泉 鏡花「榲桲に目鼻のつく話」現代語勝手訳 二
二
さて、中尉乾三君の話は、順序として、いつも古ぼけた黒板塀の裏木戸に掛けた木札から始まるのであるが、これを怪談風に言えば、さしずめ幽霊の人魂の形にも見える妙に歪んだギザギザのある古木を削った面に
(今日はこの家に居り侍り、御方様たち、おなぐさみ)
と、変にべたべたと太い線と、細い棒の字で認めてあるのが、その裏木戸の折釘に掛けてある、ということにもなろうか。
……その書札が掛かっている場所だが、神社の前庭を廻廊に沿って折れ曲がると、一方が少将本間家の垣で、突き当たりに宮の本殿があって、その本殿と柵を隔てて、山椿や銀杏の繁った土塀の前に地主神の祠がある。そこから細くて狭い……どこの国でも同じような名をつけて呼ぶ……暗闇坂――それは知らない者が見れば、坂ではなく、穴のようだと思える崖である――を下りると、汚く、暗い人家の裏を通って、町中を貫流する大川へと出られるのであるが、その坂を通る人はまれである。
この崖の一方が、同じ少将家のやっぱり外囲いの生垣で、片側にその書札が懸かっている木戸というのは、前町の中の、とある小路をぐるりと一廻りした所に入口の門のある、荒れた大きな古邸の庭から、ここへ抜けることができる裏木戸なのであった。(*後書き参照)
生垣には木槿が咲いて、この花が秋晴れの日中にも、露に乱れて美しい。
地主神の祠と、木戸と三方向き合った本間家の垣の、一畝りして坂の曲がろうとする角に、余所では誰も見かけない、珍しい樹の大きなのが一株ある。榲桲の樹である。この根が張ったために、垣もそこは膨らんではちきれるばかりである。土も根笹も薄暗い、そんな所にこんもりと茂って、白、絞、水紅色の木槿が盛りの今頃は、下から仰ぐと、幹の半ばに、林檎に似たやや楕円形の薄蒼い小さな瓜ほどもある実が、枝に、葉に連なり実って、この陰気なじとじととした辺りは、近づくと、もう渋甘く、そして酸味のある香が、ぷんと滴るばかりである。
と、その樹の下に、蒼光りのする絹衣で、天狗の化身……いや違った、本間の隠居が、真っ白な白髪で、赤い撞木杖に両手を乗せて、腰を据え、目を細めて、頤を少し持ち上げるようにして、その裏木戸の掛札を凝と見詰めて立っていた。
「叱られやしないかなぁ」と乾三が囁くと、
「何ともねぇよ」と鉄公が承合った。
乾三は悪戯仲間の建具屋の鉄公と二人で、小児には年に一度の書き入れ時の、榲桲の実を拾いに来て、素早い鉄は、もう二顆、ぶらんと鉤裂きのある袂に一顆と手に一顆、疵のないのを拾ったが、乾三は落ちて破れたり、崩れたりした中をごつごつと選ぶうちに、隠居が来るともなく現れたので、祠の方へ身を引き、その白髪が何処かへ見えなくなるのを待ったのであった。
が、隠居は静と立ったまま動かない。
坂の下から、ぽくぽく、ぽくぽく……と黒土の坂に弾まない靴音がすると、上って来たのは巡査さん。――やはり人通りが稀で、樹の下が薄暗く、盗賊が昼寝でもしそうな場所だから、式どおり見廻りに来たのだろう。
腰につけた剣をぶらぶらさせながら、両手を組んで、薄眠そうに、ぼくりと上って来た鼻の前へ、赤い撞木杖が道を切ってぬいと出た。巡査はぎょっとした拍子に仰向いた。鼻の下に髭のあるその顔に、海綿のような皺も向けず、隠居の杖は、件の懸札を真っ直ぐに指した。が、その杖はぶるぶると動く。……
恥ずかしながら、方向音痴でかつ文脈をうまく理解できない私には、この部分、原文をほとんど写すように書いていますが、記述されている位置関係がうまく飲み込めていません。
本間家、神社、本殿、土塀、地主神の祠、暗闇坂、人家、川、前町、荒れた古邸、裏木戸……が、具体的にどう繋がっているのか、はっきりとしたものとして、頭の中で、その地図をうまく描けませんでした。
ネットで、泉鏡花記念館による「まるめろイメージまっぷ」というのも参照させていただき、また、河出書房新社の「榲桲に目鼻のつく話」の絵なども参考に考えてみて、ほんの少しは分かった気にはなっていますが、それでも、地図を書いてみろと言われると、できない私です。
どなたか、「分かりやすい地図を書けるよ」とおっしゃる方が居られれば、是非お願いしたいと思っています。(私の勝手訳ではなく、できれば、原文を読んでいただいた方が、間違いがないと思います)
そんな細かいことは気にせず、雰囲気で読めばいいと、そんな風に考えることも、もちろんできるのですが。