦闘に於いて兵士の多くは迷彩服と呼ばれる軍服や制服を来ている。動きが重くなる甲冑などライフルによる狙撃の的になるだけだ。時代錯誤も甚だしい。
しかし………。
沙羅は昨日見た『未来予知』の映像を思い出した。この男にはライフルの銃弾は通じない。その漆黒の鎧が全ての弾丸を弾き返し、巨漢とは思えない速さで帝国軍の兵士達を次々と斬り殺して行く。
斬る………。近代戦闘では有りえない戦闘様式。
「女…………。脱走兵か?」
「え…………?」
「帝国の軍人で女など珍しい。しかも若い少女と来たもんだ。何か事情が有りそうだな。」
「あ、その………。」
「おい!キラ!」
「へーい。」
「この女を保護しろ。丁重に扱え。そして上部には報告するな。」
「え?」
この男は何を言っているのだろう。敵国の兵士を殺さずに丁重に扱えなど帝国では考えられない。
「隊長、良いんですか?上層部に報告もせず。」
キラと呼ばれた男が甲冑の男に確認する。
「なに構わんさ。軍規違反なら山ほどある。今更、大した事ではない。」
「はは……。ごもっともで。」
その後、沙羅は護衛の兵士に連れられ『セシリア共和国』の街中にある建物へと案内された。一方、甲冑の男は帝国軍との戦争へと向かう。たったあれだけの兵士で2万人もの帝国軍とどう戦ったのか。その報告を受けたのは戦争が終わって三日後の事であった。
「挨拶が遅くなったな。」
男の名前はジョー・ライデンと言う。
戦地から戻ったジョー・ライデンは沙羅の前に手を差し出した。握手のつもりだろうが何とも大きな手だ。
「はは、大丈夫さ。こう見えて隊長は仲間には優しいんだ。」
キラが笑いながら口を挟む。
「仲間…………?」
沙羅は恐る恐るジョーの手を握る。
「俺達は共和国軍の中でもはみ出し者だ。移民も多い傭兵部隊みたいなもんさ。」
「移民………。ジョーさんは共和国の人間では無いのですか?」
沙羅が尋ねると、ジョーはにこりと笑顔を見せる。その風貌からは想像も出来ない笑顔だ。
「ここ『セシリア』の大統領は太っ腹でな。国籍に関係なく誰でも受け入れちまう。俺のようなロザリアの化け物でもな。」
「ロザリア…………。」
かつて大陸の北部にある国々を支配し、戦慄と恐怖の象徴として大陸中の人々から恐れられた少数民族『ロザリア人』。施設で育った沙羅でもその名前くらいは知っている。『ロザリア人』の歴史は長い大陸史の中でも、最も華々しくそして悲惨な物語の一つだ。
今からおよそ200年前、新たに開発された銃火器などの新兵器は、それまでの戦争の仕方を一変させた。剣と剣で戦う戦闘様式は次第に影を潜めライフル銃による遠距離攻撃が一般的となる。ロザリア人にとって、この新兵器は致命的な弱点となった。
その巨漢はライフル銃の格好の的となり、少数民族ゆえの絶対数の少なさが戦闘には不利に働く。人数に勝る近隣諸国がロザリア人の帝国に反旗を翻したのだ。戦争が始まって間もなくしてロザリア人の帝国は滅んだ。強過ぎたロザリア人は必要以上に恐れられ、そして嫌われていたのだ。
「それまでの悪行が祟ったのだろう。自業自得さ。」
ジョーは笑いながらそんな事を言う。
しかし、ロザリア人の悲劇は帝国が滅んだだけでは済まない。大陸中の人間から忌み嫌われる存在であったロザリア人は、もはや人間として生きる事すら許され無かった。
『居たぞ!ロザリア人だ!』
『化け物は殺せ!!』
ガレリア暦900年を過ぎた頃には、ロザリア人は既に人間としての価値は認められず亜人の分類に認定された。すなわち人の法では護られない人外の存在。ロザリア人を殺しても殺人の罪には問われない、家畜以下の存在となった。
「ここセシリア共和国は、特別でね。」
ジョー・ライデンは言う。
「俺のような者でも軍隊の隊長を任せられる。この国で俺は人間としての尊厳を取り戻したんだ。」
だから俺は共和国の為に戦う事を決めた。
美しい満月の月明かりを背に、漆黒の鎧を纏った男が帝国軍が拠点を構える郊外にある街に現れたのは3日前の深夜の事だ。顔面を覆う仮面から男の表情は見て取れない。
スラリ
男の武器は巨大な大剣であった。鉄砲が発明されライフルが製造される現代に於いて剣で戦う兵士など存在しない。
「我が名はジョー・ライデン。古代より伝わる伝説の神々『北方十二神』の末裔であり、ロザリアの王の血族である!!」
ざわざわ!
かつて大陸の北部を支配した北方民族がいた。その巨漢は大陸熊よりも大きく、そのスピードは大陸虎よりも速い。少数民族でありながら、北方の国々を瞬く間に壊滅させ一大帝国を作り上げた伝説の民族『ロザリア人』。確か、『ロザリア人』が崇拝していた神の名が『北方十二神』だ。
「何だあいつは………でかい!」
「ロザリア人だと!生き残りが居たのか!?」
「奇襲とは小賢しい!」
「恐れる事は無い!迎え撃て!」
ズダーン!
ズダーン!
バシュ!
キィーン!
「!」「!」「!」
「な!?」
「おい!何をしている!狙い撃て!」
「撃ってますよ!」
「うわぁ!接近して来るぞ!」
クンッ!
グワンッ!
バシュッ!
「ぐわぁぁぁ!!」「ぎゃあぁぁぁ!!」
見張りの兵士達は戦慄した。なぜなら、こんな戦闘は経験が無い。近代戦闘に慣れた兵士達にとって剣での接近戦などどう対応したら良いのか分からない。
「敵襲だ!!」
「至急、司令官に報告を!」
「全員を叩き起こせ!!」
ザッザッザッ!
兵士の1人が総司令官が待機する軍本部のある民家へ駆け込んだのは深夜の2時を過ぎた頃であった。総司令官の二階堂は、慌てる兵士をなだめ戦況の報告を聞く。
「敵軍の数は数十名だと?」
「銃弾が効かない?寝ぼけているのか。」
司令官以下、幹部達は兵士の報告を聞いて笑いだした。
「総司令官殿!本当なんです!」
「いい加減にしろ!さっさと配置に戻れ!」
ドガッ!
バキバキバキッ!
「!」「!」「!」
次の瞬間、民家の壁が蹴破られ巨漢の男が現れた。
「な、な…………貴様、誰だ!」
「お前が大将か…………。」
シャキィーン!
「!」
ズバッ!!
それは見事な太刀筋で、二階堂は悲鳴を上げる事すら出来ず絶命したと言う。その場にいた帝国軍の幹部は8人。ジョーは、全ての幹部の首を斬り跳ねた上で帝国軍の無線機を手に取った。
「あぁ、こちら帝国軍の本部。総司令官以下全ての幹部は敵襲に合い討ち死にした。繰り返す…………。」
ザワ
「よって我が軍は国境線まで撤退し、作戦を立て直す事とする!これは本国……、皇帝陛下の命令である!至急撤退せよ!!」
ヒューン
ズダーン!
