第29話 機を逃す
機巧暦2140年1月・バルカン半島ギリシャ・統監府
「な、何!? ま、負けた!!?」
「はい。館林軍は戦場を早々に離脱、さらにルーマニア軍司令官はアルフレート軍に降伏したという事です」
「・・・・・・・・ハァ、館林は何をやっているのだ!! 奴は今どこにいるんだ?」
「消息不明でございます・・・・・・さらに敵の進撃を恐れたセルビア統監府がアルフレート軍に降伏したと」
「草の根分けてでも今すぐ探せ!! あとモンテネグロ軍とブルガリア軍に警戒しろと伝えろ!! ルーマニアやセルビアが完全に柚希軍の手の落ちる前に叩き潰せ」
榊原の怒鳴り声が執務室に響き渡る。
「長官、ユズキ軍は補給も援軍もなく戦っています。時が経てば補給も兵もすり減らし撤退するかと思います。我々は撤退を狙って後方から追撃するのが上策かと思います。わざわざ進撃してくる敵を迎撃して損害を増やしてはなりません」
「姫路准将は仇討ちだけが奴の目的と思ってるのか?」
「はい。ユズキ軍に領土的野心は無いと思われます」
「失礼します。アルフレート軍の動きが分かりました・・・・・こ、これは失礼」
姫路准将と榊原が話している途中で秘書が部屋に入ってくる。
「話せ」
「ユズキ軍はルーマニア軍司令官やセルビア軍司令官を降伏させると各司令官の道案内でブルガリアのブルガスに入りました。ブルガスには武器や兵糧が蓄えられていますからユズキ軍は補給基地として使うかと思われます」
「その後の動きは?」
「その後は兵力を増やしルーマニアやセルビアの各地にある砦や都市を落としたり降伏させたりしながら進軍しています。落とした砦には火を放ち降伏させた都市には兵を置き地盤を固めています」
「民はどうだ? 抵抗しているのか?」
「いえ、ユズキ軍は行く先で兵らに略奪放火を禁じ、さらに榊原長官が定められた法を廃止してドイツの法を採用しています。民は侵攻軍でありながら寛大な処置に驚嘆し従っているようです」
「分かった。下がれ」
「はい」
秘書が部屋を出ていくと榊原は溜息をつく。
「今の聞いたか? 姫路准将。奴は既にバルカンの民心を掴んでいる!! 奴の目的はバルカン半島をドイツ帝国の属国にする事だ!! 仇討ちなどオマケなのだ!!」
「・・・・・・・・・」
「すぐに部隊を増員して防衛にあたれ!!」
「御意」
その夜ーーーー
「ご主人様、お茶にございますわ」
「ありがとう・・・・・・このまま敗戦が続けば俺はバルカン半島を退くことになるのか・・・・・・・・な」
「劣勢なのですか?」
「ああ劣勢さ。ルーマニアやセルビアが落ちたという事はブルガリアも占領されてるはず。ブルガスはこのギリシャ統監府の次に重要拠点なんだが・・・・・・・・」
ブルガスの港からオスマン帝国のイスタンブールやロシア=ソビエトへの交易路が開かれていたのだ。
桜華が淹れた茶を飲みながら榊原はそう言う。
「奪い返せないのですか? 今ならモンテネグロ軍を使わして奇襲させれば容易く奪還出来ると思いますけど・・・・・・・・」
「無理だな。ブルガスには莫大な量の食糧と武器がある。柚希はいち早く守りを固めてるはずだ。今から攻めても無駄死にさせるだけ・・・・・・・」
変に警戒する癖がある榊原はそう呟く。もし桜華の進言を受け入れモンテネグロ軍に奇襲を命じていたらバルカン半島の情勢も変わっていただろう・・・・・・・




