第32話 抗戦力調査報告書
機巧暦2140年7月・オーストリア=ハンガリー帝国・ウィーン宮殿
ユズキの言葉にヨーゼフは頭に?を浮かべる。そんなヨーゼフを尻目にユズキは黒いカバンからA4サイズの封筒を取り出しテーブルに置く。
「こ、これは?」
「秘密裏に作成したものになります。ご覧になれば分かるかと・・・・・・・」
バサッ
ユズキは封筒から書類を出すとヨーゼフに手渡す。書類は30枚近くあり左端が黒紐で綴られている。
~抗戦力調査報告書~
表紙の中央に上記のタイトルと国家戦略論と書かれ右下にはユズキの署名と携わった機関の名前が記されている。
「ドイツ内戦の開始と共に秘密裏に戦争経済研究班というのを発足さたんです。1ヶ月という急ごしらえの代物ではありますが意義はあると思います」
「戦争経済研究班というのは何だ?」
「戦争を地政学、経済、文化、資源といった側面から研究しオーストリア=ハンガリーが他国へ戦争を仕掛けたり又は他国から仕掛けられたりした場合、自国がどう抗戦すべきかを示す判断材料を生み出す機関です。あらゆるエキスパートを揃え研究させました」
「なるほど。それで調べてみた結果はどうだ?」
「オーストリア=ハンガリーは軍拡しつつ様子を見るべきかと・・・・・・・・・・」
「少し具体的に教えてくれないか?」
「はぁ・・・・・・・・・その書面にある通りです」
ユズキはヨーゼフの持つ書類を指差し怠そうにそう言う。ヨーゼフはユズキの言われた通りに書類を一通りめくり読んでみる。
主に書かれていた事は以下の通り
《ドイツ帝国》
・ドイツ=フランス戦争以降の人員不足による食料自給率低下の影響により慢性的な飢饉状態にある。
・ドイツ=フランス戦争の賠償金支払いの滞りに激怒したフランス統一軍にルール工業地域とルール炭田を占拠された事により失業者が増加傾向にある。
・主権を持っている南ドイツ政府と主権を持たない東プロイセンや西プロイセンの不和により帝国内は纏まらず実質無政府状態。治安維持とは名ばかりの虐殺を繰り返す警察部隊や治安維持軍に市民からは怨嗟の声が上がっている状態にある。
《オーストリア=ハンガリー帝国》
・オーストリア=ハンガリー統一戦争により全盛期のより約8割近い軍事力の損失。
・ドイツからの主要輸入作物のストップにより経済的打撃を受けるもハンガリーの肥沃地域を獲得した事により解決しつつある。
・従来の貨幣を廃止。新札発行し金本位制から管理通貨制に切り替えた事により経済力が急上昇にある。軍事強化の為の財政確保が可能である。
《イギリス》
・ドイツ=フランス戦争の講和仲裁をしたことによりアメリカ独立戦争以来墜ちていた国際的威信を復活させる。
・機巧技術の開発や革新は目まぐるしく中東植民地で得た魔術鉱石や魔力油田の蓄積量を調べる限り今後1000年はイギリスの覇権が続く可能性あり。
・上記の技術を民間のみならず軍事にも利用している為、陸海軍共に強大にして各国は太刀打ち出来ない。
・禁忌人形並びに機巧人形の製造も拡大中。中東やアフリカ、インドの各地に製造工場があり本国への輸送ラインはスエズ運河を通り地中海へ通りジブラルタル経由とマダガスカルからアフリカの喜望峰を経由するルートがある。
・大日本帝国と同盟関係を結んでおり、さらにイタリア領マルタ島に拠点を置く大日本帝国のヨーロッパ支部である欧州本部とも利害関係が一致しており昨年から同盟関係にあり技術提供を行っている。シーレーンは悉くイギリスの支配下にありその勢力を崩すことは難しい。
《ロシア=ソビエト》
・帝国崩壊の影響を強く引きずっており未だに混乱状態にあり。
・旧帝国時代の貴族で固められた白軍ロシア政府と労働者や奴隷らで固められた赤軍ソビエト政府で分裂状態にあり。
・シベリアや満州地域をめぐって大日本帝国・関東軍と第二次日露戦争で白軍ロシアが敗北した事により国内でのロシア勢力が大きく後退。
・第二次日露戦争以降、国内は農業から重工業へと転換。
・共産主義を各地域に根付かせる為にドイツやポーランド、オーストリアに多数の共産主義者を放ち活動させている。
上記の他にも支那や朝鮮、オスマン帝国、大日本帝国、アメリカ、フランスなど大国の国内事情が記されていた。
「むぅ~。オーストリアは下手に動かない方が良いようだな」
「バルカン半島の安全さえ確保すれば崩壊する事はないと思います。今はとにかく崩壊寸前のドイツと距離を置き万が一の有事に備えて陸海軍を増強すべきです」
「うむ。そうだな」
ヨーゼフは書類を机の上に置き一息つく。俯くその瞳には涙が浮かんでいる。ヨーゼフ自身、ハプスブルク帝国再興の為に先ずはオーストリア継承戦争でプロイセンに奪われたシュレジエンを取ろうと考えていたが書類を見たことによりそれは不可能だと悟った。さらにオーストリア=ハンガリーは経済的も軍事的にも他国への侵攻は不可能で自国を守るのが精一杯だという事実を突き付けられた・・・・・・・・・・・ハプスブルク帝国再興など夢物語だった。