第36話 悔いの無い人生
機巧暦2140年2月・イタリア王国マルタ島・海軍鎮守府
「これ程、酒がマズいと感じたのは初めてだ・・・・・・・ハァ」
「ならば飲むのをお止めになっては如何ですか?」
「飲まなければやってられぬ・・・・・・ルーマニアはロシア=ソビエトとの戦争で多くの将兵の血が流れた土地だ。帝国に奪われようとはな」
ルーマニア陥落の報告を受けた新田義明は酒を飲みながらそう言う。相変わらず女を侍らしていた・・・・・・・
「頼にもよって柚希とかいう青二才にしてやられるとは思いもしなかった・・・・・・・榊原は何をやっているやら」
「新田様はこれから如何なさるおつもりでして?」
「ハッハハ、お前が気にするような事はない。それより酒を注いでくれ」
「分かりました」
トポトポッ
「今に見てろ柚希。帝国も後一押しで瓦解する・・・・・ルーマニアは我ら欧州本部のモノだ。奪われても再び取り返してみせよう」
注がれた酒を一気に飲み干すと新田はそう呟く。何もやっていないフリをして何か仕組んでいるのが新田の怖いところでこの時、彼は帝国に対して多額の資金や間者をばら撒き着々と離間策を進めていた。
「皆が羨ましい・・・・・・・・」
「へ?」
目を虚ろにさせながら新田はポソッと呟く。
「未来に繋げる為の信念や目標がある・・・・・・・されど私には信念や目標はない。虚しいものだ」
「新田様には東桜に復讐という目標があるではありませんか」
「ふっ、復讐など何も生まないし未来に繋げられないのだ・・・・・・私は時代に取り残された屍に過ぎないのかもな。妻子が新政府軍に殺されたあの日から1秒たりとも時は進んじゃいない。それに比べ榊原や柚希の野郎は・・・・・・・・・未来があるし前を見てる。それが羨ましいのだ」
「・・・・・・・・新田様は復讐が終わったら如何するのですか?」
「妻子の後を追うだろうな。復讐を終えたら生きている意味もないからな」
悲しそうな顔をする女に対して新田は笑いながらそう言う。
「それでは余りにも新田様が・・・・・・・」
「それ以上言うな。人生っていうのは短命だろうが長命だろうが、悲惨な運命を背負っていようが幸せで何の不自由も無い奴だろうが関係ないのだ。どれだけ濃く生きたかだ。黄泉に行って先祖や亡父母らに胸を張って自分は悔いの無い人生を送れましたって言えれば良いのさ。私は新政府軍に復讐しなければ亡き妻子に会わせる顔が無いから今こうやっているだけだ」
「・・・・・・・・・」
「アッハハ、お通夜のようになってしまったな。私は何を言われても動じぬ。気にすることは無いぞ。さぁ寝所へ行こう」
「はい」
復讐に取り憑かれながらも流されないのが彼の強みであり厄介さであった。




