第16話 臨時講師
機巧暦2139年10月・ドイツ帝国帝都ベルリン
帝国軍の第五師団と第五師団に南フランスの動向を伝え終わった俺は南フランスのリヨンへと戻った。シャルロットから褒美として役職を与えると言われたがあくまで俺は帝国軍人だからと言って断った。その後ドイツの帝都ベルリンへと戻った俺は参謀総長から呼び出された。
「南フランスを味方にしたそうだな。我が参謀としても嬉しい限りだ。まあ独断は決して褒められぬがな」
「申し訳ございません」
「この件についてはもう問わないから安心するといい。さて今日呼び出したのは君に士官学校の講師をやってもらいたいのだ。まだ若いが数々の戦場で武功を挙げている。実力は折り紙つきだ」
「・・・・・・・・? 参謀総長、俺は人に何かを教えることはできません。俺は馬鹿で頭で考えるよりも体で学んでるんです。自分でも分からないのに・・・・・・・・・」
「いいから何事にも経験だ。やってみるといい」
その結果ーーーーー
「ユズキ教官 おはようございます」
「ああ おはよう」
俺は帝都近郊の士官学校の教官となった。戦術学科の教官として基礎戦術を教えることになった・・・・・・・・・・幸いにも俺が重度の歴オタなこともあり多少の戦術は知っていたことが唯一の救いだった。
教室に入ると30名程度の生徒が長椅子に座っていた。よくある大学の講堂のような配置だ。下から上に段々畑のように長机が配置されている。デカい黒板は上下二枚の縦にスライドする型のやつ。ちなみに士官学校は15歳~20歳までの5年制で男女共学。士官学校卒業後は普通の一兵卒になる者や指揮官として活躍する者、士官学校に残って研究生になる者など進路は様々だ。
「さて、全員席に着いたな。これから授業を始めるぞ」
「教官・・・・・・授業の前に自己紹介忘れてますよ!」
「俺のことは自己紹介なんかしなくても分かるだろ?」
「面倒くさがらないで下さいよ~」
「教官はこの教室の担任なんだよ~。名前くらい教えてよ~」
かなりノリが軽い。教官に対してタメ語だ・・・・・・まあ歳は俺のが下だから仕方がないが・・・・・・・・
「ハァ~、わかった。俺の名前はユズキ=クオンだ。今日からお前らの担任をすることになった。こ、これくらいでいいか? 質問とかあれば聞くぞ?」
「教官は彼氏いるんですか~?」
「可愛いからいるだろうな~」
「勘違いしているようだから言うが・・・・・・俺は男だぞ?」
まあいつものことだから余り驚かなかった。黒いスーツにブルーのネクタイ、長い銀髪は邪魔になるため後頭部で1つに纏めてポニーテールにしている。正直な話髪を切りたかったがグレイゴースト《灰色の亡霊》のイメージが損なうからやめた。
「教官、今流行りの男装麗人じゃないんですか?」
「教官! 男なら男の標を見せて下さい!!」
・・・・・・・・・男の標を見せたら懲戒免職になるだろうが!! あと男装麗人が今流行りのってそんなもの流行ってるのか・・・・・・・・・
「ハァ お前らはどこまでも疑うな。俺はれっきとした男だよ!! ほら、授業始めるから教科書開け」
生徒たちが教科書を開くと同時に俺も教科書を開いた。
・・・・・・・・見づらいな~
教科書を開くとそこには文字! 文字! 文字!! 分かりやすさや親切心の欠片もない。イラストや画像、図が一切なくギッシリと文字が詰まっている。さらに重要単語など普通は文字の大きさを変えるべき場所が全て周りの文字と同じ大きさだ。
「なぁ? お前らはこの教科書で本当に理解出来てるのか? 教える側としては失格かもしれねぇけど、まったくわからないんだ・・・・・・・・・・他の教官はどう教えていたんだ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・他の教官はただ読み上げるだけで生徒は読み上げた中で重要な項目だけノートに書いてたよ」
「テストはどうしてたんだ?」
「範囲はほとんど教科書から出てたから問題なかったよ~」
教科書には基礎知識しか載っていない・・・・・・つまり応用力がないということだ。おそらく、上層部の考えは応用力があり見識がある指揮官がいると独断で動く可能性があるし作戦上に支障をきたす可能性があった。だから個々の力を付けさせないために最低限のことしかやらないということだ。
