第48話 ムサラ山の戦い 中盤戦
機巧暦2140年2月・バルカン半島ブルガリア・ムサラ山本営
「軍権回復おめでとうございます」
「・・・・・・・・・何もかも遅すぎる。敵は既に喉元に食らいついている。我らはこのムサラ山を守るだけで精一杯だと榊原長官に伝えてくれ」
「ご安心下さい。盾の役割は貴方様とブルガリア軍司令官に任せ、矛の役割を姫路准将と高田准将に任せてあります。貴方様はムサラ山より西や南に敵を通さなければ良いのです」
「ああ・・・・・・・」
参謀の言葉にモンテネグロ軍司令官は半ば諦めたように呟く。帝国軍が本格的にモンテネグロに侵攻してきたことを受けた榊原は慌ててモンテネグロ軍司令官に剥奪した軍権を再び元に戻し1万の兵を与えてムサラ山を守備させた。モンテネグロに続く街道を塞ぐように鎮座するムサラ山は守るには絶好の場所。敵が余程な奇策に出ない限り落ちないとモンテネグロ軍司令官は判断していた。
「浮かない顔ですな。何か心配事でもお有りですか?」
「水源が谷間の川しか無いのが気掛かりでね。ここは孤山に等しい場所だ。眼下に見える川が土砂などで埋まれば食事が出来ず長期戦は不可能だ。私はそれを憂いでいるのだ。あの1本の川こそが我らの生命線なのだ・・・・・・・・」
「心配なのは分かりますが、貴方様がそれでは下々の兵が不安になります。胸を張り自信を持って下され。やるだけとのことはやったのです。あとは敵の出方次第です」
「うむ」
眼下に見える川を尻目にモンテネグロ軍司令官と参謀は山中に築いた陣営に戻った。陣営の周りには木製の柵を無数に張り巡らせ櫓を築いていた。麓には空堀を掘り杭を打ち込み渓谷は要塞となっていた。本当であれば鉄条網やコンクリート壁が有効だが資材が無く、また周囲の地形のぬかるみの為、輸送も出来ない事から要塞は前時代的な代物となった・・・・・・・・・・
その夜ーーーーー
「申し上げます!! 西山より火の手が!!」
「申し上げます!! 東山より火の手が上がり敵騎兵が出現!!」
「申し上げます!! 谷間の砦が突破されました!!」
「・・・・・・・・・な、なんという事だ」
夜中に西州軍司令官が陣幕内で眠りについていると負傷した駆け込んできて兵が次々と戦況を報告する。飛び起きた軍司令官は状況が掴めず呆然とする。
「し、司令官」
「様子を見る・・・・・・・」
「わ、分かりました」
慌てながら司令官は本営を出ると東山と西山さらに谷間の陣営が一望出来る場所まで来る。
「こ、これは・・・・・・・・・・火の海ではないか」
司令官の瞳に映ったのは天をも焦がさんとする大火に逃げ惑う自軍の将兵とそれを攻撃する敵騎兵や敵歩兵。山間部は血で赤く染まり死体が焼ける臭いが漂う・・・・・・・・
「してやられました・・・・・・・・この混乱状態では応戦することも出来ません。司令官だけでもお逃げ下さい!!
退路はまだ塞がれていません」
「わ、私は・・・・・・・・何をやっているんだか。このような事になるならいっその事、パザルジクから無理にでもブルガス港に侵攻すべきだった・・・・・・・ハァ悔しい限りだ。全軍!! ムサラ山の後方にある砦に退却するぞ!!」
「「「御意!!」」」
モンテネグロ軍司令官は5百余りの兵を集めてムサラ山から下山を開始した。