直後に黄色く光る閃光が天空へと放たれた。
「良し!成功だ!」
「全軍出撃だ!!」
副隊長のキラ・カーマンシーは共和国軍の全軍へ指示を出す。近くの山岳部に潜んでいた共和国軍の数はおよそ5000人。帝国軍1万9000人と比べれば明らかに物足りない。しかし、混乱する帝国軍など恐るに足りぬ。国境線まで無傷で辿り着いた帝国軍兵士の数は3000人を割っていたと言われている。
大五光帝国の進軍で始まったセシリア共和国との最初の戦争は、こうしてセシリア共和国側が帝国軍を押し戻し実質的な勝利で幕を閉じた。
「栗原 沙羅か………。良い名だ。」
ジョー・ライデンは告げる。
「帰る場所が無いならここに居ろ。移民の1人や二人が増えたとて何ら影響は無い。」
ガレリア暦1083年7月24日
こうして、大五光帝国の研究施設で育てられた17歳の少女 栗原 沙羅は、ジョー・ライデンとの運命の出会いを経て『セシリア共和国』の国籍を取得した。
戦時中の敵対する両国の間で、移民が認められたのは極めて異例の出来事であったと言う。
【③ナボスの戦い】
うずく………。
戦場を掛け巡るほどに、額に刻み込まれた刻印が我が体内を侵食して行く。
それは呪われた刻印。
『魔女の刻印』なのだから。
大五光帝国のアッシリアス王国侵攻により始まった帝国と周辺7ヶ国との戦争を大陸の人々は『大陸南部大戦』と呼んだ。約三年間に渡ったこの戦争は帝国側有利に進み対抗した多くの国々は領土の一部を失う事となる。
しかし、語らねばなるまい。帝国が結んだ停戦条約、実質的に終戦へと繋がった7ヶ国同盟との条約は決して帝国側が望むものでは無かった。事実、条約が結ばれたガレリア暦1086年11月11日の1ヶ月前までは大五光帝国は戦争継続の気運に溢れていた。
これは、大戦末期に行われた戦闘の記録。
ガレリア暦1086年10月21日、大五光帝国の大戦最大の作戦、『セシリア共和国』の壊滅を目的とする『閃光作戦』が遂に始まったのである。
「セシリア共和国か………。思えば3年前。セシリアの首都セルカ陥落寸前まで追い詰めた作戦の失敗が全ての過ち。」
大五光帝国では、戦争が長引いた最大の原因はセシリア共和国にあると思われていた。
「セシリアさえ居なければ7ヶ国同盟も実現する事は無かった。」
「まぁ、そう言うな。今回の作戦には各部隊のエース級を投入する。」
「ほぉ?と申しますと………。」
最前線の部隊を3つに分けて同時に進軍を開始する。
「右に陸軍少将 近衛 誠吾。左に陸軍大佐 我王 死愚魔。中央からは、陸軍大佐 陣 義経。彼等3人に指揮を取らせるつもりだ。」
「なに?」
「我王に陣………。研究所出身の能力者か。」
「2人とも大佐に昇格したばかりだろう。大丈夫なのか?」
「実力は折り紙付きです。2人とも各戦線で驚異的な成果を上げています。特に陣、性格に難がある我王と違い人望も厚い。この作戦の鍵を握る最前線の中央突破、これを任せられるのは陣しか居ないと判断しました。」
ガレリア暦1086年10月23日
セシリア共和国前線基地『ナボス』
かつて20万人の人口を誇っていた『ナボス』は、3年前の大五光帝国の侵略により廃墟と化した。多くの住民は首都『セルカ』や他の中核都市へ転居し現在は登録上の住民は居ない。
「問題はここ『ナボス』だ………。」
陣 義経大佐は、『ナボス』を見晴らせる丘の上に拠点を構えていた。
「『ナボス』を素通りし首都『セルカ』を目指せば挟み撃ちになる。前回の作戦はそれで失敗したと聞く。」
「廃墟となった建物に隠れているセシリア兵の数は不明。推定では1万とも2万とも言われています。」
「ふむ。何れにしても背後を取られるのは不味いな…………。」
「奴等、建物の内部から狙撃して来ます。我々が誇る騎馬隊の機動力も役に立ちません。」
「狙撃か………。奴等のライフルは旧式だろう?射程距離はせいぜい200メートル。帝国製のライフルの射程は300メートルを越えている。撃ち合いならこちらに分があるはずだが。」
「陣大佐、『ナボス』の街は入り組んでおり道幅も狭いのです。射程距離はあまり意味が有りません。」
「なるほど………。」
確かに厄介だな、と陣は思った。連戦連勝を続ける帝国軍の中で、対セシリア共和国戦だけは上手く行かない。大戦の最中に5度の進攻を試みて全て失敗している。
(流石に今回の作戦を失敗したら帝国軍の士気にも影響するか………。大役だな。)
他にも陣には失敗を許されない理由があった。それは陣 義経が能力開発研究所の出身者だからだ。前皇帝陛下の肝入りで始まった能力開発には莫大な国家予算が投入されている。この戦時中に多くの予算を費やす研究所の評判はすこぶる悪い。
(まぁ、超能力など胡散臭いにも程があるからな………。)
陣は自嘲気味に笑う。
それでも、大戦初期と比べれば能力者の評価は随分と変わった。それは陣と我王の活躍によってである。研究所の評価でSランクを獲得した2人はすぐに最前戦へ投入された。陣の戦場は主に北部戦線。仇敵でもある『プロメテウス連邦』との戦争では3度参戦しその全てに勝利した。
「大佐、どうしましょうか?」
「ん?あぁ、すまん。」
考えられる方法は一つ。少し古典的ではあるが…………。
「火を放て。」
「火……ですか?」
「民間人は居ないのであろう?それなら大陸条約にも違反しない。煙に巻かれた敵兵は建物の外へ出るしか無かろう。そこを狙い撃て!」
「はっ!」
火計、古来より行われている典型的な戦法だが、ゲリラ相手には効果的だろう。
(後で『サファリス教団』から非難を浴びる可能性はあるが、それは戦後に考えれば良い。)
陣は そんな事を考えながら敵兵が炙り出されるのを待つ事にした。
ボワッ!
ボボボボボッ!
火の手は瞬く間に広がり『ナボス』の街全体が炎に包まれる。轟々(ごおごお)と燃え盛る炎は、この世の行く末を暗示しているようであった。
ボォ!
ボボボボボボボボ…………。
「………………。」
そして、30分が経過した。
(おかしい……………。)
敵兵が出て来るどころか悲鳴一つ聞こえない。
(もぬけの殻?奴等『ナボス』を捨てて『セルカ』防衛に全兵力を注入したか。)
ボボボボボボ…………。
「大佐、いかが致しましょうか。」
「敵は我々に恐れを為した様だ。先を急ぐぞ。」
「はっ!」
陣大佐率いる大五光帝国の部隊は『ナボス』を素通りしセシリア共和国の首都『セルカ』を目指す事にした。まだ消えぬ炎を見ながら兵士達は先を急ぐ。
第一関門である『ナボス』攻略を終え兵士達の緊張の糸が途切れた時。
ズダーン!
銃声が聞こえた。
「何事だ!」
「敵襲です!炎に焼かれた建物の中から銃弾が!」
「何だと!!」
(まさか、炎の中で我々の隙を狙っていた?もう何十分も経つぞ………。)
ズダーン!
ズダーン!
「ぐわっ!」
「どわぁぁ!」
(ちっ!)
「騎馬隊を除く全軍に命令する!突撃せよ!敵兵は建物の内部に潜んでいる!!探し出せ!!」
「大佐!建物は燃えています!その中へ突撃するつもりですか!」
「それは敵兵とて同じ条件だ!臆するな!」
「はっ!」
まさに前代未聞。大五光帝国軍とセシリア共和国軍との戦闘は火中での戦闘となる。
バタバタ!
「良し!行くぞ!気を付けろ!」
バンッ!
ボボボボボボッ!
「くっ!敵はどこだ!」
「見当たりません!」
「くそっ!他の建物だ!急げ!」
ズダーン!
ズダーン!
「ぐほっ!」
「な!?」
何が起きているのか。いくら探索してもセシリア軍の兵士は見つからない。それでいて敵の銃撃により仲間の兵士達が死んでいく。
(考えろ………。何か裏がある。)
ボワッ!
ボボボボボッ!
ズターン!
ズターン!
「!」
「地下だ!セシリア兵は地下に塹壕を作って隠れているぞ!!」
「何だと!」
「くっ!生意気な!探せ!地下へ繋がる通路を徹底的に探し出せ!!」
陣 義経にとって、それはかつて経験した事の無い戦闘となった。いや、陣だけでは無い。大五光帝国の兵士達もこのような戦闘は経験が無い。
ズダーン!
「うわっ!」
ズダーン!
「ぐぉ!」
戦場から聞こえる悲鳴と炎の熱気が陣の冷静な判断を奪って行く。
「地下に潜む人数には限りがある!それほど多くは無い!押し切れるぞ!」
ズダーン!