「なるほど・・・・・・・本来であれば必要となる自分で考えて行動するという基礎中の基礎指能力をつけさせないということか」
「教官?」
「それはほかの学科の連中も同じような教科書を使っているのか?」
「友達のやつを見せてもらったことあるけど同じようなやつだよ」
「よし!! お前ら教科書を閉じろ。これから俺がやる授業に教科書は持ってこなくていいからな」
俺がそう言うとクラスの生徒たちは茫然とした。
「教官、教科書なしでどう授業をするんですか?」
「テストはどうすればいいんですか?」
「テストは受けなくていい。俺が上と話をつけてやる。こんな教育体制で優秀な指揮官が育つと思うか? これからは俺流のやり方でお前らを育てるつもりだ」
ジリジリッ ジリジリッ ジリジリッ
「次回から本格的な授業をするからよろしく~」
「は、はい」
「・・・・・・・・・」
チャイムが鳴り俺は一休みするために屋上に上がった。屋上は常に解放しているらしい。屋上からは士官学校の広大な中庭が見下ろせる。中庭の中央には噴水があり常時、水が噴き出して虹を創り出している。士官学校というよりは要塞学園都市のような感じだった。帝都を守る砦の役割もあるという。
「ハァ~」
「どうだね? ポツダム高等士官養成学園は?」
「デカいですね・・・・・・・・ってレイシア師匠!?」
「驚くことはないぞ。私もここの元講師だからな」
溜め息をつくと隣のベンチでだらしなく腰掛けていたレイシアがそう言った。
「な、なんでここに? 軍事は大丈夫なんですか?」
「まあな、参謀総長に一任してるから大丈夫だろう」
レイシアは講師というか研究者みたいな格好だった。黒いスーツにズボン。ワイシャツの上から白い白衣を着ている。紅の髪は俺と同じくポニーテールにしている。
「師匠・・・・・・・参謀総長は俺を再編した第一航空戦隊の指揮官としてさらには少将にまで任命した。それがなぜか、講師に任命されてる・・・・・・」
「君が言いたいことはわかる。たしかに今は北フランスやベルギー王国と戦争状態になってる。国境地帯の守備隊も動き始めてる状況だ。そんな中で君は作戦の要と言われながら戦い参加することなく講師に任じられた・・・・・・・・自分は用なしなのではと心配しているのだろう?」
「・・・・・・はい」
レイシアは安心しろと言わんばかりの優しい視線を送ってくる。
「心配するな。君はの第一航空戦隊はまだ出るべきではないのだよ。まだ戦線は西へ西へと動いている。さらに君が支援している南フランス軍もまだ準備段階だ。戦線が膠着した時が君の出番だ。それまで待て」
「・・・・・・ああ、わかった」
レイシアは懐からタバコを取り出すとライターで火をつけ吸い始めた。
「ふぅ~、それにしてもどうかね? この学園の教育方針は?」
「?」
「別に私と君の仲だ。遠慮なく言ってくれ。不都合なことを言っても上には報告はしないから安心したまえ」
「師匠、優秀な指揮官って何ですか? 上に忠実なことが優秀なんですか?」
「上層部からどんな理不尽な命令を下されても必ず作戦通りに遂行しなければならいのが今の世だ。昔とは大きく変わったものだ・・・・・・・・・・・」
「昔?」
「私の父の代は理不尽な命令と判断した場合は個々の判断で作戦を変えてもいいと言われていたのだよ。ただし失敗した場合は軍法会議にて厳罰処分となるがな。まあこれによって現場指揮官のやる気や責任感が高まったのは事実だ。何も上の命令に忠実になることが優秀な指揮官ってわけではない。状況を見て臨機応変に作戦を立てられる指揮官こそ優秀だ。まあ君がやりたいようにやるといい。今の教育体制では優秀な指揮官を生み出すことは不可能だ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
独自のやり方でやりたいが勝手に独自のやり方をやれば学園を追放されかねない・・・・・・・・
「学園内では異端児扱いされるかもしれんが頑張ってくれ。もし学園内に居場所がなくなったら君の教え子ともども私のところに来るといい。その時は私も教鞭をとるつもりだ。それじゃあな新米講師君」
レイシアはそういうと去っていった。