第1話 藁にも縋る
機巧暦2140年2月・ブルガリア・ムサラ山砦
「司令官!! モンテネグロにいるアルフレート主力軍より報告です!!」
「何だ?」
「第3軍は直ちにブルガス港に兵を退くようにとのこと。アルフレート少将はギリシャの主力軍を降伏させ統監府長官であるコウスケ=サカキバラとセレスにて講和条約を締結致しました。これ以上の駐屯はブルガリアに不安を与えかねないとの判断です」
「えっ!? か、勝ったのか!?」
「はい!! 我らは新たな領地を得ました!!」
オーストリア第3軍とモンテネグロ軍残党はムサラ山付近に陣営を築き主力軍から次の命令が来るまで駐屯していた。
「それは良かった。これで我が主、ヨーゼフ大将の身も安泰だ」
「安泰?」
戦勝を報告してきた配下が首を傾げる。
「ヨーゼフ大将はもしユズキがバルカン半島にて敗戦すれば機に乗じてロシア=ソビエトが南下してくるからな。さらにドイツも勝手に軍を動かした逆賊であるユズキ軍の残党討伐を理由に兵を送ってくるはず。そうなれば折角、東西を統一したオーストリア=ハンガリーは再び混乱に陥り分裂してしまう。ユズキがバルカン半島を統一してくれればオーストリア=ハンガリーもブダペスト王傘下に加われば我らは安泰という事だ」
オーストリア=ハンガリーは東西を統一したばかりで治政がガタガタで強い勢力に庇護されるしか生き残る道が無かった。ロシア=ソビエトとはバルカン半島の権益を巡って対立し犬猿の仲。ドイツとは民族が同じで関わりは深いもののプロイセン王国のドイツ統一戦争により対立しボッコボコにされ、それ以来パッとしない仲となっている。
そして今ドイツ帝国がノイブランデンブルク、ハンブルク、ブレーメン、ハンブルクの4つに分裂。4つの中で一番勢力がデカいのがドイツ北方のノイブランデンブルクでポーランドとドイツの国境を警備する国境守備隊という精鋭中の精鋭がいる。フランクフルトは皇帝直轄の首都があるため経済的に豊かではあるが軍事力がガタガタ。ブレーメンは元フランス王国の王女が治めている地域で賑わいはフランクフルトにも次ぐと言われている。
「分裂しているノイブランデンブルクやハンブルク、ブレーメンの治政は長くは続かないと思います。なんせ軍人上がりの奴らが多く、プライドだけで自らの権力にしか興味が無いと聞いています。さらにドイツ帝国内で誰が皇帝を傀儡にするかで揉めに揉めている・・・・・・・それ故、頼れるのは民に人気のあるユズキのみという事ですか?」
「そうだ。ヨーゼフ大将はまさにそのように考えている。人徳のあるユズキ少将であれば希望はあるかもしれないという事だ。ユズキ少将の配下には帝国内にいるエリート層ではなく最底辺の身分から成り上がった者が多数いる。こうゆう最底辺の者こそが人の苦しみや痛みが分かるし平和への有り難みが分かるのだ」
第3軍司令官は目を瞑りながらそう話す。
大国に縋る・・・・・・・それも分裂して風前の灯火な帝国に・・・・・・・オーストリア=ハンガリーは統一はしたものの、かつての国力(特に軍事力)は無くなり独立国として維持が出来なくなった。生き残る為に恥も外聞も捨て藁にも縋る思いで属国になる事を選んだのだ。
翌朝、オーストリア第3軍とモンテネグロ残党軍は兵を北上させた。