表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

泉 鏡花「榲桲に目鼻のつく話」現代語勝手訳 五

 五


「乾ちゃん」

 ここは榲桲(まるめろ)の樹のある所とは反対側の、すぐ前町(まえまち)の片側で、軒続きの家々の裏口が見える場所。氏神の宮の(えん)の片隅に小さく胡座をかいた鉄公が、声を(ひそ)めて、ものありげに、

「乾ちゃん、お前、何だなぁ、この間あれだなぁ、本間さんの坊ちゃんの庭へ遊びに行って、大藪(おおやぶ)の中で何か見たって言ってたけど、――本当か?」

(やぶ)(だま)(*ホコリタケ科のキノコ)よ……それか、大きな蜘蛛の巣か」と、つい何気なく言った。

「馬鹿言ってら」と、鉄公は低い鼻を仰向けて、日向(ひなた)を吸って(うそぶ)いて、

「藪玉とか蜘蛛の巣が何になるって。そんなものを()いているんじゃない。ヘッ、そら、真紅(まった)な何だか綺麗なものがあったとか、()たとか言ったじゃねぇかよ」

「ああ、それはね、藪の中じゃぁないよ」

「では、何処(どこ)だい?」

「うん、藪の中は藪の中なんだけれども、ずっと奥へ入った崖のね、深い溝のちょるちょろ水が流れてる所に居たんだ。――綺麗なものだった。真紅(まっか)でね、上にきらきらと金色が()かって光っているんだ。ちょっと見ただけだよ。僕たちは妖怪(ばけもの)退治の真似をしに入ったんだから。坊ちゃんが声色(こわいろ)を使って、『ようし、来てみろ』って、そう言って持っていた矢を放したんだ。当たってね、僕たちは直ぐに隠れたけれど、追いかけてくると怖いからって、()げ出したんだよ。ああ」

「君!……」と、鉄公は猪首(いくび)をすくめて、一層低声(こごえ)で、

「何だと思う?」

「何を?」

「その、紅い煌々(きらきら)した綺麗なものをよ」

「本間さんの(うち)の、()()ですよ」

 鉄公は蜻蛉(とんぼ)取りをしていた時のことがまざまざと目に浮かんで、今は散っているが、境内(けいだい)百日紅(さるすべり)の色よりも濃い、生垣を隔てた傍の裏口に咲き残っていた夾竹桃(きょうちくとう)の花の色を思い出したが、乾三が見たのはそれよりももっと濃かったに違いないと思いながら、乾三にそう訊いたのだった。乾三は、

「五百年経った(あか)(がえる)だって言うけれど、違う……僕んちのは(ばけ)緋鯉(ひごい)だ、って坊ちゃんが言ってた」

「へ、嘘だい」

「じゃぁ、坊ちゃんにでも誰にでも訊いて見ればいいさ。……()()は居るんだよ。何処(どこ)(うち)にも、蟹だの亀だの、鼠だの、蜘蛛だの」

「そりゃ、そりゃ居るさ。()()は居ますさ。僕んちのなんざ、蛇だけれどもよ。……お前の見たのはそうじゃねぇや」

「だって、坊ちゃんが……」

「そのな……坊ちゃんだって知らねぇんだ。知らねぇで、()()だと思っているんだ。けれど、違う。……おい、言って聞かせようか、誰にも言うなよ」と、肩をいからせて、また低声(こごえ)で、

「それはな、帯か、袖か、腰巻か、何でも女の着るものなんだ」と鼻水で筋になっている袖を引っ張り、膝小僧を小刻みに(たた)いて饒舌(しゃべ)る。

 乾三は目の前に、ぱっと虹が架かったように目を(みは)った。

 ――思えば、藪から洩れ出たその一幅(ひとはば)が草隠れに水に映ったのを見た時、乾三には虹の(いろ)にも見えたからであった。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