第29話 過去の因縁
機巧暦2140年7月・オーストリア=ハンガリー帝国・ブダペスト宮殿
「少将、本日の報告書になります」
「ああ、ありがとう」
グレイス=シェフィールドは執務室に入るなり俺が座る机の上に報告書を置く。報告書には日々の各国の動き、自軍の拡充具合などが書かれている。特にドイツ情勢については事細かに書かれていて現ドイツ内部事情のカオスっぷりが手に取るように分かる。
「相変わらずドイツ内は不穏だな」
「はい。我々がオーストリア=ハンガリーやバルカン半島に遠征せずにドイツ内に残っていたらどうなっていたかと思うとゾッとします」
「グレイス大尉・・・・・・グレイス少佐、大臣らを此処に召集させてくれ。緊急会議を行う」
「分かりました。ユズキ少将」
グレイスは一礼すると執務室を出て行く。15分後に外務、財務、陸海の大臣がやってくる。
「さて揃ったところで色々聞きたい事がある。まずは財務大臣に聞きたい」
「何なりと」
「新しい通貨はどうだ? 国民に浸透しているか?」
「はい。金本位制から管理通貨に切り替えた結果、金の保有量関係なく紙幣発行が出来ますのでハンガリー中央銀行に大量に刷れと命じました。その結果ですが国民には深い浸透しています。財政赤字は解消され黒字になりつつありますから、そろそろ一大事業に取り組んではどうです?」
「一大事業?」
財務大臣の言う一大事業とはもちろん戦争の事だ。しかし俺はわざとらしく首を傾げる。
「ヨーゼフ様は無事にハプスブルク家を継がれオーストリアの主となられました。オーストリア=ハンガリーの夢はかつての強国としての力を取り戻しハプスブルク帝国を再興する事なのです。アルフレート少将は我らの夢の第1段階であるオーストリア=ハンガリーの再統一を成し遂げてくれました。夢の第2段階を行って欲しいのです」
「第2段階とは何だ?」
「そ、それは・・・・・・・」
「継承戦争でプロイセンに奪われたシュレジエンを奪還したいのです」
言いずらそうにしている財務大臣に代わって陸軍大臣がハッキリとそう言う。海軍大臣も賛同し頷く。
・・・・・・・ま、マジで言っているのかコイツら? 俺にドイツと戦争しろというのか!?
シュレジエンとはポーランドの西側にある地域でドイツがプロイセンの時代にオーストリア大公から奪いとった場所だ。アルベルト=カーチスが亡くなり本拠地だったノイブランデンブルクが徹底的に破壊され廃墟と化した今、北ドイツや西ポーランドにおける帝国の支配は大きく揺らいでいる。大臣らは混乱を突けばシュレジエンを奪還出来ると考えているらしい。プロイセン王の子孫がドイツを統一し、現ドイツ皇帝もプロイセン王の末裔を自称している以上、シュレジエンに攻め込むのはドイツへの宣戦布告を意味する。
「大臣らよ俺はドイツ皇帝からブダペストの王に命じられた身だ。ドイツ皇帝に忠誠を誓い臣下としての使命を全うすると宣言しているんだ。どうして刃をドイツに向ける事が出来よう」
「確かに大王様はドイツからの任命によりこの地を治めているのは承知しております。しかし今の帝国内はどうでしょう? 内部分裂しフランスの残党が西プロイセンを分捕り帝都だったはずのベルリンは放棄。皇帝は宰相の傀儡となっております。かような帝国に未来はありましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・」
確かに帝国の未来は暗いかもしれない。だからといって此方から仕掛けるマネはしたくないのだ。いくら分裂しようがグチャグチャになろうが祖国なのだ。
「大王様?」
「シュレジエンの件は前向きに検討しておく。追ってヨーゼフあたりに伝える」
「分かりました」
大臣らは俺の返答に満足げに頷く。対して参謀長のグレイスは不安げな瞳を俺に向けるが直ぐに目線を逸らす。




