序文と日常
――永い、永い、時を、一人で過ごす。
大好きだった人たちが、幸せをつかめるように。輪廻の果て、千切れてしまった魂の中、最後の輪廻の中で訪れる終わりを、もう一人の私とともに過ごす。
あのときキミと出逢った時を、私は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
幼いくせに、目が死んで暗かったキミを、私は見過ごせなかった。昔の自分を見ているようで、放っては置けなかった。そしてキミを救うことで、「あの人」を救った気持に浸りたかった。この世界は汚れているけれど、でも、美しいものだってあるのだと、教えたかったから。
キミに心を与えてしまったことを私は後悔しない、したくない。最後の最後で得た安らぎを、私は消える意識の中で思い出す。
暗い瞳に光を持たせたあの瞬間、この世界に確かに希望が生まれた。だから、私の役目はこれでおしまい。
私を恨んでもいい、憎んでもいい。それは何よりも人間らしい事なのだから。
巻き込んでしまったもう一人の私、最後の私。どうか、あの子の傍にいてあげて。最後まで見守ることのできなくなった私を、許さなくていいから。だから、どうか。
―――あの人を、助けてあげて。
※※※
暗闇に包まれ揺れる箱の中、オレは合図を待っている。
今回頼まれた仕事は簡単だ。
・箱の中で、目的地に着くまで待つ。
・目的地に着いたら、合図がある。
・合図は分かりやすい。
・合図があったら、暴れる。
これだけだ。
報酬は10ハルス。貧困街で暮らすガキどもにやってもまだ余る、今のオレにとってはとんでもない大金だった。
泣けてくる。幼稚すぎて。
この仕事はオレを誘い出して殺るための餌で、今頃オレの家には、いなくなった隙をついて何人かの小者が攻め入っているはずだ。まぁ攻め入ったところで、返り討ちにあうのがオチだろうが。
ただし、万が一あいつがかすり傷でも負おうものなら例外なくブチ殺す。関係のない怪我であってもブチ殺す。
そこまで考えたところで目的地に着いたのか、オレの入った箱が乱暴に降ろされる。いや、落とされたという方が正しいか。
しばらく経っても辺りは静かなままだ。まるで大きな廃墟にいるみたいだ。そして人気はないのだろう。つまり、暴れても警邏はすぐには来ない。オレは依頼通り暴れればいい。
「レ〜イルゥく〜ん。出て来ていいぜー」「出てこい悪魔!」「女たらし!」「テメェの母ちゃん……えっと……なんだっけ」「デブソだデブソ!」「あっそうか!……デーブーソー!」「バーカバーカ!」「こんじょーなし!」
馬鹿丸出しの声が、オレの名前を呼ぶ。確か、一ヶ月前に違う仕事でぶちのめし、二度と顔を見せるなと警告したやつらだ。懲りない奴らだな。それは、ともかくだ。
「誰がバカの根性なしの女たらしの悪魔だゴラアァァァァァァァ!!!?」
夜色の髪。赤い宝石のような、けれど死んだ魚のような瞳。右頬にある横一文字の切り傷。全身髪と同じ黒の服を着た、目つきの悪い口の汚ねぇクソガキ。
それが、オレの外側を構成する全てで、クソ野郎から見たオレの全てだ。
「やっと出たなレイル!さぁ、ここがお前の墓場だ!!」
「年貢の納め時だ!!」
「テメェの首はいただくぞ!!!」
「……オマエらバカだなぁ。こんなことしてる暇があったら、真面目に働けば?オレみたいに」
ずっと暗闇にいたからか、薄暗い光にも目が過剰な反応をする。目的地は貧困街の端、シュティレ区。ここら一帯に住む泥棒・スリ・殺人鬼・狂人のホームグランドのど真ん中にある工場跡地だった。日頃から、ガキどもには近付くなと警告してやってる場所だ。
ちなみにオレは、ここの連中を依頼のために定期的に半殺しにしているため、かなり怨まれている。闇討ちによく会うが、かすり傷すら負ったことはない。奇襲が分かり易すぎるのだ。
片目のない図体ばかりのデカブツが、代表して声を上げる。
「はん!お前が真面目?俺らから金品巻き上げて自分の懐に入れてやがる、クソ野郎のくせにか?!鏡みて出直してこいクソッタレ!!」
「クソクソうるせぇ……。ってか、あれはガキどもが苦労して貯めた金だ。それをお前らが盗ったんだろうが。オレは依頼料としてありがたーい手製のお守りを貰っただけだ。懐はすっからかんだよ」
ヒラヒラと、ポケットから取り出したぼろぼろのお守りを見せる。手縫いで「守れ」と縫ってある。何故、命令口調。
オレの態度にブチギレた盗賊風のちびがこちらへ石をぶん投げた。
「オラァ!くらえクソ野郎!!《星屑もどき》!!」
投げられた石は天高くへ猛スピードで消えていき、やがて隕石となってオレへと向かってきた。一歩後ろに下がっただけでそれは地面の中へと吸い込まれるように消えていった。
「あ」
「うん、やっぱバカだろ?お前ら、オレに《異能力》で敵うわけねーだろ」
軽く首や肩をコリを解消するように回すと、それだけで悲鳴が上がった。女々しい奴らだ。ガキどもの方が威勢がいい気がする。
ご丁寧に準備運動の終わりまで待っていたバカどもを、殺すつもりで睨みつける。
「んで、オレが留守にしてるからってメルヒェン孤児院に殴り込んだりしてねぇよなぁ?」
「はっ、ははぁっ!だとしたらどうす」
「殺す」
「……」
「……」
沈黙。殴り込みをしていますと答えたも同然だった。バカすぎて話にならない。
しかしこいつらはまだオレと戦う気があるらしい。百人程度のごつい男たちがオレの周りを取り囲んでいることが気配でわかる。全員が【異能力者】なのだろう。それぞれの能力に使うのであろう物を、或いは条件を満たすことをしている。
「うるせーうるせー!!無勢にダセーだレイル!俺たちは今日、『数打ちゃ当たる戦法』でテメェをこの国から葬り去るのさ!!」
「ダセーってお前……数打ちゃ当たるってのもなぁ……。ま、お前らが良いなら気にしねぇよ。ちなみに、オレを葬り去った後、お前らはどうするわけ?」
「そらぁお前、この国を食い尽くしてやるのさ!そして最大の夢はっ!!愛しのア」
喋っていた片目男の無事な方の眼にめがけて石を投げつける。石は真っ直ぐ男の元へと飛んでいき、石は隕石となって男の片目に命中し、片目男は吹っ飛んでいった。
「くたばれ」
「テ、テメェ!おいらの《異能力》を勝手にコピーするんじゃねぇ!!!」
「オレの前で使うお前が悪いね」
「ぬっ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、……!!おめぇらっ!!やっちまおうぜ!!死んだイディオの敵討ちだぁ!」
「いや殺してねぇよ。そこらへんで伸びてんだろあいつ」
自らの体を異形へ変える者。肉体を強化する者。複数の武器を展開する者。魔獣を召喚する者。護符のような紙切れを構える者。エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
《異能力》は千差万別。だけど負ける気も、怪我をする気も一切ない。あいつが心配するから。
「さてっ、と。始めようぜクソども。手短に済ませないと、晩めしに間に合わなくなるからな」
「殺れっ、殺れっ!レイルを殺せ!!!」
襲いかかる馬鹿どもを3分未満で半殺しにする計算をして、オレは自分の《異能力》を発動させた。
今日も空は青く輝き、この世界を包み込むように見下している。空気は澄んでいてオレには濁って感じた。
絶好の、喧嘩日和だった。