ズダーン!
「!」
「隊長!敵襲です!」
「なに!!どこだ!!」
「側面東方向より敵の部隊が襲って来ました!数にしておよそ500人!!」
「ちっ!伏兵か!騎馬隊出撃せよ!!」
「はっ!」
500人程度の兵力なら恐れる必要は無い。大五光帝国が誇る騎馬隊を持ってすれば数分で片が付く。
ヒヒィーン!
ヒヒィーン!
「!」
「どうした!」
「大佐!湿地帯です!前へ進めません!!」
「ちっ!」
ズダーン!
ズダーン!
(馬鹿な…………。)
まるで射撃の的のように、騎馬隊の兵士達が次々と倒れて行く。ここまでの戦況は完全にセシリア軍が支配していた。
(どう言う事だ………。)
何から何までおかしい。そもそも塹壕を掘って隠れるなど通常の戦闘では有りえない。まるで我々が街に火を放つのを知っていたかのようだ。伏兵の配置もおかしい。伏兵を迎え撃つのが騎馬隊なのが分かっていたかのような配置。そして湿地帯の位置。
(まさか『未来予知』)
陣は、かつて研究所の仲間であった1人の少女の事を思い出した。栗原 沙羅の能力があれば、我が軍の戦略を見破る事が出来るかもしれない。
(いや………冷静になれ。)
沙羅は大戦初期の戦闘で命を落とした。生きていたとしても敵国であるセシリア軍に加勢するはずもない。
(偶然か……、もしくは、恐ろしく頭の切れる奴が敵軍に居る…………。)
セシリア共和国軍にいる指揮官と言えば。
ロザリア人の兵士『漆黒の悪魔』。
大戦が始まってから幾度となく帝国軍を苦しめて来たセシリア軍の兵士。
(読めた……………。)
陣は、近くに居た兵士より手榴弾を受け取ると、右手に持つ帝国製のライフルを握りしめた。
(奴の次の行動は一つしかない。)
数的有利を誇る帝国軍がセシリア軍に勝てないのは、指揮官を狙われるからだ。初戦で敗退した時もそうだ。セシリア共和国の首都『セルカ』を目前にしながら帝国軍が敗走したのは、当時の指揮官であった総司令官が『漆黒の悪魔』に殺されたからだと聞く。
ならば……………。
(奴の狙いは、この軍隊を統率する俺だ!)
ドーン!!
「!」
「我が名はジョー・ライデン!お前が帝国軍の指揮官か!」
ざわっ!
たった1人………。
突如として目の前に現れたのは、予想通りの男。
(たった1人で俺の首を狙いに来るとはいい度胸だ………。)
噂に聞く『漆黒の悪魔』は全身を真っ黒い鎧で覆われていた。その身長は3メートルを越え右手には巨大な剣が握られている。
距離にして30メートル。
この距離からライフルを撃ち込んでも奴は死なない。どんな素材で造られているのか、あの鎧は弾丸を弾き返す。
「化け物が…………。」
陣はそう吐き捨てると、ライフルの銃口をジョー・ライデンへと向けた。
(噂が本当なら、奴はこの距離を瞬時に詰める。)
ズサッ!
陣の周りに居た兵士達も一斉に銃を構える。大五光帝国の多くの兵士は『ロザリア人』を見るのは始めてだが『漆黒の悪魔』の噂は聞いている。
おそらく、この一戦が戦況を左右する。
ここで陣が負けるような事があれば帝国軍は瓦礫の如く崩壊へ向かう。大五光帝国は、またしてもセシリア共和国に敗れる事となるだろう。
「行くぞ!!」
ビュン!!
「!!」
先に動いたのはジョー・ライデン。巨漢の男が猛烈な勢いで走り出した。
ズダーン!
ズダーン!
味方の兵士が一斉に射撃をするもジョー・ライデンには当たらない。
予想以上のスピードだ。
グワンッ!
持ち上げられた大剣が雷電の如く速度で陣の首元を狙う。
これは予想通り!
『漆黒の悪魔』
奴を倒す方法は2つ。
超至近距離からのゼロ距離射撃。流石の黒い装甲もゼロ距離なら破壊出来るはずだ。そして、もう一つは手榴弾。手榴弾の爆発で死なない奴は居ない。
(確かにここまでは完敗だ。)
陣は素直に負けを認める。
戦力に勝る帝国軍が苦戦を強いられたのは、戦略による差だろう。火計は見破られ、騎馬隊の機動力も封じられた。
しかし
(最後の最後に勝つのは俺だ!)
『漆黒の悪魔』を殺せば、戦況は逆転する。今回の戦だけではない。大五光帝国とセシリア共和国との戦況が変わる。それ程の強敵!!
グワッ!
『瞬間移動』!!
「!!」
陣の身体が消える瞬間、ジョー・ライデンの瞳が大きく見開かれた。そりゃあそうだろう。
陣 義経の能力は『瞬間移動』。能力開発研究所でのランクはS級。第一世代では3人しか居ない最高能力者の1人。
「施設の人間以外の者で俺の能力を知っている奴は居ない。」
背後に現れた陣は、ライフルの銃口をジョー・ライデンの背中に押し当てた。
「なぜなら、俺の能力を見た人間は全て死んだからな。」
「!!」
「遅い!!」
ズダーン!!
「ぐぉ!」
ゼロ距離射撃。
漆黒の鎧をブチ破りライフルの弾丸はジョーの背中に撃ち込まれた。
ピンッ!
次に陣は手榴弾のピンを外しジョーの前に放り投げる。
「さらばだ『漆黒の悪魔』。」
シュン!
ドッガーン!!
爆発の寸前に瞬間移動で距離を取った陣は背後から聞こえる爆発音を確認して静かに目を閉じる。
(終わった……………。)
「やったぁ!」
「『漆黒の悪魔』を倒したぞ!」
「大佐!今のが例の研究所の能力ですか!?」
「す、すげぇ!」
「これが、超能力…………。」
仲間達の喜びと驚きに満ちた声が聞こえて来る。陣はゆっくりと目を開けて、ぐるりと辺りを見回した。
(………………7.8.9人。)
帝国軍の兵士達の大半は、燃え盛る街中で戦闘を継続している。残った騎馬隊も湿地帯で孤軍奮闘している最中だろう。
「9人程度で良かった。」
スチャ
陣はライフルの銃口を仲間の兵士達へ向ける。
「……………大佐。どうしたんです?」
「聞いて無かったのか?俺の能力を見た者は生かしては置けないと。」
「!!」
ズダーン!
「大佐!何を!!」
ズダーン!
ズダーン!
「うわぁ!」
「助けて!」
ズダーン!
「ひぃい!!気でも違ったか!!」
「『瞬間移動』!!」
シュン!!
ズダーン!ズダーン!
ズダーン!ズダーン!ズダーン!
「ふ…………。」
目の前に転がる仲間達の死体を見て陣は笑う。
「俺の能力をバラす訳には行かない。施設の人間ですら俺の能力を知っている奴は殆ど居ない。」
軍の上層部ですら知らない機密事項を、一般兵に知られる訳には行かない。
「さてと……………。」
敵の指揮官である『漆黒の悪魔』は倒した。戦況は予断を許さないが『漆黒の悪魔』を殺しただけでも戦果としては申し分無い。
「最低限の任務は果たしたと言った所か………。」
ズバッ!!
その時
陣のライフルを握っていた右腕が空中へと投げ出された。
「ぐわぁあぁぁぁぁ!!」
かつて経験した事の無い激痛が右腕に走る。そして、振り向いた陣が見たのは人間とは思えない程の巨漢の男、ジョー・ライデン。
「お前!なぜ生きてる!!」
確かにライフルの弾丸は奴の背中に撃ち込んだはずだ。そして、手榴弾も。
ボワッ…………。
(十字傷………………。)
見るとジョー・ライデンの額にある十字傷が不気味な光を発していた。まるで呪われた血色の光だ。
ゾクゾク
悪寒が走った。右腕を斬り落とされた痛みも忘れる程の恐怖。
(こいつは不味い!)
ブワッ!
大剣が振り上げられ、そして振り下ろされる。
シュン!
バシュッ!
ドバッ!!
