異能力の大陸
ウルティオー大陸では《異能力》を使う、【異能力者】と呼ばれる人間が多くいる。女神に願いを捧げ代償を支払い、願いを歪んだ形で叶える。そうして《異能力》は出来上がる。
代償が大きければ大きいほど、得られる力は比例して強くなる。代償が何になるかは、分からない。一番簡単なのは、誰かに代償を押し付けることだ。酷い話だろ?昔は、それで何人もの奴隷身分の奴らが死んでいった。
ただしそれは、この大陸で生まれた人間限定だ。他の大陸の奴らがここに来てどれだけ願っても、その願いは受け入れられず、《異能力》を使うことも果たされない。
俺はいつだって、他人に代償を押し付けられ、願いを踏みにじられて泥に這い蹲る家畜以下の存在だった。蔑まれて唾を吐かれ、ただそこにいるだけで殴り飛ばされる。痛覚なんてものは、とっくの昔に消えていた。
あぁ、それでも。
あいつに会えたのだから、この世界も捨てたものじゃあないな。
※※※
世界に存在する4つの大陸の中でも最大の面積を誇るウルティオー大陸には、複数の国が存在する。それらの国をまとめる宗主国が、オレのいるヴァンデルング帝国だ。
宗主である帝王が守護者を務めるヴァンデルング帝国の国土は広く、大陸の端から端へと走る大陸内横断鉄道を使用しても、帝国の中心に聳え立つシュレッケン城までは1週間かかる。
その城下町にある貧困街・ラオネン区にあるメルヒェン孤児院がオレの家で、仕事場だ。なんでも屋を営んでいる。
配達や雑用、用心棒に尾行、盗賊の真似事に暗殺。依頼料さえ支払えば、それに見合っただけの仕事をなんでもやるわけだ。
「……それで?お前らは誰に雇われてオレを殺そうとした?」
2分もかからずでゴロツキどもを半殺しにした俺は、最初に吹っ飛ばした片目男の胸倉を揺さぶってやる。と、目を覚ましたそいつは辺りを見回し、状況を瞬時に把握。「雇われたんだよぉぅ」と情けない声を出した。
「だから、それが誰かを聞いてんだろ。それとも報酬に目が眩んで相手のかおもろくに見ないで決めたのか?」
「覚えてないんだよぉ〜、ホントだぜぇ〜」
涙目で訴えてくる片目男は正直気色悪かったが、嘘を言っているわけではなさそうだ。なら、オレのやるべきこと、当然の権利はあと一つ。
「マジかよめんどくせーな……。ま、いいや。で、お前らいくらでオレを殺ることに納得したわけ?」
「50フリス……」
こいつらにとっては一生遊んで暮らせるような金額だろう。貧困街の住人にそんな大金を出せる輩はいない。大方、俺に恨みを持つ貴族連中だろう。
「よし、じゃあそれの8割俺に寄越せ」
「ハアッ!?はっ、8割!?無茶苦茶だぜそんなもん!!てかお前にやる筋合いはねえっ……」
「両目、潰そうか?」
「喜んで渡させていただきゃすっ!!!!!」
※※※
ニヤニヤスリスリヘイコラしながら、片目男が自分たちのアジトへ案内を始める。情けない姿を呆れた顔で見物しながら、周囲に何か仕掛けられていないかを観察する。
ゴミの散乱する路地裏を走る、下水臭いネズミ。それを追いかけるガリガリの猫。死体に群がるハエ、血で汚れた布切れに包まる子供。
露店で売られているものはどれもが腐りかけの代物で、なのに値段はボッタクリ価格だ。当然、客など寄り着くはずもない。艶っぽい声でオレだけに身体を密着させ、誘惑してくる娼婦達。が、実はこいつら男だ。そっちの趣味はないので突き放した。
見た所大丈夫そうだが、用心に越したことはない。
片目男はオレの思惑に気づかないまま、人で溢れる汚い道を進んでいく。たまにオレを撒こうとわざと人混みの中に消え、その都度首根っこを掴んで前に立たせてやった。何度か繰り返すうち、さすがに諦めたらしくそれもやめた。
10分も経たずに着いたアジトの表には見張りが6人、周りの茂みに潜む奴らが13人。アジトの中には、もっといる。オレ相手では大した戦力にはならないだろうが、盾にするには十分、ということだ。反吐がでる。
地上階は二階までしかない一般的な作りだったが、片目男は上階ではなく、地下へと俺を案内した。
空気はひんやりとして冷たい。
階段を下る途中で、何回か部屋の前を通る。
ある部屋からは元気の素でハイになった女のイカれた笑い声が声高に聞こえ、ある部屋からは女の悲鳴と薄汚い獣の鳴き声が混ざり合う不協和音が響く。
別の部屋からは耳をつんざく男の悲鳴が聞こえ、その部屋の扉は開け放たれたままとなっていた。見せしめなのだろう。
途中で階下から昇ってくる子供とすれ違う。フードを深くかぶり顔は見えなかったが、服はあちこちが破れて布切れと大差なかった。こちらを一瞥することもなく、暗い顔で上へと向かっていく。
「おい、今のガキは?」
「ちょっと前に、うちに売られた娼婦のガキだな。ボスの今のお気に入りだ」
「……ふーん」
聞いておきながら別の方へと視線を向けるオレを片目男は憎そうに睨み、「ロリコンめ……」と呟き更に下へと進む。聞こえないとでも思ったのか、こいつは。
同じような地下の間取りに飽きてきた頃、ようやく最下部へと到着した。閉じられた扉を開いた瞬間、汗と血の臭いが混じり合った熱い空気が、むさ苦しい歓声と共にオレと片目男を包み込んだ。
下級貴族の屋敷ほどの面積もある地下闘技場で闘技士が拳をぶつけ合い、血が飛び散る度に、観客達が手に持つ紙切れを振り回して叫ぶ。
その観客席の一角で、周りの喧騒を冷めた目で見つめる子供がいた。
子供はオレに気付くと親しげに手を挙げて挨拶をした。