十三話
「なんで……戻ってきたんだ?」
驚いた様子で順也が問いかけた。
「あーっ! そういう言い方するなら、二次会のカラオケ途中で抜けなければよかった」
「いや、すまん。そういう意味じゃなくて……今日は珠希の誕生日だろ?」
「そう。私の誕生日だから、どう過ごそうと私の勝手でしょ? 二次会は由美子たちに任せてきたから心配しなくても大丈夫。それより、ここの会場費とお花、全部あなたが出したって聞いたけど本当? どうして?」
「……」
たっぷり沈黙する順也に、珠希は言葉を続けた。
「――メッセージアプリの『ひまわり』って、あなたなんでしょ?」
「……そう、だな」
彼は、落ち着かない様子で頭を掻く。
「由美子から全部聞いた。どうして言わなかったの? ちゃんと言ってくれれば良かったのに、回りくどいことして探るようなことして――」
「浮気は嘘でした、両親が死んで追い詰められて別れました。珠希を幸せにしたくても、余裕がなくてできませんでした。今でも珠希が大好きで仕方ないから、名前を隠してメッセージしました。由美子に頼んで再会する段取り組んでもらって、告白するためにバースデーパーティーを企画しましたって、言えっていうのかよっ!」
「え……嘘だったの?」
「は? さっき由美子から聞いたって言ってただろ? 何度も言わせるなよ」
「私、ひまわりが順也だってことしか聞いてない。ちょっと待って――じゃあ、なに? ご両親が亡くなったことを私に言えなくて別れたってこと?」
「……」
「私があの時どんな気持ちでいたかっ! そういう勝手なところ、昔のままなんだねっ!」
「……ちょっと待ってろ」
「そんなにフラフラで、どこいくの?」
「いいから……待ってろ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、順也は扉を開けて出ていってしまった。
喧嘩ばかりだった日々を思い出させる口論は、陰鬱とした気持ちを残してまだここにあるようだった。
「お茶でも一緒にどうだい?」
しばらくして、扉をノックするマスターがカウンター席へ案内してくれた。
温かいほうじ茶は、冷房で冷やされた身体をじんわりと温めてくれる。
「うちは喫茶店じゃないから、温かい飲み物なんて普段は出さないんだけどね。カッとなったときなんかは、こういう飲み物がいいんだよ」
そう言ってマスターは、一緒にお茶をすする。
カウンターの上には、順也が置いていったスマホが座っている。
さっきまでの口論が嘘のように静まり返る店内に、カランと小さな音が鳴った。
「……悪い……待たせたな」