ゴゴゴゴゴォ……………。
地面を叩き付けた衝撃で大気が震え、土煙が舞い上がった。
「………………。」
しかし、そこには陣 義経の姿は無かった。
(能力で逃げたか……………。)
ジョー・ライデンは大きく深呼吸をしてから、近くに落ちていた仮面を拾い上げるが漆黒の仮面はパラパラと地面へと崩れ落ちた。手榴弾の爆破で仮面は既に使い物にならなくなっていた。
「隊長!」「ジョーさん!」
「キラ、沙羅…………。」
そこに駆け付けたのはジョーが率いる共和国軍の兵士達だ。
「やりましたね隊長!」
「ジョーさん、大丈夫ですか!」
今回の戦闘は流石のジョー・ライデンも無傷とは行かなかった。手榴弾の直撃を受ければ普通の人間なら即死だ。
「何とかな………。作戦が上手くいったのは沙羅のお蔭だ。」
そう言ってジョーは、沙羅の頭に巨大な手の平を乗せる。
「キラ………。戦闘は終わって居ない。ここからが本番だ。」
「あぁ。」
「塹壕に隠れている兵士など殆ど居ない事はすぐにバレる。奴等が火中から出て来た所を狙い撃ちにする!」
「任せとけ!全て予定通りだ!」
ガレリア暦1086年10月23日
大戦末期に行われた大五光帝国とセシリア共和国との『ナボスの戦い』は共和国軍の勝利で幕を閉じた。同時進行していた大五光帝国の左右の部隊は中央戦線の敗北が決まったと同時に撤退を開始。
翌月、1086年11月11日、帝国は7ヶ国同盟の停戦条約を受け入れ約三年に渡って行われた『大陸南部大戦』は終結する。
【④聖女】
空にまで届きそうな高い山
どこまでも続く広い海
見た事もない景色や世界中の人々を
私は見てみたい。
遥か太古の昔
この世界を創造したと言われる一人の神がいた。神は叡智を超越した力で海を創り、大地を創り、そして人間を創った。こうして人間と人間が住む事の出来る大陸が出来上がった。
「それが、我々の住む『ガレリア大陸』なのじゃよ。」
実に長い年月の間、人類は少しづつ成長していった。そして、長らく人類の成長を見守っていた神はこの世界を離れる事を決意する。神としては他の世界を創造する仕事があったのかもしれない。しかし、このまま神が居なくなればこの世界は荒廃するであろう。
人類の行く末を案じた神は一つの書物を人類に書き残す。
「書物?」
「そう書物じゃ。」
まだ5歳になったばかりのレイナに、老婆は諭すように語り掛ける。
その書物の名は………。
『万物の書』と言う。
万物の書には、神が持つ超常現象を起こす摂理が記されていた。島を浮かせ、山を砕き、川を創る。炎を撒き散らし、大地を凍てつかせ、落雷を引き起こす。とても人間の叡智では計り知れない超越した力。人類はその力を、時に『聖なる力』と呼び、時に『魔法』と呼んだ。
それから更に何千年の年月が流れた。
大陸より遥か東方、人が近付く事も出来ない無人の島『黒紫島』に人類が降り立ったのは実に500年振りの事である。
降り立ったのは2人の姉妹。
「アイリス………。準備は出来ていますね。」
そう告げるのは海色の衣を羽織った若干16歳の少女サファリスだ。その瞳は深海の如く青く澄み渡り、彼女に見つめられたなら、どんな悪人でも心を悔い改めるであろう。
「姉さん。なぜ私達が戦わねばならないのでしょう。」
答えたのは双子の妹のアイリス。姉とは対象的な薄紅色の衣を羽織った同じく16歳の少女である。その瞳に宿す炎は、凍てついた人間の心を溶かし誰もが彼女に心を開くに違いない。
2人の少女は特別な存在であり、だからこそ戦わねばならなかった。それが一族の掟であり双子として産まれた少女達の運命なのだから。
ドッカーン!
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!
サファリスは近くにあった巨大な岩山を砕くと空中に浮遊する巨大な岩石を武器とした。
「はあぁぁぁ!」
ドドドドドドッ!
物凄い数の岩石がアイリスを目掛けて飛んで行く。とても人の力とは思えぬ正に神業。
「万物を創造する灼熱のマグマよ!我が身を護りたまえ!!」
ビキィ!
ビキビキビキィ!
ドバッ!
ドゴゴゴゴゴゴゴッ!
次の瞬間、広大な大地に亀裂が走り灼熱のマグマが地表へと噴き出した。摂氏10000℃を越える特殊なマグマは空中を飛び交う岩石を一瞬で蒸発させる。
「姉さん!」
全ての岩石を蒸発させたアイリスはサファリスの姿が消えた事に気付いた。岩石は目くらましに過ぎない。
ピキィーン!!
「!!」
(上だ!)
咄嗟に上空を見上げたアイリスが見たのは、天空を覆い尽くす程の氷の塊であった。
「アイリス………。運命を受け入れるのです。私達の2人が共に生きる事は許されません。」
「しかし!」
「何百何千年もの長きに渡り、私達の一族は神の血を受け継いで来ました。一子相伝による秘術によって最初に産まれた女の赤子のみが神の力を受け継ぐ事が出来る。」
双子の姉妹が産まれたのが悲劇の始まり。
「知っているでしょうアイリス。今より500年前にも、同じく双子の姉妹が産まれました。」
人々はそれぞれが信じる姉妹に付き人類は真っ二つに別れて戦争が始まった。500年前に人類は滅亡の危機に瀕した。
「私達が共に成長すれば、やがて人類は対立します。再び人類は滅亡の危機に瀕するでしょう。」
「姉さん…………。」
アイリスの薄紅色の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。一族が出した結論は実に明瞭であった。双子の姉妹を戦わせ生き残った子供が神の力を継承する。世界を支配する力を………。
500年前、同じく黒紫島で行われた双子の姉妹による決闘は7日7晩続き遂に決着が付いた。
「その勝者である直系の子孫こそが、私達姉妹。」
ブワッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!
ピキィーン!
ピキピキ!
バシュバシュバシュ!
巨大な氷の塊から産まれた幾千もの氷の刃がアイリスを目掛けて解き放たれる。
「分かりました。ならば私も死力を尽して戦いましょう。」
アイリスは全神経を集中し『万物の書』に記された究極奥義を詠唱する。
『万物の始まりにして、全てを焼き尽くす灼熱のマグマよ!!』
ドバッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ………。
サファリスも奥義を詠唱する。
『万物の終わりにして、全てを凍て尽くす極寒の世界よ。』
ピキィーン!
ピキピキピキィーン!!
