平穏な日(1)
真っ赤に染まる黒板。
そこにはただの空白。
視界を閉ざす。
必要の無いものを視ることをやめ、意識の世界に入り込む。
29の人々の意識。
それは目には見えないし感じ取ることもできない。
わたしがこうやって意識を広げていってみても、どの人へも届かない。
世界の極々一部を切り取ったこの空間の中でさえ。
この狭い中に29の意識が渦巻いているというのに、平穏と平静の中、ホームルームが粛々と執り行われていく。
皆が皆好きなことを考えているのだろうか。
そんなカオスなど存在しないかのように、秩序が、教室にはでんと鎮座している。
「起立!」
力のこもった声が響き渡る。
その号令に圧され、人々はまばらに立ち上がり
「礼」
という合図で頭を垂れていく。
そして、人々はそれぞれ思い思いの行動を開始しはじめる。
静寂は影を潜めて喧噪が場を支配しはじめる。
その声が煩わしく感じ、私は視界と同時に意識も閉ざした。
しばらくの間そうしていると、喧噪も徐々に遠ざかっていく。
教室に残って時間を潰していく者も今日はいないらしい。
大変健全なことだ。
窓際の席。
赤い。
日は沈む。
視点を合わせる物は無く、虚ろに空を視る。
その視界も、闇に閉ざされる。
生暖かいぬくもりとともに。
「だーれーだ!?」
人肌の感触が目の周りを覆う。
圧迫感が少し不愉快だ。
「杉山君」
そう、私は答えた。
「誰だよそれ!? なんだ、彼氏でも出来たのか」
「右斜め前の男子の名前。はなしたことも無いけど」
「なんでそんな奴が、いきなり目隠ししてだーれーだ、なんて言うんだよ!」
全く騒がしい。
それは少し甲高く、騒がしい女子の声だった。
「じゃあ、一体誰なんだ」
私は疑問を呈した。
「私だ」
その手の持ち主は、私の視界を開放し、高い地声を抑え低い声を出して言った。
「お前だったのか」
私も負けずに低音ボイスで答え、目を合わせた。
そして、二人であはは、と笑い合った。
目の前の人物は、霧島綾音だった。
去年は同じクラスメイト。
学年が2年になり、今は別々のクラスになった女子だ。
「さゆみは?」
私は言った。
「待ち」
「おけおけ」
短い会話の中、もう一人の登場を待つことで二人は合意した。