第30話 実行する気なし
機巧暦2140年7月・オーストリア=ハンガリー帝国・ブダペスト宮殿
「少将、本当に大臣らが言うシュレジエンの地をドイツから奪うつもりですか?」
「いや実行に移すつもりは毛頭ない」
「では何故彼らに前向きに検討すると言ったんですか?」
大臣らが執務室から出ていった後グレイスから詰め寄られた。グレイスはキリッと俺を睨む。
「前向きに検討っていうのは検討するつもりは無いっていう断りの言葉を当たり障り無い感じにした言葉なんだよ。今の俺らにシェレジエン奪還なんて無理だし仮に奪還したとしてもデメリットしかないしな」
最悪、ロシア=ソビエトとドイツに挟撃されるのがオチだろう。
「断ったとしても彼らは独断で動く可能性も有り得ると?」
「断れば大臣らはつまらぬプライドにかけて意地でもシェレジエンを奪うだろうな。奪ったら奪ったで俺らを嬌笑するに決まってるさ。どうだ? 奪ってみせたゾ・・・・・・とな」
「返答せずにのらりくらりともいきませんよ。返答しなければ大臣らは少将に対して不信感を募らせますから」
オーストリア=ハンガリーとバルカン半島を制圧してから2カ月の月日が流れていた。ただひたすら民心とオーストリアやハンガリーの重臣らの支持を得るために奔走したがやはり所詮は俺はドイツ出身の者。やはり考えが違った・・・・・・・というより俺個人の経済や外交での平和思考がこの世界に通用しないだけなのかもしれない。
「ヨーゼフ=ハプスブルクから言ってもらうしかないな。そもそも大臣はオーストリア系の出身だからドイツ出身の俺の言うことを聞く訳がないんだよな~」
「まあそうですよね。それで今後はどうなさるおつもりですか? カーチスのアルベルト家が消えレーゲルのアーチゾルテ家一強となった今、アーチゾルテ家がドイツ統一を成し遂げるのは火を見るより明らかです。ロシア=ソビエトの影響力も侮りがたいですし・・・・・・・・・・・」
グレイスはそう言いながら壁に掛けられたヨーロッパの地図を見る。視線の先はマルタ島だ。ヨーロッパ諸国にとっての最大の脅威は大日本帝国・欧州本部だ。各国に諜報員を送り込み深く広く浸透し食い散らかしながら勢力を拡大させていく。まさに病原菌そのものだ。共産主義と同様の厄介さを持つ。
「オーストリア=ハンガリーだけで欧州本部を相手するのは無理だ。航空戦力も海軍戦力が無いにも等しいからな」
「そうですね」
そろそろ出すか・・・・・・・・正式な国家戦略案を。
オーストリア=ハンガリーやバルカン半島を統一してから約3ヶ月が経過していたが明確な国家戦略を打ち出していたなかった。内政に関しては早急に対策したが外交や戦略に関しては対策無しという有様だった。これだけノロノロしていながらオーストリアが戦争に巻き込まれなかったのは周辺国の国内不安により国家同士での大きな戦争が起こらなかったからだ。
俺はその後ヨーゼフと協議する為にオーストリア=ハンガリー帝国の都ウィーンへと向かった。