そして、2人の力が同時に放たれた。
サファリスとアイリスの2人の姉妹の物語は、遥か太古から語り継がれる神話の1つだ。幼い少女レイナは、祖母の話を熱心に聞いていた。
ガレリア暦1085年10月23日
大陸中央に位置する都市国家『サファリス』
更にその中心部にそびえ立つ大聖堂には連日のように行列が出来ていた。
「聖女様………。どうか私の妻の病をお治し下さい。」
「子供が大怪我をして………どうかお助け下さい。」
「我が子が戦争で負傷しまして。何とか成りませんか。」
この世界に存在する巨大な大陸。現在では多くの人々がこの大陸の事をガレリア大陸と呼ぶ。
それには理由がある。大陸の実に8割以上の人間が信仰する宗教『サファリス教』の創始者『サファリス・アルファ・ガレリア』から大陸の名前が付けられた。サファリス教団の信徒は大陸で数億人にも及び50を越える国が正式な宗教として国教に定めている。
その権力は絶大であり、大陸のどの国家よりも強い影響力を持つと言われている。
「最近は聖女様の力を頼る民が多いですな。」
司教の一人がため息混じりに呟いた。
「これも『大陸南部大戦』の影響でしょう。戦争で負傷した兵士が連日のように大聖堂へ訪れる。」
『大陸南部大戦』
大陸南部にある大国『大五光帝国』が隣接するアッシリアス王国への進軍を始めて既に2年。すぐに戦争が終わるとの当初の予想は外れ、戦争は周囲の国々をも巻き込み戦火は広がる一方であった。
「大五光帝国には困ったものだ。」
サファリスを治める司教達は、教団の言う事を聞かない帝国に憂慮を抱いていた。
「時に大司教様、噂は本当ですかな。」
司教の一人が大司教に尋ねる。
「大五光帝国の兵士が妙な術を使ったと言う噂………。」
「物体浮遊術か…………。どうかの………。にわかには信じられんが………。」
歴史書によればサファリス教団の始祖で在られるサファリスが得意としていた術式の1つが『物体浮遊術』だと記されている。
「太古の昔ならいざ知らず、この現代に於いてそれほど高度な術式を扱える者が教団外部に居るとは思えんがの。」
「確かに………。何かの間違いでしょうか。」
「まぁ調査はして置こう。それより………。」
大司教が合図をすると、廊下に控えていた従者が室内へと足を入れた。
「侵入者の身元は分かったのかね。」
「はい大司教様。東地区の市街地にゴート共和国の旧王国軍が集結している様子。」
「王国軍か………。数はどのくらいかね。」
「はい。人数にして30名程度。それほど多く有りません。」
「ふむ。となると奴等の目的は…………。」
『聖女様の暗殺』
「困ったものだな。ゴート王国の革命に、我々は無関係だと言うのに、奴等はサファリス教団を目の仇にしておる。」
「30人程度なら問題ないでしょう。すぐに鎮圧部隊を向かわせます。」
「よろしい。あとは任せましたよ。」
聖都サファリス東地区
ザッ
ザッ
鎮圧部隊を指揮するのは、特別司教のロザリオ・G・バハナム。その衣装は他の司教とは違い青く染められている。
「あそこか…………。」
旧ゴート王国軍が隠れ住む古い屋敷を見つけると、ロザリオは配下の兵士達に号令を掛ける。
「聖女様の命を狙う不届き者は万死に値する。女神サファリスの名に於いて天の裁きを加えるが良い!!」
「おぉー!」
「聖女様!」
「サファリス様!」
「行け!我々には神の加護がある!」
ガッ!
ダダダッ!
鎮圧隊の兵士達の人数は50名。その全てが熱狂的なサファリス教団の信者で構成されている。
「敵襲だ!」
「教団の奴等だ!」
「怯むな!迎え撃て!」
ズダーン!
ズダーン!
激しい銃撃戦が始まった。
バシュッ!
「ぐわっ!」
ズダーン!
「ぐほっ!」
共に銃弾を浴び次々と負傷して行く兵士達。
しかし
「ダメです!教団の奴等!銃弾が当たっても向かって来ます!」
「くっ!狂人めが!」
サファリス教団の兵士達は、傷付く事も死ぬ事も恐れない。信仰こそが最大の武器。死をも恐れぬ兵士達を見て、恐怖を感じない人間は居ない。
「くっ!いくら何でもおかしいだろう!」
旧ゴート王国の突撃隊長を務めていたサイゴウ・ユーリは、迫り来る教団の兵士達を見て吐き捨てるように叫んだ。
右方向より向かって来る兵士は胸部に三発の銃弾が当たっている。正面少し左の兵士は頭を撃ち抜かれているはずだ…………。
(それなのに、なぜ動ける…………。)
「くそっ!」
ダッ!
サイゴウは右手に持つライフルを握りしめ建物から脱出。
ズダーン!
ズダーン!
「邪魔だぁ!」
ドガッ!バコッ!
飛び交う銃弾を掻い潜り、目の前に居た教団の兵士2人を蹴散らしたサイゴウは、一直線に敵の指揮官を目指す。
青い長髪に青い瞳。
特別司教 ロザリオ・G・バハナム。
(聖女と同じく、サファリスの血を受け継ぐ教団幹部の一人…………。)
「この世界を裏から操る悪魔共め!!」
大陸に無数に存在する国家の殆どはサファリス教団と深い繋がりがある。国民の大半が信者であり、国王や貴族、軍の幹部ですら教団信者が深く入り込んでいる。国家の重要な政策ですら、サファリス教団の意向に反する事は出来ない。
2年前…………。
ガレリア暦1083年4月25日
大陸南部にある大国『大五光帝国』が、アッシリアス王国と戦争を始めたのとほぼ同時期。
「サイゴウよ。よく聞け。」
「ゴート国王陛下…………。」
「もはや革命軍を止める事は出来ない。革命軍を操っているのはサファリス教団の信者達だ。」
「サファリス教団…………。」
「教団に逆らった私は死は免れない。しかし、お前は生きろ。残った兵士達を連れて国外へ脱出しろ。」
「しかし陛下!」
「『大五光帝国』へ行け。」
「『大五光帝国』………ですか?」
「この大陸でサファリス教団に対抗出来るとしたらあの帝国しか無い。」
「しかし、大五光帝国には良からぬ噂が跡を絶ちません………。」
「騙されるなサイゴウ。そもそもアッシリアス王国との戦争は、サファリス教団が仕掛けた戦争。」
「なんと…………。」
「教団の言う事を聞かぬ帝国を弱体化させるのが本来の目的。アッシリアスだけではない。教団の息の掛かったセシリア共和国、プロメテウス連邦、他の国々も帝国と戦争を始めるのは時間の問題だ。」
「陛下…………。」
「頼むサイゴウ。聖女と青い瞳の悪魔達。サファリスの血を絶やさねば、この世界は崩壊する。大五光帝国の兵士となり、教団を滅ぼしてくれ!」
あれから2年
ダッダッダッ!
サイゴウは走った。
目指すは敵の指揮官である、特別司教ロザリオ・G・バハナム。青い瞳を持つ悪魔。
(国王陛下、申し訳無い。)
サイゴウは2年前に処刑されたゴート国王に最後の別れを告げる。
(私はゴート国王軍の隊長です。大五光帝国には行けません。)
サイゴウが計画した聖女暗殺も失敗に終わった。残された兵士も殆どが殺された。サイゴウに出来る事はそう多くは無い。
(せめて青い瞳の悪魔を一人でも………。)
ロザリオと刺し違える事がサイゴウに出来る残された唯一の道。
(見えた!)
青い衣を纏った悪魔ロザリオ。
「うおぉぉぉお!死ね!悪魔ぁぁ!!」
ズダーン!
ズダーン!
「む…………。」
ロザリオは、ライフルを撃ちながら突撃して来るサイゴウを見つけると片手を上げて兵士達に命令する。
「撃て。」
ズダーン!
ズダーン!ズダーン!ズダーン!!
