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最終話

 息を切らせて店内に駆け込んできた順也は、腰を押さえるように呼吸を整えている。

 じわじわと入り口から、カウンターまで近づいてくる。

 気がつけば、先ほどまで流れていたジャズの音も聞こえなくなっていて、張り詰めた静寂が店内を支配していた。


「殴られておかしくなったの? どこ行ってたの?」

「ちょっと、こっちに来てくれないか。ここに立ってほしい」

「なんか変なの……ここでいい?」


「――立花珠希さんっ!」

 順也が名前を呼ぶのと同時に、スポットライトが珠希を照らした。

 マスターに振り返って事情を探ろうにも、ただ飄々(ひょうひょう)とグラスを拭き続けるだけだった。


「は、はい……?」

 訝しげ(いぶかしげ)に返事を返すと、順也は満足そうに頷いて言葉を続けた。


「八年前から、一生を過ごすならあなたしかいないと決めていました。今さらですが、俺と結婚を前提に、もう一度お付き合いしてくださいっ!」

 小ぶりな向日葵が小さく編み込まれたブーケを差し出しながら、順也が大きな声で告白をする。


 二〇一九年七月七日、午後十一時四十三分――。

 珠希は、誕生日終了十七分前に花束を受け取った。


 *


 礼服姿の友人知人に囲まれて、小さな向日葵をあしらったブーケが宙を舞った。

 そのブーケを掴みそこねた由美子は、悔しそうに大声をあげる。

 花束を受け取った女性が小さく、ガッツポーズをしたところでアナウンスが流れた。


『それでは、お席の方にお戻りください――』


「プロポーズまで済んでるのに、まだ結婚できないとはね……。もうすぐ一年経っちゃうじゃんっ!」

 真っ白な式場のテーブルに座り直した珠希は、由美子同様にブーケを掴みそこねたことと自分たちの境遇についての愚痴を溢した。


「相手がいるだけマシよ。元サヤもそんなに悪くないでしょ?」

 ため息混じりに諭す親友に、掛ける言葉が見つからなかった。


 静香の結婚式は、同窓会のように盛り上がっている。

 大勢の人たちが静香たちを祝福して幸せいっぱい、誰もが羨む結婚式だ。

 会場も広々としていて、料理や引き出物も充実しているようだった。


「それで? 結婚式、いつにするか決めたの?」

 由美子が興味深そうに訊ねた。


「まだまだ。あいつ、告白するのに散財したって言っててさぁ……。二人でコツコツ結婚式の費用貯めてる真っ最中」

 あの後、幸いにも順也の怪我が悪化することもなく、平凡な時間が過ぎていった。

 彼の婚約者として過ごすのは恥ずかしくもあるが、昔よりも踏み込んだ関係になれて笑顔が増えたのは幸せだった。


 今でも言い合うことはある。

 そのたびに、嘘をついて居なくなった話を持ち出すことにしている。

 彼は、その話を持ち出されると弱いらしく、言い返すことを辞めるのだ。

 あと二十年くらいは、この話で説き伏せることができそうだった。


 バースデーパーティーでの帰り道。

 電話で事情を説明したとき、由美子の「やっとかぁ」という言葉に、何も知らなかったのは自分だけだったんだ、と改めて気付かされた。


 由美子が順也を見つめていたのも、順也との間に何かがあったからではなかった。

 邪推して勝手に嫉妬していたことを親友は見抜いていたようだ。


 *


 静香の結婚式は、滞りなく終わった。

 迎えに来た順也と合流して、食事をすることになった。


「お前、もうすぐ誕生日じゃん? 何が欲しい?」

 優しい顔で彼が訊ねる。


「――お前って言うな! うーん……去年よりも綺麗な花束がいいな」

 今年は、彦星と一緒のバースデーパーティーになることだろう。



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