「ぐはっ!」
大量の血を吐いたサイゴウが地面に崩れ落ちる。
(く………。ここまでか…………。)
ゴート王国の最後の兵士サイゴウは死を覚悟した。足と腹部を撃たれ、もう動く事も出来ない。
(無念……………。)
と、その時…………
「何をしているのですか!」
声が聞こえた。若い女性……少女の声だ。
「銃声が聞こえたので駆け付けて見たら、酷い事に…………。」
(誰………だ……………。)
サイゴウが薄れいく意識の中で何とか目を開くと、目の前に一人の少女が立っていた。地面にまで届きそうな長く青い髪と、海のように透き通る深海色の瞳。
サファリスの血を引く者で青い瞳を持つ若い女性は一人しか居ない。女系による一子相伝。それがサファリス教団の古くからの掟。サファリスの正当なる後継者にして神の血を受け継ぐ『聖女』……。
レイナ・G・シャリオット…………。
(何で………聖女が…………ここに………………。)
それから一週間が経過した。
ガレリア暦1085年10月30日
聖都サファリスの中央地区の一角に建てられた牢獄に、サイゴウ・ユーリは捕えられていた。仲間の兵士が捕えられた形跡は無い。
サイゴウは、先日の戦闘で撃たれた足と腹部の傷口を見ながら思考を巡らせる。
(これが聖女の力……………。)
驚く事に銃弾の傷痕はすっかり消え失せ、今は痛みすら感じない。噂には聞いていたが聖女の『治癒の力』がこれほどとは、未だに信じられない。
コツン
コツン
コツン
そして、牢獄への階段を降りる足音。
「サイゴウさん………。」
「お前………本当に来たのか………。」
サイゴウの前に現れたのは、この国の最高司祭であり、女神サファリスの正統なる後継者、『聖女』レイナ・G・シャリオットその人であった。
「俺の傷を治してくれたのには感謝する。しかし、本当にいいのか?」
サイゴウが尋ねると、レイナは悪戯っぽく舌を出して微笑んだ。
「だって、教団の司教様やお兄様方に言っても許して貰えないもの。」
「だからと言って………。」
「私ね、聖都から出た事が一度も無いの。一度で良いから外の世界を見てみたいわ。」
世界には沢山の国があり、色々な人々が暮らしている。空にも届きそうな高い山や、どこまでも続く広い海。大陸中を自分の足で歩き自分の目で見てみたい。
「こんなこと、教団の人達に言ったら怒られるに決まっているわ。」
だから、とレイナは言う。
「私を連れて行って。」
「俺は敵だぞ。お前を殺す為にこの街へ来た。俺を牢から出せばお前を殺すかもしれない。」
この聖女、お人好しにも程がある。しかし、レイナはサイゴウの言葉など全く意に介さない様子でサイゴウに言う。
「サファリス様の瞳を見た者は、どんな悪人でも改心したと言われています。そして私はサファリス様の血を色濃く受け継いでいます。私の前ではどんな悪人も善人に生まれ変わるのです。」
ふふふと舌を出すレイナ。
どこまでが本音で、どこまでが冗談なのかサイゴウには見当も付かない。
「それにサイゴウさん。貴方は悪人では有りません。貴方には私を殺す事は出来ません。」
吸い込まれるような深く青い瞳がサイゴウに語り掛ける。不思議な少女だとサイゴウは思った。
その日、聖都サファリスの司教達は慌てたに違い無い。教団の最高司祭である聖女レイナが姿をくらましたのだから。
レイナが残した手紙には、こう書かれていた。
『お祖父様、お祖母様、お兄様、そして司教の皆様方、私は旅に出ます。心配は要りません。私は一人では有りません。サイゴウさんがお供をしてくれる事になりました。』
「な!なんと!」
「サイゴウだと!誰じゃその者は!?」
『それと1つ、母の形見である『万物の書』を持ち出す事をお許し下さい。』
「な、な、な!!」
「『万物の書』じゃと!?」
「門外不出の最高機密だぞ!」
『それでは皆様方、私の事は気にせずに、お身体を労って下さい。レイナより。』
「馬鹿な!聖女様が家出しおった!」
「探せ!今すぐ探し出せ!!」
慌てる司教達を横目に、ロザリオ・G・バハナムは既に諦め顔だ。
「大司教殿、妹を探す事は無理でしょう。」
「ロザリオ司教!?」
「妹が結界術を張れば誰にも探す事は出来ません。ましてや『万物の書』まで所持していてはお手上げです。」
「ぬぬぬ………何と言う事か。」
「大丈夫ですよ。妹はもう15歳。そして妹はこの私よりも強い。その辺の盗賊に襲われても簡単には殺され無いでしょう。」
「まだ15歳じゃ!なんと呑気な事を!」
「聖女様が誘拐されたと知られれば一大事。教団の威厳に関わりますぞ!」
「隠せ!聖女様が戻られるまで、聖女様の不在を隠し通すのじゃ!!」
こうして、サファリス教団の最高司祭にして聖女と呼ばれる少女レイナが行方不明になった事は、教団の最高機密として世間に公表される事は無かったと言う。
「おい!レイナ!そんなに急ぐと危ないぞ。」
「大丈夫ですよ、サイゴウさん♪」
♫♪
山道を歩く15歳の少女レイナは、楽しそうに鼻歌を歌っていた。
【⑤救出】
セシリア共和国 大統領官邸
ヒヒィーン!
大統領官邸の正面の門に巨大な馬が止まった。普通の馬の三倍はあろうかと言う程の巨大馬。大陸北部にしか棲息しないと言われる貴重な馬だ。
「ごくろう、ヒショウ。」
男は馬の労をねぎらうと、すぐに馬から降りて大統領官邸へと歩き出す。
「ジョー隊長殿、おはようございます。」
「おはようベルタさん。隊長は寄してくれ。もう戦争は終わった。」
門番の男に挨拶を済ませると、男は足早に官邸へと足を進める。朝から降り続く新雪には巨大な足跡が残されており、知らない人間が見れば雪男でも現れたのかと思うだろう。
男の名はジョー・ライデン
セシリア共和国陸軍の中将へ昇格してからまだ日は浅い。セシリア人でもない人間が陸軍中将に任命されるなど異例中の異例。先の大戦『大陸南部大戦』の功績により抜擢された形だ。
ジョーが向かう先はもちろん大統領の居る最上階、足早に階段を駆け登ったジョーは勢い良くドアを開いた。
「大統領!」
「!」
机で事務仕事をしていたローランドは、突然の来客を見て笑顔を見せた。
「やぁジョー。怖い顔をしてどうしたね。」
セシリア共和国第3代大統領ローランド・グッディの国民からの人気は絶大だ。先の大戦で7ヶ国同盟を実現し大五光帝国と実質的な終戦に持ち込んだ手腕は相当なものである。
「大統領!先日、私の部下が保護した民間人を帝国に引き渡すと言うのは本当か!!」
身長3メートルを越すジョーが凄味を効かせれば普通の人間なら失神するかもしれない。それ程のど迫力。ローランドは、やれやれと息を吐いてジョーに座るよう促した。
2人用のソファーもジョーが座ると窮屈なほど小さく見える。ローランドはジョーの向かいにあるソファーに腰を掛けゆっくりと口を開いた。
「ジョー、君の気持ちはよく分かる。君も移民だからね。セシリア共和国はどこの国の人間だろうと差別無く移民を受け入れて来た。」
「ならば!」
「怖いのだよ、国民も議会も………。」
「なに?」
「誰もが君のように強い訳じゃない。南部大戦では多くの人間が死んだだろう?もう戦争はしたくないと言うのが本音さ。」
「馬鹿な………。だからと言って帝国の言いなりになるのか!」
「あの2人は訳ありだ。引き渡しに応じなければ開戦も辞さないと帝国が伝えて来た。」
「なんだと………!」
御堂 剣17歳
遠坂 瑠衣15歳
先日、セシリア共和国と大五光帝国の国境沿いにある街で保護された民間人。ジョーの部下であるキラ・カーマンシーからの報告では国境を遮る分厚い壁が破壊されていたと聞く。
「やはり能力者か………。」
「おそらくね。しかし只の能力者じゃあ無い。帝国が戦争を覚悟してまで取り戻したい人物。少年か少女か或いは両方か………。」
「いいのか?あの2人は亡命者だ。帝国から逃げて来たのだぞ?そんな人間を帝国に引き渡す事が共和国の正義なのか?」
「仕方ないさ。」
大統領の決意は固い。それは無理も無い話であった。約3年間に渡った『大陸南部大戦』の被害は甚大だ。もう一度戦争をしたいなど誰も思わない。
「しかし大統領。このままではセシリア共和国は滅びるぞ。」
「……………ジョー。」
「なぜ帝国が停戦に応じたのか知らぬ訳ではあるまい。」
「…………。」
「話しただろう。大戦末期に俺が戦った能力者は瞬間移動の能力の持ち主だ。」
「流石だよジョー。そんな化け物に勝つとは畏れ入る。」
「茶化すな。俺が言いたい事は分かるだろう。この2年の間にも能力者は増産されている。帝国との戦力差は開く一方だ。次に戦争が起きれば共和国は勝てない。」
「分かっているさ。だからどうすれと?」
「うっ……………。」
そう聞かれると返す言葉が無い。セシリア共和国でさえ帝国に怯える状況なのだから、他の周辺国なら尚更だ。もう7ヶ国同盟すら結べないかもしれない。
「ジョー。今世界は変革の時を迎えている。」
ローランドは真剣な眼差しをジョーに向けた。
「………どう言う意味だ?」
ゴホンと咳をしたローランドがソファーから立ち上がると、ゆっくりと窓際へと移動する。窓から見える方角には大五光帝国がある。
「ジョー、大五光帝国の向こう側だ。」
「……………。」
「大陸中央にそびえ立つ大聖堂。行った事があるかね?」
「…………聖都サファリスか。俺のような人間が立ち寄れる場所じゃない。」
「ふむ。問題はそのサファリス教団なのだ。」
「何が………言いたい。」
大統領は振り返りジョーの顔をもう一度見る。
「ここセシリアは聖都から遠いせいか影響力は少ないが、大五光帝国より上の国々は教団の支配下にあると言っても良い。」
「…………。」
「プロメテウス連邦、マーシャル王国、ゾフィア王国、殆どの国の君主は教団の信者なのだよ。」
「それが、どうした。」
「大五光帝国はサファリス教団の支配下から脱しようとしている。」
「なに?」
ジョー・ライデンが知っている限りサファリス教団の力は絶大。世界は教団の力によって平和が保たれていると言っても良い。
(そのサファリス教団を敵に回すと?)
「我々セシリア共和国は大五光帝国に力を貸そうと思う。」
「!!」
そして大統領の次の言葉にジョーは言葉を失った。
「な…な…………。」
「大五光帝国は強くなる。サファリス教団を打ち負かし大陸の支配者となるだけの力を持つであろう。」
「馬鹿な!気でも違ったか大統領!」
「他に方法がない。帝国と教団が戦争になれば大陸中を巻き込む大戦争に発展する。その時に帝国と敵対して見ろ。帝国と隣接する我が国など一溜りも無い。我が国の後方には海しか無いのだ。逃げ場が無い。」
「それがどうした!」
「帝国が欲しいのは港だ。内陸国家の大五光帝国は何よりも港が欲しい。我が国の港を提供する。そして同盟を結ぶつもりだ。」
「馬鹿な…………。」
「これは賭けだ。サファリス教団が勝つか大五光帝国が勝つか…………。しかし教団に付けば最初に滅ぼされるのはセシリア共和国だ。それだけは間違い無い。」
「くっ……………。」
何も言い返せない。大統領はセシリア共和国の国民の為を思って判断している。一人や二人の亡命者ではなく、全国民の命を賭けた決断。
「だから帝国の引き渡しには応じなければならない。」
「…………。」
「建前上は逆らえ無いと言う事だ。」
「!」
(建前………?)
「引き渡しは3日後の正午、国境線の西にある大渓谷の橋の上で行う。」
「…………大統領。」
「お前が2人を助けるのは自由だ。それは共和国の意思では無く、ジョー、お前個人の問題だ。」
ローランド大統領。どこまでも憎めない奴だ。
「しかし分かっているなジョー。もしそうなればお前はセシリア共和国には居られなくなる。せっかく手に入れた安住の地を手放す事になるぞ。」
「ふ………。」
ジョー・ライデンは笑う。
「ロザリオ人の俺の居場所などこの大陸には元からねぇよ。」
「ジョー……………。」
「自分の居場所は自分で作るさ。しかし大統領、あんたには感謝している。大陸中の人間から忌み嫌われる俺を養ってくれたんだ。この恩は一生忘れねぇ。」
さらばだローランド
そしてセシリア共和国
ガレリア暦1089年1月20日
セシリア共和国の最北端、大五光帝国との西の国境線沿いにある大渓谷は実に300キロメートルもの長さを誇る。現在、両国を繋ぐ橋は1つ。他の橋は大戦中に全て破壊されて修復はされていない。渓谷以外の国境は大戦後に帝国が造った高い壁で塞がれており、両国を行き来出来る通路はこの橋しか存在しない。
ヒヒィーン
ジョー・ライデンは愛馬ヒショウに跨り引き渡しの場所を一望出来る岩山に待機していた。
(共和国側の人数は30人程度、帝国側は………多いな。)
橋の両側には既に両国の兵士が待機しており、引き渡しを待つばかりだ。共和国側に比べて帝国側の兵士の数は異常に多い。パッと見ただけでも数百人は居る。
(それほど警戒していると言う事か。)
そして、警戒しているのは共和国軍ではない。引き渡し対象となっている少年と少女の能力を警戒しているのだろう。
(国境沿いの分厚い壁をブチ壊した能力。少し興味があるな………。)
ジョーはそう思いながらも愛馬に鞭を入れた。百戦錬磨のジョーであるが、流石に数百人の帝国兵を1人で相手にする訳にも行かない。ジョーを護る漆黒の鎧は健在だが仮面は大戦末期の戦いで破壊された。ジョーのむき出しの顔面の額にある十字の傷が生々しく晒されている。
(あの橋を渡られたらお終いだ。その前に2人を助け出す。)
「行くぞ!ヒショウ!!」
ヒヒィーン!
巨大な愛馬の行軍速度は通常の軍馬の2倍を越える。物凄いスピードで橋に集結する共和国軍の待機場所を目指すジョー。
と、その時
ブワッ!
ブシュウ!
バラバラバラッ!
ドッシーン!
(な!橋が崩れ落ちた!?)
全くの予想外。両国を結ぶ巨大な橋の中央が燃え上がり、真っ二つに割れた橋が崖の底へと崩れ落ち手行く。
(大砲の音は聞こえなかった。何をした!?)
両国の兵士達が慌てた様子で騒ぎ出す。
(能力か!あの壁を破壊した能力なら橋を壊すなど容易い。)
しかし、浅はか過ぎる!
逃走を謀れば殺されるぞ!
30人とは言え共和国軍の兵士達はライフルを所持している。如何に巨大な能力があっても全ての兵士達を敵に回せば撃ち殺されるのは目に見えている。
「馬鹿が!急ぐぞヒショウ!!」
ヒヒィーン!
更に勢いを増した愛馬が目にも止まらぬスピードで峡谷沿いの岩山を駆け抜けた。ジョーが橋の袂に付くのに数分も掛からないだろう。
橋に近付くにつれ、ジョーは1つの疑念を覚える。
(おかしい………。銃声が全く聞こえない。)
逃げようとした所をすぐに捕まったのか。それとも…………。
「!」
まさか、とジョーは思う。
(まさか!共和国軍の兵士達が皆殺しにされた!?)
壁や橋を破壊する能力。能力によって共和国軍の兵士が一瞬にして破壊されたとしたら………。
(そこまで強い能力者なのか………。)
それは不味い。そんな事が起きれば2人を助ける事など出来ない。最悪ジョーは2人の能力者と戦う事になる。
パカラッ!
パカラッ!
パカラッ!
「ジョー隊長!!」
共和国軍の兵士の1人がジョーに気付いた。
(む!皆殺しにされた訳では無いのか!)
「どうした!」
ジョーが叫ぶと兵士は右手に持つライフルを前方に差し出した。
「大変です!ライフルが凍り付いて使い物にならなくなりました!」
「なに!?」
ライフルが凍り付く。通常では考えられない現象は明らかに異能の力。2人の少年少女のどちらかの能力だろう。
(破壊の力では無かったのか……!?)
壁と橋を壊した能力は、同一系統のものだろう。ならばライフルを凍らせた能力は別の力。
(少年と少女、2人とも能力者か!)
よく見ると共和国軍の兵士達の身体が凍り付きパニックを起こしている。しかし死者は居ない様子だ。
「くっ!どこだ!」
ジョーは辺りを見回した。
(如何に能力者でも2人だけで逃げ切る事は出来ない。)
大五光帝国のみならず、セシリア共和国をも敵に回せば逃げ切るのは不可能。周りの全てが敵の状態では為す術が無い。
どんなに強くても個人の力ではどうにもならない事がある。ロザリア人の子として産まれたジョー・ライデンには、それが痛いほど分かる。
「逃げたぞ!追え!」
「軍に連絡しろ!援軍を要請しろ!」
兵士達の叫び声が、2人の逃走経路を指し示す。
「あっちか!」
ジョーは愛馬の進行方向を反転させ2人の後を追い掛ける。
パカラッ!
パカラッ!
ヒショウの走る速度なら人間が走る速度に追い付くのは造作も無い事。すぐに2人を発見したジョーは大声で叫んだ。
「止まれ!俺はジョー・ライデン!お前達を助けに来た!!」
「!」
ぐるりと振り返ったのは少年の方だ。少年は両手を突き出すと神経を集中する。
(不味い!能力か!)
「『熱操作』!!」
「飛べヒショウ!!」
ヒヒィーン!
ジョーの愛馬ヒショウが大地を蹴り飛ばし飛翔する。
ジュワッ!
その直後、地面が真っ赤に染まりドロドロに溶け出した。
(な!溶かしただと!?あれが少年の能力!)
予想以上の能力だ。流石にアレを喰らえばジョー・ライデンも只では済まない。
(しかし、遅い!)
空中で愛馬から飛び降りたジョーは少年、ではなく少女の近くに着地する。
「瑠衣!!」
「動くな!!」
巨大な漆黒の大剣が少女の首元に当てられた。
「剣君………。」
「止めておけ。どれほどの能力があろうが、俺の大剣が首を落とす方が早い。」
「くっ…………。」
「それに俺はお前達を助けに来た。」
「…………なに?」
少年と少女は同時に驚いた顔をした。
スチャ!
ジョーは大剣を少女の首から離し、なるべく静かな口調で話し掛ける。
「キラ・カーマンシーは知ってるな。お前達を保護した共和国軍の兵士だ。」
「…………。」
「はい。キラさんの事は知っています。」
答えたのは少女の方だ。それで良い。
「俺の名はジョー・ライデン。キラの上官である。」
「ジョー………さん。貴方の話なら聞いています。キラさんが話していました。」
「漆黒の悪魔………。帝国の人間で『漆黒の悪魔』の事を知らない奴は居ないさ。研究所育ちの俺でも噂くらいは聞いている。」
「そうか………。それなら話は早い。」
ジョーはそう言うと愛馬ヒショウに跨った。
「乗れ!逃げるぞ!」
「え?」「はぁ?」
一様に驚きの表情を見せる少年と少女。
「言っただろう。俺はお前達を助けに来た。早くしなければ追手が来るぞ。」
「なに言ってんだアンタ。お前は共和国軍の兵士だろう!」
「それは3日前までの話だ。」
「な………に?」
「今の俺はロザリア人の兵士。北方十二神の末裔ジョー・ライデンである。」
「ロザリア人…………。」
かつて大陸を震撼させた伝説の一族。
「生き残りが居たのか…………。」
「失礼な奴だな。目の前に居るではないか。」
「剣君。」
「瑠衣………。」
「行きましょう。この人に付いて行きましょう。」
「しかし………。」
「ふん。少女の方が利口と見える。」
グィッ!
「きゃっ!」
ジョーは少女の腕を掴むと愛馬ヒショウの背中に乗せた。
「貴様!」
「何をしている少年。お前も乗れ!我が愛馬ヒショウは3人程度の人間を乗せたとてビクともせぬ。」
「剣君、今はこの人を信じましょう。キラさんや沙羅さんも悪い人では無かったわ。」
「瑠衣…………。」
御堂 剣は観念した様子でヒショウに歩み寄る。
「何が何だかサッパリ分からねぇが…………。」
グィ!
同じくジョーに腕を引っ張られ巨大な馬の上に引き上げられた。
「で、どうすんだよ。逃げるたって、どこに逃げるんだ?」
少年の言葉にジョーは苦笑する。
「お前達こそ、どこに逃げる気だったのだ?」
「ちっ!仕方ねぇだろ。あのままだと帝国へ逆戻りだ。」
「ふん。良かろう。行くぞヒショウ!」
ヒヒィーン!
「ここからなら西の国境線が近い。まずは隣国『テーゼル王国』を目指す。」
パカラッ!
パカラッ!
しばらく2人は無言だった。特に少女はかなり憔悴した様子だ。
(無理も無い…………。)
大五光帝国からセシリア共和国へと脱走し、今度はセシリア共和国に捕まり幽閉されていたのだ。馬の上では眠る事も出来まい。
ブルル
ブルルルルル
「おい!」
パカラッ!
パカラッ!
「おい!前からジープの音がする!追手じゃないのか!?」
剣が慌てた様子でジョーに忠告する。
「うむ。仕方がない奴らだ。」
「なに?」
目の前に現れたのは共和国軍のジープだ。しかし追手にしては人数が少ない。ジープに乗っているのは2人。
「キラさん………。沙羅さん。」
「え?」
声を出したのは瑠衣だ。よく見ると2人の兵士には見覚えがある。大五光帝国から脱走し能力を使い過ぎて倒れた俺を救護してくれた兵士達だ。
「隊長、俺達を置いてどこへ行く気ですか。」
キラ・カーマンシーが言う。
「ジョーさん。私の『未来予知』から逃れられるとお思いですか?」
栗原 沙羅が悪戯っぽい笑顔を見せた。
「お前達、分かっているのか?俺に付いて来ればお前達も共犯になる。帝国と共和国を敵に回す事になるぞ。」
するとキラと沙羅は顔を見合わせ一斉に吹き出した。
「何言ってんすか隊長。俺の上官は隊長だけっすよ。共和国なんて関係無いね。」
「私はジョーさんに助けられたのです。ジョーさんが居ない共和国には興味がありません。」
「お前達………。馬鹿な奴等だ………。」
「さぁ、もたもたして要られません。早く行きましょう!『テーゼル王国』へ!」
ブルン
ブルン
ブルルルルル
俺の名は御堂 剣。大五光帝国の能力開発研究所で育てられた。
自由を求めてセシリア共和国へ逃げ出したのは良いが、世の中は上手く行かないもので、結局はセシリア共和国の兵士に捕まってしまった。
危うく大五光帝国に引き渡される寸前に、俺と瑠衣はジョー・ライデンと出会う。ジョーは何とも不思議な男だ。絶滅危惧種と言われた人間に属さない人間『ロザリア人』。大陸中の人間から忌み嫌われるはずのジョーは、何故か俺達を助けてくれた。
ブルルルルル
「よぉ、剣。お前も休んだら良いぞ。『テーゼル王国』までは少し時間が掛かる。」
ジープの助手席に座るキラが声を掛けて来た。
結局、俺と瑠衣はジープの後ろに乗せて貰い、セシリア共和国からテーゼル王国へと向かう事となる。
ゴソ
(………!)
すやすや…………。
俺の右肩に寄り掛かって来たのは瑠衣だ。すやすやと寝息を立てて熟睡している様子だ。
(瑠衣…………。安心して寝たか……………。)
セシリア共和国軍の兵士
ジョー・ライデン
キラ・カーマンシー
栗原 沙羅
事情は良く分からないが、俺と瑠衣は3人と行動を共にする事となった。
しかし、忘れてはならない。
俺は能力開発研究所の仲間達を助ける為に、施設を脱走したのだから…………。
ブルルル
「二人とも寝たようね…………。」
運転席の沙羅が呟く。
パカラッ!
パカラッ!
ブルルル
ジープのエンジン音と巨大馬が大地を蹴る音だけが、セシリア共和国の冬の森林に響いていた。
ガレリア戦記
第1部 完
【エピローグ】
ガレリア暦1089年1月21日
大五光帝国とセシリア共和国の西に位置する小国『テーゼル王国』。
ズサッ!
ズサッ!
「グガァッ!!」
「ひぃいぃぃ!!」
「助けてくれ!化け物だぁ!」
ズバッ!
「ぎゃあぁぁぁ!!」
「もう、この村はお終いだ…………。」
「ようやく平和が訪れたと言うのに…………。」
「兵士達は逃げ出してしまった。」
「私達はどうすれば良いのだ…………。」
既に村の人々は希望を失っていた。突如として現れた魔獣が次々と村を襲い、民を護るべき兵士達は王城へ立てこもる始末。
「神よ…………。」
人々は祈った。
遥か太古の昔、大陸に君臨し、聖なる力で『化け物』どもを追い払ったと言われる伝説の女神の名を………。
サファリス教団の創始者にして歴史上、最も偉大なその者の名は。
『サファリス・アルファ・ガレリア』
ズダーン!
ズダーン!
「!」
「大丈夫ですか!」
「あ………あなた方は…………。」
目の前に現れたのはライフルを背負う兵士。しかし、『テーゼル王国』の者ではない。
そして、もう1人は…………。
伝説に聞く女神サファリスと瓜ふたつ。青く長い髪と深海色の瞳を持つ少女であった。
「サファリス様…………。」